四十二の一 魂を二つ持つ四羽
文字数 2,669文字
師傅は緋色の布を脇に抱えていた。それを開く。
ドーンが平気な顔をつくろい、俺へとくちばしを向ける。
師傅はカラスをサテンで包みなおし、俺に手渡す。
ドーンの声が小さくなる。
漆黒のドレスは切り裂かれていた。あいつはなおも這いずる。その先には、骨組みだけとなった黒羽扇が転がっていた。
ツチカベが裂けた口をゆがませる。
峻計が顔だけをあげる。
ツチカベが俺達に背を向ける。
峻計の叫びに、野良犬が足をとめ振り返る。残虐な笑みを浮かべる。
野良犬が空に吠え、俺達へと駆けだす。陽炎を越える。
師傅が一喝する。真横の俺まで震えあがる。
師傅がツチカベを蹴る。野良犬はあいつの首を裂きながら牙を離す。血に染まった牙を師傅へと向ける。師傅は動じない。
師傅がよろめく。その腕をツチカベが噛む。峻計の血と野犬の唾液の混ざった牙が、鹿皮をなめしたような師傅の肌に突き刺さる。
俺はあいつへ飛びかかる。あいつの眉間へと護符を押しつける。
峻計の断末魔の絶叫が響きわたる。
師傅が剣を薙ぐ。もうひとつの手で野良犬を殴る。
ツチカベの体は金網を突き破る。陽炎の向こうでぐったりと動かなくなる。
劉師傅がまた一喝する。
俺は従い、顔もそらす。
師傅の声に目を開ける。
黒羽扇は燃えカスさえ消えていた。あいつのいた場所に四玉の箱だけがある。師傅が箱を剣で指す。
俺は師傅を見すえる。
日曜の夜明け前、道を行く車はなおも少ない。都会とは思えぬ静けさのなか、師傅も俺を見る。
俺は木箱を持ちあげる。やっぱり小さな箱だったのだな。
師傅がビルへと入る。俺も続く。
師傅がエレベーター横の階段を見上げる。
踊り場にまた楊偉天がいた。
次回「この身が削がれようと」