十の一 街路樹の上で
文字数 3,470文字
フサフサは小道に降り、思玲の足もとを過ぎる。彼女は一瞥も送らない。
野良猫は闇にまぎれこむ。
自分が非力の代わりに、力になってくれるものを呼ぶみたいです。みんなを守るために。
(そんな力のうごめきをたしかに感じた。でも都会の真ん中で妖怪の問いかけに応じてくれるのは、霊感が強い猫ぐらいだったのだろう。多少いた幽霊には無視されるかどつかれた)
彼女が横根を抱き上げる。
墓地はガス爆発でも起きたようだ。亡くなった人が眠っているのに……。木札をしまい、墓地全体に手を合わせる。思玲に急かされて、ふわふわと追う。
帰宅途中らしい熟年夫婦が思玲に会釈する。こいつは愛想を返しもせずに、街路樹の低い枝に横根を持ちあげる。俺もその横に座る。
いきなり思玲が扇を振るう。俺と横根を囲んだ結界は粉々になる。
彼女は大学の正門方面へと背を向ける。ふいに振り返る。
それだけ言うと思玲は去っていった。
幽霊が消えたときの有り様を、彼女は見ていない。くちばしを折る程度だと思っているのだろう。
……。
(あの玉をだせば、桜井は戻ってくるかもしれない。匿った横根を青龍の娘と勘違いしたのだから、彼女は奴らの掌中にいないわけだし、試すだけなら問題ないかも。
でも桜井を呼びたくない)
思玲がいるときにしようか
白猫がむきになる。なにも知らない横根がうらやましい。俺は悩むふりをする。
一年生の冬。マフラーの上のはにかんだ笑み……。
なおさら桜井の笑顔が浮かんでしまう。
だから腹からふるびた箱をだす。
俺には浮かんでみえる木箱を見て、横根がつぶやく。
俺は蓋を開ける。青錆びた金属の箱が見え
服の中が燃えたようで、あわてて木札を取りだす。……お札はまたもや白く光っていた。
これは術によるまやかしだよ。燃えていると感じるけど、実はなんともない
(思玲達の師匠だけあって楊偉天はすごいな。桜井に催眠術をかけやがるし、玉だけで人を式神に変えるし。この箱には魔道士や護符避けの術が満載だし……)
俺は気づいてしまう。お天狗さんの木札は強力な護符のはずなのに、今も奴の術によって熱を持ち白く輝くことに。それは、楊偉天の妖術がお天狗さんの護符よりも力あることを示しているのか?
覚悟を決めるのは俺だ。木箱のふたを懐にしまい、青錆びたふたを開ける。
透明の玉が三個と、かすかに青い玉があった。
連中の言う四玉。
横根が箱の中を身を穢された証しのように見つめる。
彼女の問いに答えられない。うす青く澄んだ玉だけを見つめる。
無言で待つ。
(かすかなブルーを求めて、本当に彼女は来るのか。……そういえば、あのときの三人は望まずとも四神くずれになった。桜井は望もうとも、自分から玉に触れないと異形になれなかった。
箱を開けた瞬間、黒い光は俺へと飛んできたよな。おそらく木札がはじき返して、その光は川田へと……)
体中に鳥肌が立つ。興奮したなにかが近づいている。人でも霊でもない。俺達と同類の気配だ。でも、とてつもなく強い気配だ。
はやく逃げろと木札が告げる。俺は青銅の箱を木箱にしまう。
なのに街路樹の下から彼女の声がした。
俺は返事できない。再会を喜びたいのに安堵したいのに、彼女への不安と恐れが渦巻く。
俺達の前に青い小鳥が浮かぶ。小鳥の顔から喜びが消える。
瑠璃色の小鳥が見えない膝の木箱に降りる。そこから俺を見上げる。
桜井は龍でもヒキガエルでもなく、まだ救いのあるものへと化した。俺は安堵で涙がでそうになる。
次回「分かち合った光」