四十二の一 魂を二つ持つ四羽

文字数 2,669文字

ぎゃああああ
(あいつの凄まじい絶叫が響く。

 劉師傅が俺を見上げる。剣を持つ手をおろす)

もう降りていい。

哲人君ならば生き延びると思い、地裂雷(ディリエレイ)を走らせた。無傷とはさすがだ

(そう言われても、にび色の光の渦中にいたらどうなっていたか)
……。
ストン
ストン

(桜井が力を抜く。俺はすとんと着地する)

 師傅は緋色の布を脇に抱えていた。それを開く。
(ドーンがうずくまっていた)


ドーン……

私を呼ぶために、このものは羽根をやられた。多足の毒も残っている。

もはや飛べぬ

(それほどまでに無理していたのかよ……。俺は気づいてやれなかった)
 ドーンが平気な顔をつくろい、俺へとくちばしを向ける。
ちょっとだけ休ませて。……英語だかで喋ってくる奴ら、ここにいたのだろ?
ああ

(顔を寄せた俺が黒い瞳に映る)

師傅を呼ぶなと心にうるさかった。気が散ってたまらなかった。

あいつらを信用するなよ

“ホホホ”
“キキキ”
……。

(ドーンのおかげで確信できた。使い魔達は今も陰にひそんでいる。そこで今もなお企んでいる)

このものを頼む。


朱雀のごとき反骨のものよ。守りたい者を思え。その心と護布がそなたも守る

 師傅はカラスをサテンで包みなおし、俺に手渡す。

カカッ、守りたいものね……。


マジで守ってやるし

 ドーンの声が小さくなる。
カラスの和戸君も見納めだ。次に会うときは人間だね

(桜井が俺の中で無理して笑う。

 彼女は必死に耐えている……。また力を使わせてしまった)

気づいていると思うが、老師は死んではいない
チラ

この式神を消したところで終わりではない

はい


(これからが真の悪夢だと、俺だって分かっている。でも、この十数時間まとわりついた悪夢は、すぐそこでのたうっている。俺も玄関の前に倒れる峻計へと目を向ける)
ズリズリ…
 
 漆黒のドレスは切り裂かれていた。あいつはなおも這いずる。その先には、骨組みだけとなった黒羽扇が転がっていた。
……。


(……門灯に照らされた師傅の影が峻計を覆う。あいつへと剣をかざす。ふと道路を見る)


!!!

まがまがしき犬だ
ハッハッ
(陽炎に揺らぎながら、野良犬が俺達を見ていた)


ドーン、ちょっと降ろすよ

がっかりだな。峻計さん、お別れだな

 ツチカベが裂けた口をゆがませる。

 峻計が顔だけをあげる。

ツチカベか? す、すこしは役に立て。こいつらを倒せ

(劉師傅は怪訝な目を向けるだけだ。魔道士とて犬の声は聞こえない)


峻計の犬です

こいつらだと? でっかいホウチョウを持った男しか見えないな
 ツチカベが俺達に背を向ける。
こんなおっかない目の人間を襲えるかよ。俺はただの犬だぜ
(そうだよ、立ち去れ)
ならば私を噛み殺せ! さすれば望みは叶う
 峻計の叫びに、野良犬が足をとめ振り返る。残虐な笑みを浮かべる。
ウオオン……
 野良犬が空に吠え、俺達へと駆けだす。陽炎を越える。
力もなき犬め!
ワア
 師傅が一喝する。真横の俺まで震えあがる。
ハッハッ
(ツチカベはその覇気に臆することなく、峻計へと飛びかかる。その首を噛む)
そ、そうよ。私の血をすすって

(峻計が恍惚の声をだす)


よ、よせ、やめろ……

ガブッ
ああ……

また会えるわよ。約束するわ

異形に堕ちる気か!
邪魔するな!
 師傅がツチカベを蹴る。野良犬はあいつの首を裂きながら牙を離す。血に染まった牙を師傅へと向ける。師傅は動じない。
ふふふ
(なのに、あいつの消えかけた手が師傅の足をつかむ)
ぬお
おれっ
くっ






 

え? ヤバいよ






 

 師傅がよろめく。その腕をツチカベが噛む。峻計の血と野犬の唾液の混ざった牙が、鹿皮をなめしたような師傅の肌に突き刺さる。
しくじった
ふふふふ
おらあ!
 俺はあいつへ飛びかかる。あいつの眉間へと護符を押しつける。
……。
(桜井は俺にしがみつき、必死に目をつぶっている)
ぎゃあああ……
 峻計の断末魔の絶叫が響きわたる。
無念だ
 師傅が剣を薙ぐ。もうひとつの手で野良犬を殴る。
キャン
 ツチカベの体は金網を突き破る。陽炎の向こうでぐったりと動かなくなる。
……。
 
(……俺の前に、血に染まった野良犬の前足が地面に転がる)
劉昇、穢れたな
(おぞましく溶けながら峻計が笑う)
老祖師の勝ちだ
哲人君、目をふさげ!
は、はい

 劉師傅がまた一喝する。

 俺は従い、顔もそらす。










もういいぞ
はい


……。

 師傅の声に目を開ける。

 黒羽扇は燃えカスさえ消えていた。あいつのいた場所に四玉の箱だけがある。師傅が箱を剣で指す。

峻計の呪いの血を受けた。私も我が剣も穢れた。箱にかかった妖術を消せない
(な、なんでそうなるのだよ……)

松本君のおなかの中から、


どうすればいいのですか?
海神の玉の祈りが必要だ。

白虎の娘を引き連れた思玲の愚かすぎる行為に、救われるかもしれない

(彼女だけは責めさせない)


連れてきたのは俺達です。横根も望んで来ました

おなかの中から、


ソウダ、ソウダ
……。

おなかから喋られてドーンを思いだした。よいしょ


このビルにみんな吸いこまれました。知っているのですね?

 俺は師傅を見すえる。

 日曜の夜明け前、道を行く車はなおも少ない。都会とは思えぬ静けさのなか、師傅も俺を見る。

草鈴が聞こえたが、私をまどわす幻との判別が難しかった。

私へ救いを求める幻聴と幻覚は、あの老人の常とうの罠だ

(師傅が剣を天へとかざす)
剣の穢れをはらい真の楊偉天を倒さねば、なにも終わらない。


そなた達が異形である以上、神殺(シェンシャー)の結界から逃れられない。生き延びるためには、四玉を手に私に続け

(神殺の結界……。この陽炎の結界は、人に戻れば抜けだせるのか?

 やるべきことに変化はない)

 俺は木箱を持ちあげる。やっぱり小さな箱だったのだな。
ようやく再ゲットだね。それより何度か鳴っていたけど

ヨイショ

(誰からか知らないけど、俺が琥珀のスマホを持っていることを知らせたくない)

イラ

ふうん。やっぱ慎重だ。松本君に任せるけど……。そういや倒したところで、あいつも蘇るじゃね?

峻計も復活するのですか?(桜井からの質問を、そのまま師傅に問いかける)

大鴉は人と鴉から成る。魔物と鴉のふたつの魂があるのならば、奴もやがて戻ってくる
(師傅が屋内へと剣をはらう)
……。

それまでに老師を倒せば、あいつは地獄の底に閉じこめられたままだ。他の大鴉どもにしても再び倒せば終わる

 師傅がビルへと入る。俺も続く。
(この人が剣で散らしても、人除けの術が消えただけだった。気力を削る明かりは灯されたままだ)
……。
 師傅がエレベーター横の階段を見上げる。
…………。
……。

 踊り場にまた楊偉天がいた。





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