十五の一 雷と轟音と朝日

文字数 2,886文字

空にでるな! どこかに隠れろ!


(カンナイの飛びかたは風を操るかのように美しかった。こいつらは飛行のプロに決まっている。俺達が空中戦でかなうはずない)

 カラス達はまだ上空で旋回している。様子をうかがっているようだ。やがて二方に分かれてフェンスに降りる。一羽でいるのがカンナイだ。俺もようやく小学校にたどり着く。
『か弱き妖精よ。お前が頼るものは果たして強いか』
 図書館からの声が追いかけてくる。人の窮地につけこむいやらしい声だ。気分が悪くなる。
無視、無視


……二人はどこだ?

うまいところに逃げたね。鳥でなくネズミみたいだわ
まず俺がいく。お前達は援護しろ
 奴らの真ん中にいる俺に気づくことなく、カンナイが滑るように屋上に降りる。前後左右上空を警戒しながら貯水タンクの下へと向かう。
……。
(緊迫した桜井の気があふれてくる。空の真っただ中にあるこの場から、あいつらを逃さないと)
『窮地なのだろ』
『無視は精神衛生によくないぜ。離れたとこに声かけるのはしんどいんだよ』
ウルサイ


トゥー!


フワ、スルッ

 使い魔どもの声声を振りはらうようにカンナイへと突進する。触れもせずにふわりと横へ流される。カンナイは気づきもしない。
そこにいるのだろ? ハシボソもどきと青龍インコ
クソ

ポカポカポカ

スルッスルッスルッ

 ハシブトガラスが暗闇に声かける。その頭をぽかぽかと殴る。手が滑るだけだ。

(俺に向かった蜂は流された。黒人に向かった俺は流された。つまり触れあえない関係だと……、力なき方が押し流される?)


でてくるなよ。こいつは(俺より)強いぞ

松本君、お札は?
はやく笛を鳴らせよ
はっ
 奥からの声に、カンナイがはっと振り向く。すぐ背後の俺に気づかず、その先を眺める。

誰と話していやがる。


どっちか来てくれ

(俺も仲間へと)笛は壊れた。木札は効果ないと思う
ナンダソリャ
ナンダソリャ
(護符が発動しても怖いんだよ……)
バサリ、ピョンピョン

 一羽が降りてきた。ぴょんぴょんと跳ねて近づく。


 仕方なく木札を懐からだす。

逃げやがれ
シーン
フーフダじゃないかよ。なんで浮いているんだ?
ゴウオン、それはなんだ?
山育ちのあんたは知らないか。ツンツン
 ゴウオンと呼ばれたカラスが木札をつつく。
シーン
ホッ
人間が頼りにする札だが、こいつは土着かもしれないなっと、クワッ
わあ
 くちばしをいきなりひろげる。あわてて手を引っこめる。
『頼りの札もその有り様。キキキッ』
ウルサイ
 木札を懐中にしまう。
ビクッ、突然消えた
ビクッ

……ならば、そっちの二羽だな。カンナイさんばかりじゃ悪いから、俺が(もぐ)るぜ

 ゴウオンがタンクの下に向かう。
よせ!
ヨロッ…?
(すれ違わない!)
プルプル
(カラスにくわえかけられて、護符がかすかに発動したのか?)
は、腹が減って目がまわったかな
喰らえ!

ポカポカポカポカポカポカポカ…

 俺はゴウオンに飛び乗る。押しつぶせはしないが、ずり落ちるまでぽかぽかと頭を殴る。

……フーフダの(ばち)が当たったかな。南の島の雌に来てもらう。

ヂャオリー、交代だ

あいよ
 ゴウオンがフェンスに戻っていく。入れ替わりに、ヂャオリーと呼ばれた雌カラスが降りてくる。慎重そうにそばまで来ない。鎖と有刺鉄線で厳重に閉ざされた鉄柵の門にとまる……。
(非常階段が逃げ道だ!)
上から見させてもらったけど、物の怪がいるかもね
流範様に傷を負わした奴らが相手だ。なにがいてもおかしくはない
(こいつの冷静さが怖い。だから)

喰らえ、フワズル

 背後から体当たりする。ふわりと流される。

(ひとつ覚えだろうと)思玲がいると脅せ!
おいカラス! 思玲さんが隠れているぞ
……カカカッ
カッ

だから一羽が四方に目を配るんだよ。

どこにいるか分かれば、羽根があれば避けられる

 ゴウオンがフェンスから言う。
『力は足りず助けもいない』
『だからこそ、ここへ来い』
(誰が従うか。そんなに誘うのならお前達が来――)
プルプル
 胸の中でお札が発動する。すんでのところで、まがまがしい奴らと交渉せずに済んだ。

あの光は、今の俺達には見えないかもしれない。

はやく流範様に会って、力を戻さないとな

 充分に力があるカンナイが隙間に顔を入れる。俺はご機嫌斜めな木札を取りだす。
プルプル
(むごい目はやめて。尾羽根へと)

ガシッ


グワッ!
 カンナイが跳ねあがる。鳴き声をたてながら空へと逃げる。
な、なんだい?バサバサ
置いてくな、バサバサ

(今のうちだ!)


急いででてこい! 階段に行くぞ

怖かった。スイー
さっきの場所だな。ヒョコヒョコ
 ドーンもひょこひょこでてくる。当然のように俺によじ登る。
ガッ!
 はじかれたように落ちる。カラスが黒目をむいている……。
……。
プルプル
 まだ機嫌が悪い木札にやられたようだ。しかもカンナイよりダメージを受けている。頬でも叩いて起こしたいが、とどめをさしてしまうかも。

桜井、戻れし! ドーンを起こせし!(焦ると方言がでてしまう)

スイスイ

和戸君恥ずかし

 ひっくり返るカラスのもとに着地する。頭の羽毛をくわえるなり、おもいきり引っぱる。
ガアアア!
 悲鳴をあげてドーンの意識が戻る。
バサバサ

見えない異形にやられたみたいだが、それほどではない

(もう戻ってきた)
態勢をなおすぞ。ハシボソは飛べない。ゴウオンは人間が登る道をふさげ。そこから逃げるつもりだ
カカッ
 カンナイの指図に一羽がふわりと飛ぶ。入口の有刺鉄線の上に軽やかに着地する。
きれいだな……
 ドーンはうつろな目でハシブトガラスの飛行を追っていた。
バサッバサッ

ヂャオリーはボソを責めてくれ。痛めてから聞きだせ。

南国鳥の飛びかたを見たよな。こいつは正真正銘の異形だ。俺がなんとかする

(シー)


それなら先に追いはらってくれよ

(……こいつら賢い。三羽だけのが救いだ)
カカ。楽しくなるな。異形との果し合いだ。飢え死ぬより楽しいぞ。

バサッ

 カンナイが降りてくる。風と一体みたいだ。
これが飛ぶということか……
 ドーンはくちばしを開けて見とれている。
(それどころではないだろ!)


桜井逃げろ

 俺は札をかかげて小鳥にかぶさる。でもインコはすり抜ける。
和戸君逃げて!

タックル!

うお!

 ハシブトにタックルかよ!

 カラスは鋭角に空へ戻る。インコは地面に落とされる。

……ツミのような一撃だな
 カンナイが空中で体勢を整える。
(桜井を狙うと言いながら、本当のターゲットはドーンか。こいつらはこざかしい)


俺(木札)が相手だ!

 俺は二人をかばい、木札を空に突きだす。
シーン
(もう機嫌を取り戻している)

ウワッ、フワッ

 カンナイは護符を恐れることなく飛んでくる。俺は木札ごとふわりと飛ばされる。

 二人へと目を戻す。どちらもまだ無事だが、

かたまっていたら、まとめて狙われる!
 桜井が空へと上がる。
よっしゃ、ばらけたね
 ヂャオリーが羽根をひろげる。
カンナイさん、次の指示はなんだ?
 鉄門の上でゴウオンが笑う。

俺達は知恵あるカラス族だったよな。

ここから先は境目だ。自分の頭に浮かんだとおりに飛んでくれ

 カンナイが空から告げる。





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