十一の三 お天宮様でも譲歩する

文字数 2,800文字

ふふん
ゆるせない!
(ドロシーが俺から手を離す)
シノ!
(アンディが気づいた。扇をかざす)
ふっ
くっ……知恵ある魔人か
(フサフサが笑いながらシノを盾とする。彼の扇から光は発せられない)
……君が優しすぎるからだ。もっときつく躾けてよ
俺は飼い主じゃないし――
護符を見つけてこい!

ペロ

え?
(ドロシーが地に転がり、「滅」とフサフサの足もとを掃射する)
ふん

ステップステップ

(煤竹色の光を、フサフサは軽やかなステップで避ける)
松本!

ガブガブガブ

わあ

(黒虎毛の猟犬がタコの足を放し、俺の頭上へと跳躍する。中空を無為に噛み、地に戻り空へと身がまえる)
こいつは目を狙う
(どちらの大カラスに狙われたのか分からないが、カラスはみんな同じと考えておこう――。地面がずしりと響いた)

イタタ…

土の中からは初めてだ
(尻もちしたフサフサが、青色の光から四つん這いで逃げる)
シノ!
アンディ
(アンディが土蛸により解放されたシノを抱き寄せる…この二人は?
く……
(斑風は飛びたとうとして、また風に妨げられる)
アンディ、白銀の玉をだして
ドロシーに撃ってもらおう。あの子は絶対にはずさない
…もうやだよ
(……誰を狙う気だ。シノの恨みランキングなら、大カラスよりリクトとフサフサのが上だろうけど)
言えなかったが、俺は持てなくなった。俺は怯えて使ってはずしたと判断された!
……。
ホッ

ダダダダダ

(アンディの言葉に安堵しかけるが……、)
喰らえ!
(代わりに短銃をだしやがった。銃口を空へと向ける)

ひえ…人の作りし轟音が響く。実弾だ

術の光が効かなければ、人の作りし武器か
(雷鳴のような笑い声。流範だ)
カカカ、さらに効かないよ
(つまり彼らには大カラスを倒す手段がない?)
ニヤリ
ニヤリ
(フサフサとリクトがにやりと笑いやがった……)


敵はカラスだけだ! ほかは味方だ!


(二人にきつく命じる)

ふん
(フサフサは鼻を鳴らして同意してくれたが、)
でもタコだけは食うぜ。そのあとにタカも
(こっちは論外だ)
おっと、ドーンが落ちてきた。飛べなくても、あいつは食わないぜ
!!!
ドーン!

(急こう配の木段を、がんじがらめのカラスが転がる。俺は駆けだす)

シャー
(抱えようとして、しめ縄に威嚇される)
すまぬ。助けようとして、誤って落としてしまった
!!!!!

(ご神体への森から思玲の小声がした)

魔道団の意気地なしが明りをつけたせいで、私はそっちに行けない。私の存在を、まだ大鴉達にばらしくない。

哲人は護符を取りにいけ

なかった

(見えない少女へ告げる)

ならばやり直せ。

異形に堕ちても良き行いをしたのならば授かりに行け。

悪しき行いだったら、護符はなく和戸はずっとあのままだ

……分かった

(善行は、おそらく何もしていない。でも行くしかない)

フワフワ

(俺はふわふわと階段を進む)

お前は阿呆か?

地に足をつけていけ。鳥居を抜けるところからやり直せ

……。

(俺は鳥居に一礼し(二拍二礼は省略)、地面に足をおろす)

ヨイショ、ヨイショ

(久しぶりに自分の足で歩く。木を嵌めこんだだけの急傾斜な階段をのぼる。……お天狗さんの石段を思いだす)

(いいぞ。大丈夫そうだ。そのまま目指せ)
ヨイショ、ヨイショ

(思玲の小声に鼓舞されて、俺は駆けあがる。妖怪のくせに息が上がる。最後は手も使い、這いつくばって登りきる。

 石の祠が見えた)

シラー
(なにもなかった)






 

(カラスもどきに荒らされて、人だった犬や猫だった人に境内を好き放題されて、そりゃあるはずないよな)
(アンディの青い光が空を舞う)
とお!
滅! 滅!
フッ

(見おろせば、スタジアムの底みたいだ。ドロシー達はてんでに演武しているようだ。滑稽に感じて笑いが漏れる)

ないのか?

(森から荒い息がした。思玲は木段でなくきつい傾斜の林を登ってきた)

ゼエ、ゼエ…

(石祠に手をついて息を整える。帽子のつばを極端におろしていた)


ないに決まっていた

私からも頼んでやる
(立ちあがった思玲が、地に足をつけた俺より背高いことを思いだす。でも、やっぱり小さい。小学生の女の子と小学生程度のか弱い妖怪の二人組だ。思玲が俺を二度見する)
そ、その首はどうした。魔道団にリンチされたのか?

そんなはずないだろ。


(思玲に置いてかれてカラスにつつかれて……ドロシーに治してもらった。いまさら言う必要ない)


一緒にお願いしよう。

チョコン

 俺は祠の前にしゃがむ。
……チョコン
(女の子はなおも昂っていたが、俺の横に座る。帽子をはずす)
……きっと届く
(思玲の俺を見る目が感傷的だと感じる。女の子は祠に向けて手をあわせる)
哲人はなぜにここを知った? その由縁にもお願いしろ
“哲人”
(祖母のことだ。

 思玲に習い手をあわせる。……願うのは思玲に任せる。俺は気がかりを詫びるだけにする。ちょっと気になったことと、ずっと気になっていたことを)

お天宮さん、名前を間違えて覚えてごめんなさい。お婆ちゃん、誰もご臨終に立ち会えなくてごめんなさい
 
(目を開ける。なんら変化はない。

 思玲はまだ祈りを続けている)

…………。
(……木霊がざわざわ騒めく。思玲の香りの仕業だ。ずっと異形達の魔演に息をひそめていたくせに。

 俺はもう一度目をつぶり、お天宮さんをかしこむ)

お天宮さん。お婆ちゃんとの約束を果たしてください。若かったお婆ちゃんとなにがあったか知らないけど、年老いた早苗さんは僕を守りたいとお願いしたはずです

キッパリ

 目を開ける。
…シブシブ
 

!!!

(祠の前には、木で作られた紙垂が渋々と祀られていた)
お天宮様。ありがとうございます。

お婆ちゃん、ありがとう

 雷に似た護符を手にする。

 思玲も目を開けた。

火伏ではない。



だが、おそらくそれは

クルッ

(俺は女の子に背を向けて、境内を再び見おろす。異形と魔道士の禍々しき式目はまだ続いていた。……上空から風切り音が聞こえる)

ビュン
ハアハア…

(突風は銃をかまえるドロシーへと向かう。

 俺は跳躍する。木札を両手にかまえる)

流範!
なに?

 高々と飛びながら叫ぶ。

 風をかすめて地面に着地する。

(異形の黒羽根が幾枚か舞い、地に届くまえに消えていく)
この護符野郎め
(闇空に大カラスが羽根をゆったり羽ばたかせたたずむ。憎悪の目を俺に向ける)
でも火伏でも土着でもないよ
(その横で竹林の声がする)
……なのに、いやな感じ
『ホホホ。竹林よ。それは私達の仕業かもな。なにしろ、こんなこともできるのだから』
え? なんで?
(呼ぶ声がした。結界が消えてあらわになった竹林が動揺する)
『鴉どもは立ち去れ。夜の俺達には、爺さんしか関われない。聞いているだろ、キキキッ』
(甲高い誘う声が続く)
…チッ
…ヤバイヨ
哲人、戻ってきな
(フサフサの声はよく届く)
ダイガクの連中だ。逃げるよ
大学?
わあ

(いきなり真っ暗闇になる。

 ドロシーの灯し火が消えたのは一瞬で、)

(すぐに神社は血の色の明かりに包まれる)



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