四十五の一 剣の所有者 鏡の所有者

文字数 3,257文字

ヒヒヒ、この儂はもはや用なしじゃな。藤川よ。夜半まであと一刻だ
(鏡を持たぬ老人が笑う)
……。
よっ
ヒヒヒ……
ひええ~

またかよ

(老人が闇空でみずからの杖を突く。苦悶の声とともに消えていく)
(空に暗雲が渦巻く。なのに嵐は躊躇している)
老祖師様、ありがとうございます
(竹林がまた復活する)
峻計も麗豪様も遅すぎだ
 
(土壁の気配はない。フサフサばりに神出鬼没だ)
ちび大カラスが消えかけたとき、人の魂を感じたよ

それがどうした

(藤川匠が剣を肩に飄々と笑う。その背後にサキトガが侍る)

『だから言ったじゃないっすか。あの爺さんの仕業ですよ。

バタバタ

 そんで俺は主を置いて逃げませんよ』


(あさましい使い魔のくせに殊勝な奴だ。だったら気が変わらないうちに、)


ドロシー!


(コウモリに向けて叫ぶ。閉ざされるほどに強くなると本人が何度も言っていたし、露泥無も肯定していた。だったら使い魔に封じられた状況から逃げられるかも)

『無理だって』
だったら、とどめを刺してやるから地面に降りろ


(どうせ読まれるから声にだしてみる)

『降りねーよ、キキキ』
カカ、吹いてみるじゃん。呪いの音色がでたりして
(迦楼羅であるドーンが羽ばたきながら笑う。

 ……あり得るかも。俺達まで巻きこまれるかも)

それはありふれた魔笛だ。大姐の洒落心だ
わあ

(足もとから露泥無の声がした)

つまり和戸は無理するなと言うことだ。生き延びたければ、僕や横根と一緒にいな。ちなみにドロシーのリュックはあるところに隠してある。新月の使い魔がいるのならば言葉で伝えるべきで
フギャ!
(黒猫と化した闇は、ドーンの投げた横笛を頭に受けて「フギャッ」と鳴く)

ヒドスギ

だったら、いらねーよ
分かった。真実を教える

ドロドロ

(ヨタカが笛をくわえて浮かぶ)
これは吹き手によって万能だ。鍛錬を重ねれば、音律は毒を祓い炎を呼べる。剣とも化す。

しかし僕は和戸には戦ってもらいたくない。なぜなら、迦楼羅であろうと一番に無謀で二番目に弱いのは

喋っている場合じゃないだろ
(ドーンがヨタカから横笛をひったくる)
て言うか、瑞希ちゃんのでかい手裏剣は?
(白猫はなにもくわえていないけど、あれは十字羯磨だ)
き、消えちゃった。また抱かれないと無理かも
抱かれるって?
ドーンも話が長すぎだ
(川田が二人の会話をさえぎる)
松本。一番強いのはジジイでなく剣を持つ奴だからな。奴が松本を殺す気でいたら、十回は殺されたぜ
……守りに入られると手詰まりかな。お互いに
(その回数は言い過ぎだと思うが、たしかに藤川匠は怖い。でも俺が感じる恐怖には、手下が次々と倒されても顔色を変えぬことも含まれる)
策を伝える

バタバタストン

(ヨタカが頭に降りて言う)
まず倒すのはサキトガだ。念波を消さないとならない。あの女を救う羽目になるとしてもだ。

……松本が呼んでも復活しなかったな。サキトガがもっと弱まらないと無理かもな

(それも分かっている。しかし空を飛べて攻撃を察知する妖魔を、どうやって倒せと言うのだ?)


さっきの大姐の攻撃は、なぜ当たった?

僕がアラートを伝えておいた。だからサキトガが巨体を上空にさらしたのを、はるか彼方を哨戒していた殲は容易に見つけた。即座に波動を放ち、マッハ2.2で追撃に入った。ヨタカである僕を拾ってね
(露泥無がだらだら答える。俺には波動も音速もない)
しかし弱小な姿で林間に逃げられた。殲の巨体では逆につらい。

そしてサキトガは主と合流した。狂気と自棄が寸前の老人とも。……強くて危うい鏡とも

 
(蛮龍を封じこめた鏡か。俺達には関係ないことだ。まずはドロシー。

 敵陣営の残りは、藤川匠とサキトガ。俺がカ・アラハミを倒してから、獣人達はあきらかに尻込みしている。楊偉天には竹林と土壁だけ。……あいつが来る前に)

俺が倒してやら
(ドーンが浮かび上がり笛を鳴らす)
♪~♪♪~
ゴオオオ
キョキョキョ
(適当な音律だけど、マジかよ。闇に火焔が渦巻き、サキトガへと向かう。ヨタカがキョキョキョと驚く)
『キキキ』
コウモリは笑っている。いままで飛び交った炎に比べると、とろ火程度だからだ
ペシッ
バウウウ!
おっと
チッ
ひえええ~
(ドーンの炎は藤川匠に素手で払われる。靴でもみ消される。その足に、川田が噛みつこうとして避けられる。残忍な顔で振りかえる狼に、白猫が必死にしがみついている)

展開早すぎ

危ないな
(藤川匠が笑う。ケビンなみの身体能力だ。俺など狼が動いたことに横にいながら気づけなかったのに)
君も測ろう
 
 藤川匠が破邪の剣をかかげる。森を照らす。
……。
(……川田がうなる。怯えやがった)
ゾクッ

(感じられたけど、よそ見しすぎた)


ドーン、逃げろ!


(俺は浮かびあがる。ちがうだろ! もう飛べな――

へ?

バタバタ

ズシン!
(ドーンは逃れられたけど、俺は押さえこまれる。またも逆さまの跳ねかえしだ。独鈷杵で突破し、這いでて地面に転がる)

(紫色の毒が漂っている。

 土壁め。たしか笛で毒も――

(迦楼羅は朱色の光に追われていた)


ゲホ、ドーン、ゲホ、オエ(声がだせない)


ズシン
(……またしても逆さの臥龍窟。毒と一緒に閉ざされた。力が抜けていく)
貪よ。うすのろの若者を連れてきなさい
クルッ
(舞台の上で、老人が鏡を裏がえす)
ブオオオオ
(魔獣のインタリオが口を開く。俺は結界に包まれたまま浮かび、奴の前に転がる)
 
 
 
 
(楊偉天が杖をおろす。何度もおろす。そのたびに結界が厚くなると感じる。俺を締めつける力が強まっていく。なのに悲鳴さえだせない)
そこで見ていろ
(楊偉天が杖をかかげる)
藤川よ。白虎くずれの光を消しなさい。それが済んだら二人がかりで松本から光を取りかえすぞ
……ふっ
(かすかであろうが夏奈とつながる青い光。奪われるわけにはいかない)
ヒヒヒ
 楊偉天が杖をおろす。
ん?
(川田の背中にいた横根が浮かびあがる)
瑞希ちゃーん!
カカカッ
くそっ
(迦楼羅が助けに向かい、見えない結界にはじき返される)
か、川田君!
(横根は叫ぶけど、川田は姿を現した土壁と対峙するだけだ)

ウホホ、柴犬のガキだったお前と戦っているぜ。

その姿のお前ともマチで会っている。あの時よりは強そうだな

ウウウ…

俺は覚えてない。俺は思いだせない
(あの時に身を張って守った横根に目も向けない。俺は毒にもむせられない。

 敵をずいぶん倒したのに、生き延びている奴らはやっぱり強い。ずしりと、また結界が上乗せされる)

松本君どこ? 助けてよ
……。
(白猫が中空で足をばたつかせる。その先では、藤川匠が剣を手に待ちかまえている。俺は動けない。助けも呼べない)
ドロシー

 心で願う。

……。

(サキトガは気にもしない)

カカッ
くそくそくそっ
ぴ~ひゃらぴ~
(迦楼羅がまた竹林の結界に跳ねかえされる。笛をかき鳴らす。焦った音色からは、なにも伝わらない。体中がきしむ。毒が内側から蝕む)
 サキトガはくだらなそうだ。

『あの爺さんの命令を聞くなんてね。

 それが済んだら俺は貉を探しますよ。土竜になって穴を掘っても、ここから逃げられないでしょうけどね。とっつかまえて四玉を割りますよ。

 ……リュックの中に、匠様にふさわしいものがありますよ。キキキ』

(露泥無も陽炎の中に閉ざされている)
火焔嶽!
ベチャッ
(川田が真正面から突っこみ、毒のかたまりの直撃を受ける)
……哲人どこだよ
(ドーンがハシボソガラスに戻りやがった。俺の気力は失せていく)
いい加減、夏奈って呼べよ
夏奈……
 まだあがいてやる!
夏奈あああ!
(俺は声にならない声を絞る。せめて全員そろってやる)
思玲……
ん?
カカッ
(風が音をたてる。空の闇が深まる。ドーンが迦楼羅へと復活する)
夏奈、まだだ
(藤川が空へと命じる。風がやむ。夏奈……、こんな奴に従うなよ)
夏奈。殺すわけじゃないから心配するなよ
思玲助けて、ドロシー助けて、露泥無助けて、奈ちゃん助けてよ
 藤川が目のまえの白猫へと剣を向ける。




ゾクッ

ビクッ
…ニヤリ

(俺と、おそらく土壁だけが感づく。

 完璧なまでに消した気配から漏れる憎悪)



次回「漆黒の憎悪」

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