三十三の二 ドッグファイト

文字数 2,550文字

思玲と桜井を探してくる
 正門前の信号で、ドーンが校内へと飛んでいく。俺も木札を振りながら、中空から正門に向かう。
(ドーンは気づかず行ったけど、桜井の気配などどこにもない。異形を惑わす思玲の香りも伝わらない……。ドーンの導きに従うだけだ。俺は正門脇の通用口で待つ。夜だから蛍光灯がまぶしい。秘めた力がどんなにあろうが、あいかわらず軟弱な妖怪のままだ)
スタスタ
 信号が青に変わる。信号待ちの車はない。横断歩道を歩くのも横根だけだ。ひとけがなく、彼女の顔に緊張が浮かぶ。

キャンキャン

瑞希ちゃん、行くな! 戻れ!
松本、警備員を呼びだせ!

あいつがいるぞ。あいつとあいつがいる!

キャンキャン

タッタッタ

スイスイ、フリフリ

(……手負いの獣が吠える。横根も川田の意思に感づいた。まわりを見わたしたあとに、詰所へと駆ける。俺もまぶしさを我慢して、警備員の注意を引くため木札を振る)
夜分ニスミマセン
 
(横根が人へと声をかける。警備員達はお札にも彼女にも目を向けない。モニターをぼんやりと眺めている。……起きたままで寝ていやがる)
失礼しま――きゃあ
(横根は詰所に逃げこもうとして、はじき返される。)

……結界だ!

松本、間にあわない。

峻計とツチカベだ

 俺は交差点へと振り返る。
……。
 黒羽扇を手に峻計が笑っていた。
リクト、やっぱりチビになったわね。黒い光がちょっとだけ逃げてきたわよ。あの男は面白くないことばかりね。

あなた達、劉昇に殺されかけたのでしょ? 台湾でもよくあったわ

 峻計は信号側へと黒羽扇をぐるりとかざす。
(さらに囲ったのだろうけど、木札は発動しない。つまり隙間がある)
この人、まだいたの? あの人が倒したと思っていた……
(彼女に伝える手段などなかった。俺達の代わりに、峻計が横根に笑みをかける)
瑞希ちゃん、だまされているのよ。思玲も劉昇も、こいつらに殺されたわ。

あなたはお友達だと思っているけど、すでにみんな化け物よ。守ってあげるから、こちらにおいで

(あいつは人の言葉を操る。異形の耳にも違和がないほど流ちょうに。

 でもそんな話を、横根が信じるはずがない)

川田君逃げよ

きゃあ

 彼女はあいつに背を向ける。校内に逃げこもうとして、また結界にはね返される。

ふふふ

来てくれたら、楽に殺してあげたのに

……。
(横根へと人の言葉を付け足す。……気配がうごめいた。異形のものではないけど、どこだ?)
峻計さん、おぞましい声をださないでくれ。

……俺は、その人間を噛み裂けばいいのか? そしたら俺はこの世界から抜けだせるのだな? 人の世界から

……。
 憎悪に満ちた声。正門にかかったブルーシートの下から、犬が一匹現れる。土色の毛が点滅に変わった信号に赤く照らされる。昼間見た野良犬、ツチカベだ。
約束するわ。お前ならきっと力を授けられるわ。お前の力も必要だしね

チラ

 
あそこに木札が浮いているよね? あれは無視しな
あいよ
……。
 峻計が横根へと歩む。ツチカベがよだれを垂らしながら、その脇にはべる。俺はあいつの頭上に浮かびあがり、にらみおろす。

劉師傅はお前を追っているぞ。じきに現れる

(護符はまだ怒っていない。つまり、あいつは俺へと害意を向けてない)

あいつが近くに来れば、私は気づくのよ。天から降ってこようともね
(……劉師傅の身になにかが起きた。俺が与えた護符の傷に違いない)
松本、なにがあろうと瑞希ちゃんを守るからな
!!!
スタ

ウー

 川田の決意の声が聞こえ、我にかえる。俺と目が合うと、子犬は地面へと飛びおりる。横根の前でうなり声をあげる。
いいわね。空気がよどみそうね。ツチカベ、行きな
ハッハッ
 峻計に命じられ、野良犬は吠え声も発せずに横根へと駆けだす。
はやくあの人を呼んでよ!
ワンワン!
ツチカベやめろ!
 横根の悲鳴が響くなかを、俺と川田がツチカベに飛びかかる。
フワ、ツル
けっ
 俺はツチカベに気づかれないままふわりと横に落ちる。野犬の牙は川田へと向かう。
瑞希ちゃんの頼みは無視しろ。奴は呼ばないでくれ
お?
 ちょこちょこ歩きだった子犬が俊敏な動きに変わる。はるかに大きい野良犬の牙を避けてその顎の下をくぐり、逆に前足を噛む。
ガブ
いてーな!
キャン
 ツチカベが足を振るい、子犬は振り落とされる。かかえこむツチカベから逃れ、立ちすくむ横根の前に再び陣どる。低く強くうなり声を発する。
ウー
声をだすな。そこで寝ている連中が起きるぞ。……あの人間どもは起きないな。峻計さんの力でだな
(ツチカベは吠え声をださない)
お前は昼間にいたでかぶつだろ? 俺にはそれも分かるぞ。なんでシバ野郎のガキになった?
ウー
(川田は返答しない。牙をむきだすだけだ)
川田君が戦っている……

ジリジリ

チビ犬にかまわずに人を襲いな
(あいつがじれたように命じる。……黒い光を発しないし、姿も隠さない。やはり羽根が壊れたせいだな。それでも横根を殺すことに執着している)
こいつがあの野郎ならば、メンツにかけてもこいつから倒す。

だけどあんたの話が嘘でないと信じられた。俺も望むものに変われるのだな

 ツチカベは横根と川田を遠巻きにする。
(機会!)
 その背中へと、俺は木札をかざして突っこむ――。
へへ
(いくら心が歪んでいようが、こいつはただの犬だ)
松本君、どこなの! お札を使って!
……。
しーん
 横根が絶叫する。でも犬を殺せるはずがない。護符を発動させられない。
人の女はうるさいよな
ウー
お前もわめくか?

タッ

 川田へと笑い、飛びかかる。
きゃあああ!!!


バンバンバン!

 横根がまた悲鳴をあげる。ツチカベの頭をかばんで叩く。
邪魔す――
ガブッ
!!!!!
 顔をあげた野良犬の鼻さきに、子犬が噛みつきぶらさがる。それでも野良犬は声を発しない。頭を左右に強く振る。川田である子犬がまた飛ばされて、詰所の壁にぶつかる。
スタ、タッタッタ

ウー

……。
……。
 すぐに立ちあがり、横根の前へと走る。野良犬へとまたうなる……。狼であった子犬は、おもしが取れたかのように鋭敏な動きを見せる。
(……川田を見習わないと)
 俺は木札から目をそらし、ツチカベに押しつける。
えい!

ツルン、フワ……

 勢いが強い分だけ、強くスリップするだけだ。
(好きこのんで、生きているものを殺せるはずがない)
ジリジリ



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