五十二の二 明け方前の五人
文字数 2,506文字
(ドロシーはリュックを片側の肩だけにかけて、手にはドーンをぶら下げていた)
(それでも俺の鼓動は躊躇する。緋色のサテンが結ばれた太もも)
(低い空で大ワシが翼をひろげる。寝ぼけた目が狩りの目に変わる。俺達へ向ける)
や、やめて、どうしたの? ドーン君を放して。
また思玲がなにか言ったの? いつものことだから、ゆるしてあげてよ
(日本語はドロシーに伝わらないかも。夏奈はポカンとしている)
落ち着けよ。俺達は敵じゃないだろ
(俺は動揺しながら言う。思玲を守らないとならない。でもドロシーとは戦えない。戦えるはずない)
だから?
我々は魔道団。任務を遂行することだけが与えられた使命だ
(ドーンは気絶した振りをしている。俺へと目くばせする。……こいつは戦う気でいる。でも迦楼羅に変わらない。俺の怒りに呼応するのだから、なれるはずない)
殺しはしない。手を噛み砕き、二度となにも持てなくする
(刹那に黒い狼がドロシーへと向かう。
俺は独鈷杵を手にしていた)
(言葉より先に、川田の背へと振りおとす。狼が絶叫をあげて地面に倒れる)
川田……
(狼が一撃で溶けていく。風軍がオロオロしながら降りてくる。ドロシーは立ちすくんでいる。ドーンがその手で暴れる)
(狼は瞬時に消えて、見覚えある図体の人間がタンクトップ姿でうつ伏せる。短パンのポケットからスマホの通知音が何度も鳴る)
だとしても、ドロシーと川田の両方を助けるためにとっさにできたな。
和戸では試すな。二度もうまくいかぬぞ。鳥刺しができるだけだ
スタスタ
(思玲が風軍の背に乗る。雅が駆けだしあとに続く。思玲が振りかえる)
導きがあるのならば、お前達はいまの姿でいろってことだ。四玉の箱を忘れるな
琥珀にはしつこく連絡する。九郎とともに哲人達を守れとな。雅は香港の式神だった。処遇は十四時茶会が決めるだろう。
ドロシー、はやく乗れ。結界を張ってやる
(思玲は武装解除しない。ドロシーは気にもしない。俺だけを見る)
王姐を連行するのが当初からの使命だった。本来の力を持つ彼女を見逃すのは許されない。シノもケビンも許されない。アンディも
君がこっちの世界に残るのならば、私は身を挺してでも君を守る。思玲を奪った私のお詫びだ
(贖罪なんていらない。おそらく思玲は覚悟していたのだから。深手を負ったドロシーはリタイアしないとならないし、あっちの世界に長らくいた仲間三人も、ひとまず人の形に戻れたのだから)
(ドーンが俺の頭に乗る。俺はなにも言わない。東京方面の空がかすかに白みはじめた。夏の新月はじきに終わる)
川田みたいに本能まみれになりたくねーし。すぐにカラスに戻って哲人に付き合うからさ
俺こそ最後まで付き合うよ
(ドーンは、箱が割れたことも朱雀の玉が消滅したこともまだ知らない。
こいつから人の心がなくなるまで、まだ十二時間はある。ドーンならば最後まであがく。俺も手助けする。横根の記憶もまだ消さない。彼女にも助けさせる)
(人の形に戻った川田には、俺とドーンの記憶は残っているだろうか……)
きれいだな
(でも今は、力に目覚めたころの思玲の姿を焼きつけるだけだ)
……誰よりも、なんて言わないけど
いまから僕が香港まで飛ぶの?
グジグジ
シノちゃんとケビンちゃんは置いていくの? ほかの人は死んじゃったのでしょ? もうドロシーちゃんしか操縦できないよ
(操縦って飛行機のか? 彼女は聞こえない振りをする)
王姐。私はあなたの弁護人になる。お爺ちゃんにすがりつく。あなたはゆるされる
道理ではないが、哲人と同じくあの娘を守るかもしれない。
風軍。私のは強いだけに重い。梁大人の式神ならば耐えろ
最後に俺は尋ねる。楊偉天を倒し、劉師傅の仇は果たした。それでも俺達のもとに帰ってきてくれるのだろうか?
(彼女は風軍の背で瑞々しく舞う。扇を振るい見えなくなる。跳ねかえしの上にかけられた姿隠し)
(静かなままだけど、風軍は結界をまとい飛びたっただろう。羽根の風圧さえも隠されたままで)
な、なにが起きたの? 思玲達はどこか行ったの?
ま、松本君はいるよね? 誰か教えてよ!
(カフェテラスで四玉の箱を囲んだ五人だけがここにいる。俺もドーンも彼女に伝えられない。
……朝日が差しこむまでどれくらいだろうか? 俺達はどこに向かうべきなのだろうか?)
瑞希ちゃん、東京に帰ろか。これってやっぱ夢じゃなさげだしチラッ
だって中国人が消えて、川田君がいきなり現れるんだもの
いきなり思いだしたんだ。変人ぽいけど野性味あって女子に人気の川田君を。
……あとの二人はいつ思いだせるの?
次章「4.9-tune」
次回って、マチに帰るしかないだろ。私はもうお空だけどね
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