三十三の二 ドッグファイト
文字数 2,550文字
正門前の信号で、ドーンが校内へと飛んでいく。俺も木札を振りながら、中空から正門に向かう。
(ドーンは気づかず行ったけど、桜井の気配などどこにもない。異形を惑わす思玲の香りも伝わらない……。ドーンの導きに従うだけだ。俺は正門脇の通用口で待つ。夜だから蛍光灯がまぶしい。秘めた力がどんなにあろうが、あいかわらず軟弱な妖怪のままだ)
信号が青に変わる。信号待ちの車はない。横断歩道を歩くのも横根だけだ。ひとけがなく、彼女の顔に緊張が浮かぶ。
俺は交差点へと振り返る。
黒羽扇を手に峻計が笑っていた。
峻計は信号側へと黒羽扇をぐるりとかざす。
彼女はあいつに背を向ける。校内に逃げこもうとして、また結界にはね返される。
憎悪に満ちた声。正門にかかったブルーシートの下から、犬が一匹現れる。土色の毛が点滅に変わった信号に赤く照らされる。昼間見た野良犬、ツチカベだ。
峻計が横根へと歩む。ツチカベがよだれを垂らしながら、その脇にはべる。俺はあいつの頭上に浮かびあがり、にらみおろす。
川田の決意の声が聞こえ、我にかえる。俺と目が合うと、子犬は地面へと飛びおりる。横根の前でうなり声をあげる。
峻計に命じられ、野良犬は吠え声も発せずに横根へと駆けだす。
横根の悲鳴が響くなかを、俺と川田がツチカベに飛びかかる。
俺はツチカベに気づかれないままふわりと横に落ちる。野犬の牙は川田へと向かう。
ちょこちょこ歩きだった子犬が俊敏な動きに変わる。はるかに大きい野良犬の牙を避けてその顎の下をくぐり、逆に前足を噛む。
ツチカベが足を振るい、子犬は振り落とされる。かかえこむツチカベから逃れ、立ちすくむ横根の前に再び陣どる。低く強くうなり声を発する。
ツチカベは横根と川田を遠巻きにする。
その背中へと、俺は木札をかざして突っこむ――。
横根が絶叫する。でも犬を殺せるはずがない。護符を発動させられない。
川田へと笑い、飛びかかる。
横根がまた悲鳴をあげる。ツチカベの頭をかばんで叩く。
顔をあげた野良犬の鼻さきに、子犬が噛みつきぶらさがる。それでも野良犬は声を発しない。頭を左右に強く振る。川田である子犬がまた飛ばされて、詰所の壁にぶつかる。
すぐに立ちあがり、横根の前へと走る。野良犬へとまたうなる……。狼であった子犬は、おもしが取れたかのように鋭敏な動きを見せる。
俺は木札から目をそらし、ツチカベに押しつける。
勢いが強い分だけ、強くスリップするだけだ。
次回「エースパイロット」