五十二の二 明け方前の五人

文字数 2,506文字

へっ
(ドロシーはリュックを片側の肩だけにかけて、手にはドーンをぶら下げていた)
……。
(それでも俺の鼓動は躊躇する。緋色のサテンが結ばれた太もも)
ウトウト…!
ブワサッ
(低い空で大ワシが翼をひろげる。寝ぼけた目が狩りの目に変わる。俺達へ向ける)
……。
スタッ
雅、座っていろ

(思玲が式神に命じる。

 横根は青ざめている)

や、やめて、どうしたの? ドーン君を放して。

また思玲がなにか言ったの? いつものことだから、ゆるしてあげてよ

…不能
ポカン
(日本語はドロシーに伝わらないかも。夏奈はポカンとしている)
……。
落ち着けよ。俺達は敵じゃないだろ

(俺は動揺しながら言う。思玲を守らないとならない。でもドロシーとは戦えない。戦えるはずない)

 ドロシーは俺を見ない。
だから?


我々は魔道団。任務を遂行することだけが与えられた使命だ

チラチラ

 チラチラ

(ドーンは気絶した振りをしている。俺へと目くばせする。……こいつは戦う気でいる。でも迦楼羅に変わらない。俺の怒りに呼応するのだから、なれるはずない)
あの光をだされたら俺達の負けだ
(川田が四肢をあげる)
殺しはしない。手を噛み砕き、二度となにも持てなくする
え?
きゃっ

(刹那に黒い狼がドロシーへと向かう。

 俺は独鈷杵を手にしていた)

ダン!
グアアアアア
(言葉より先に、川田の背へと振りおとす。狼が絶叫をあげて地面に倒れる)
……。
川田、やめろ……
 

川田……

(狼が一撃で溶けていく。風軍がオロオロしながら降りてくる。ドロシーは立ちすくんでいる。ドーンがその手で暴れる)
玄武の光は現れない
え?

(背後で思玲が言う)

だが成功したかも知れぬ。……やっぱり失敗っぽいな
 
……。
グオーグオー
(狼は瞬時に消えて、見覚えある図体の人間がタンクトップ姿でうつ伏せる。短パンのポケットからスマホの通知音が何度も鳴る)
……。
マジ?
……。
川田君……
だとしても、ドロシーと川田の両方を助けるためにとっさにできたな。

和戸では試すな。二度もうまくいかぬぞ。鳥刺しができるだけだ

スタスタ

(可憐になった思玲がドロシーへと歩く)
……はっ
和戸を解放しろ。私は投降する
ぐーすかぐーすか
バサリッ
さっ
(思玲が風軍の背に乗る。雅が駆けだしあとに続く。思玲が振りかえる)
導きがあるのならば、お前達はいまの姿でいろってことだ。四玉の箱を忘れるな
(俺へと笑う)
琥珀にはしつこく連絡する。九郎とともに哲人達を守れとな。雅は香港の式神だった。処遇は十四時茶会が決めるだろう。


ドロシー、はやく乗れ。結界を張ってやる

……。
(思玲は武装解除しない。ドロシーは気にもしない。俺だけを見る)
王姐を連行するのが当初からの使命だった。本来の力を持つ彼女を見逃すのは許されない。シノもケビンも許されない。アンディも
(切れ長な瞳に涙が溜まる)
……誰?
君がこっちの世界に残るのならば、私は身を挺してでも君を守る。思玲を奪った私のお詫びだ
(贖罪なんていらない。おそらく思玲は覚悟していたのだから。深手を負ったドロシーはリタイアしないとならないし、あっちの世界に長らくいた仲間三人も、ひとまず人の形に戻れたのだから)
 俺はうなずき。
いつか一緒に人の世界に帰ろう
 笑顔など作れないけど。
へへっ
(ドロシーが涙を拭き風軍に乗る)
王姐、社の護符を返してあげて
そうだった
クルッ
(もう俺へと振り向かない)
バサバサッ


哲人は納得するのかよ

(ドーンが俺の頭に乗る。俺はなにも言わない。東京方面の空がかすかに白みはじめた。夏の新月はじきに終わる)
……俺もちょっと人になっていい?
(ドーンがおずおずと続ける)
川田みたいに本能まみれになりたくねーし。すぐにカラスに戻って哲人に付き合うからさ
俺こそ最後まで付き合うよ


(ドーンは、箱が割れたことも朱雀の玉が消滅したこともまだ知らない。

 こいつから人の心がなくなるまで、まだ十二時間はある。ドーンならば最後まであがく。俺も手助けする。横根の記憶もまだ消さない。彼女にも助けさせる)

ぐーすかぐーすか
(人の形に戻った川田には、俺とドーンの記憶は残っているだろうか……)
 
きれいだな

(でも今は、力に目覚めたころの思玲の姿を焼きつけるだけだ)

……誰よりも、なんて言わないけど

いまから僕が香港まで飛ぶの?

グジグジ

シノちゃんとケビンちゃんは置いていくの? ほかの人は死んじゃったのでしょ? もうドロシーちゃんしか操縦できないよ

……。
(操縦って飛行機のか? 彼女は聞こえない振りをする)
王姐。私はあなたの弁護人になる。お爺ちゃんにすがりつく。あなたはゆるされる
ふっ
(ドロシーの言葉を、思玲は鼻で笑う)
この雷木札は桜井に持たせろ

へえ

(思玲が俺へと天宮の護符を投げる)
道理ではないが、哲人と同じくあの娘を守るかもしれない。


風軍。私のは強いだけに重い。梁大人の式神ならば耐えろ

(いつもと変わらず、彼女は話を切る)
思玲は戻ってくるのですか?
 最後に俺は尋ねる。楊偉天を倒し、劉師傅の仇は果たした。それでも俺達のもとに帰ってきてくれるのだろうか?
当然だろ
(年ごろの思玲ににらみつけられる)
全員が人に戻るのを見届ける
……。

王姐お願い

 
 
(彼女は風軍の背で瑞々しく舞う。扇を振るい見えなくなる。跳ねかえしの上にかけられた姿隠し)
 
 
 
 
 
 

(静かなままだけど、風軍は結界をまとい飛びたっただろう。羽根の風圧さえも隠されたままで)

な、なにが起きたの? 思玲達はどこか行ったの?

ま、松本君はいるよね? 誰か教えてよ!

 横根がうろたえる。
……ガーガー

(カフェテラスで四玉の箱を囲んだ五人だけがここにいる。俺もドーンも彼女に伝えられない。

……朝日が差しこむまでどれくらいだろうか? 俺達はどこに向かうべきなのだろうか?)

瑞希ちゃん、東京に帰ろか。これってやっぱ夢じゃなさげだし

チラッ

ぐーすかぐーすか
(夏奈がぽつりと言う。横根へと笑みを向ける)
だって中国人が消えて、川田君がいきなり現れるんだもの
……。
いきなり思いだしたんだ。変人ぽいけど野性味あって女子に人気の川田君を。


……あとの二人はいつ思いだせるの?



次章「4.9-tune」

次回って、マチに帰るしかないだろ。私はもうお空だけどね

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