……なるほど。こいつらを囮にして、なにか企んだのか。
Aランクの守備体制になるべきだ。緋色のサテンがあるのだろ? 松本は体を覆うべきだ
それはできない
(あの布には四玉の箱を守ってもらう。いまもみんなの魂を守っている)
(いまは何時だろう。思玲達は無事だろうか。
思玲から預かったスマホはあるけど画面は真っ暗だ。電源を入れると琥珀のトラップが発動する。……天珠を使って連絡するのはありかも。『起こすな』と怒らせそうだが時間も聞こう)
ゴソゴソ
(護符をしまい小物だらけの左ポケットを探る。笛がふたつと天珠がひとつ。いったんすべて取りだす)
(天珠を見るヨタカの目がわずらわしいが、フサフサが笑いながら牽制している。犬笛と鷹笛は右ポケットに移す。こっちにはスマホがあった。リュックサックの外ポケットを借りるべきか)
(笛は使わずしまいだな。このいきさつをドロシー達へどう伝えたらいいのか……。
やっぱり連絡はやめだ)
背後で声がしたのは一瞬で、俺は頭をくわえられる。牙が刺さるのを感じた。振りまわされる。フサフサの伸びた爪が目の前に現れる。
猫の絶叫が聞こえた。俺の首をへし折ろうとした力が弱まる。でも放り投げられる。樹木でバウンドして下草に落ちる。
(痛みが強すぎて分からない。かすんだ目で女性と巨大な犬が落ちてくるのを見る。闇が俺を覆っていく)
首が取れかけているが耐えろ。今夜ならじきに復活する
(ヨタカであり女の子でもあった声。俺を包むスライムのような闇)
これが僕の本性だ。闇に溶けない闇だ。
松本をしばらく包んでいてもいいが、僕はフサフサに加勢したい。さもないと、あの町のボス猫は異形のまま山奥で死ぬ
キコエテイルヨ
私は野良猫だ。いつでもどこでものたれ死んでやるさ。
犬にかみ殺されるのだけはごめんだけどね
(白人のおばさんであるフサフサは狼に押し倒されていた。俺は立ちあがろうとして、首が前に垂れる。……マジで食いちぎられかけている。首をうしろへと押しながら浮かびあがる)
(手につく血は多くはない。頭に食いこんだ牙の傷が埋もれていくのを感じる。痛みはじわじわとおさまっていく。新月前夜)
哲人、逃げないでおくれ。こいつに背中を見せたら終わりだ
(フサフサのスピードとパワー相手に互角以上に戦っているのが雅)
(狼は青灰色の毛皮をまとい美しかった。狼であった川田より一回り以上はでかい――)
(フサフサの巨体が飛ばされる。同時に青い狼が俺へと向かう。前足に熊のような爪が見えて、
(瞬時に顔面を切り裂かれる。押さえつけられて生臭い息を感じる。牙が見えた)
(夕方にお寺で見たおばさんが閉じた日傘で狼を叩く。……これが露泥無の最強形態)
うわ、うわ、うわ!
(狼が振り向いて、女性は溶けて消える)
(入れ替わりに白人女性が狼に飛びかかる。
俺の手に護符がないことに気づく。天珠だけを握っていた。俺は首をのけぞらせながら、ふわふわと浮かぶ)
フワフワ
わあ!
(彼女を振り払った狼が俺へと跳躍する。足をすぼめたすぐ下で、ぶつ切り包丁を重ねたような噛み音が二度聞こえた)
(俺は木の股へと着地する。……首の傷は張りつきつつある。食われたわけではないからだ。青い狼は地上から俺だけを見ていた。なぜだか俺だけを狙っている)
ウー
今回の主は古来より一番弱かった。だが優しかった
いずれ私にふさわしい術士になると誓ったので従った。だが、どの主よりも一番早く死んだ
タッ
わあ
(狼が跳躍する。俺は空に逃れる。
森が沢を覆っている。首がつながったと感じる)
ア、アンディは素晴らしい人だった。
(とにかく説得だ)
その恋人であったシノが――
高い木の枝から青灰色の影が跳躍した。俺は足をすくめる。雅は首を狙っていた。とっさに手で避けるが、雅とともに沢へと落ちる。深みにはまる。空と同じ要領で浮かぶ。
水滴は俺には付着しない。岩の上に降りた狼を見る。
(雅がくわえたものを吐きだした。……俺は自分の左腕がないことに気づく。捨てられた俺の腕は、岩から転がりながら溶けていく。
百鬼の時間だ。腕には痛みも血もない。顔から血の気が引いていくだけだ)
名残である笛を手にするのは、あの主を愚弄することだ
お前が笛をだしたとき、あの女の匂いもした。
裏切り者どもの頭領でなかったとしても、貴様とシノは消す
(俺は犬笛を持つから狙われた。ハイエナ達は誰かにそそのかされ、狼のもとに戻ったが裏切りは見抜かれていた。そして……)
(片腕を失った俺はなおも叫ぶ)
シノさんに牙を向けたら、お前を説得などしない。ドロシーの頼みでもだ!
(なんで恋人の形見を握った人が狙われなければならない。やはりこいつも消されるべき異形だ。こいつを倒せばシノを守れる。俺の腕のことは、それから心配してやる)
(沢を見おろす巨岩の上で雅が吠える。これは弔いの鳴き声だ。雅が俺へと飛びかかる)
……。
……。
(だが木霊は従わない。……だったら逃げないと)
森から跳ねでたフサフサが空中の雅へと飛びかかる。ともに淵に落ち、水しぶきが高々と舞う――。
(その尾を水の中から伸びた手がつかむ。狼を岸の岩へと叩きつける)
いまさら分かったよ。哲人は人を守るために私を呼ぶのだね
(水の中から、びしょ濡れのフサフサが上半身をだす)
(フサフサは肩からみぞおちまで切り裂かれていた……。流れる血が暗い水面に浮かび、流れながら消えていく)
(蒼い狼は森へと退く。そこからまた俺だけを狙うだろう)
人に戻れば腕も戻る。それまで死ななければの話だが
ポトッ
(俺の前に雷型の木札を落とす。残された腕でそれを拾う)
ヨタカは地面に落ち黒猫となる。黒猫はフサフサに飛びつき、うごめく闇となり傷を覆う。
(沢の流れだけが聞こえる。森から狼が姿をあらわす。もはやひそんで飛びかかろうなどとしない。その佇まいは死すべき俺達に敬意をはらっているようだ)
あ……
(掲げた紙垂型の木札がうっすら輝く。なのにドロシーを思いだす。輝きが消えていく)
(しなる音が聞こえ、狼が脇へと逃れる。頭上へと牙を向ける)
(また空気を切り裂く音――。俺の手から木札が消える)
(頭上からの静かなる声。
人間が巨岩の上に着地して、眼鏡の縁をあげる。片手には書物を、もう片方の手には鞭を持っていた。術の光で作られた鞭)
……まだ読めない。
護符の仕業ではなかった。妨げる宝珠でもあるというのか?
?
(フサフサは人に興味を見せず、下流だけを見つめる)