二十六の一 座敷わらしとずたぼろ女
文字数 2,598文字
思玲がよろよろと立ちあがる。
脇に転がる箱に目を向ける。剣をだしたときのはずみで、金属で装丁された骨董品の本がはみ出ていた。天使が悪魔を討伐する表紙だ。まがまがしい気配を感じる……。
せめてもと、本を箱に戻しふたを閉じる。
入口横のスイッチを押す。人の作ったものだから固すぎる。全身の力を傾けて、ようやく反対側に傾く。人の明かりがしばたき、部屋が照らされる。
(蛍光灯に照らされた思玲は右目に青痣をこしらえ鼻血をながし、左腕には太ったミミズほどの掻き傷が幾重にあった。赤いTシャツの胸もとはおそらく血でさらに暗い赤となり、右手は頭髪を気にするように触れていた)
人の明かりが耐えられない。部屋の外にふわふわと逃げる。
案の定、彼女はよろめき座りこむ。
思玲がわき腹をおさえながら言う。
それを口にだして伝えても、
思玲は鼻の穴に指を突っこみ言うだけだ。指に付いた血をパンツにこするし。
哲人は、師傅のおそろしさを知らぬからな。
二年前に朝鮮の北部で
そこで大陸の者達と出くわした。彼らは中国から依頼を受けたのだ。愚かにも、瀋陽 の魔道士達はメンツにこだわった。その七人は、先を越された腹いせを師傅に向けた。
ヨロッ
……大陸の東北を占めていた一派は壊滅した。戦いにおける師傅の力は無尽に強まる
……。
(彼女の意志が、傷だらけの彼女をなおも歩かせている。そんな思玲に聞かねばならない)
そして師傅は俺達を殺すのですか? それでも師傅を待つべきなのですか?
(彼女の話が事実ならば、楊偉天よりさらに強い師傅こそが俺達への執行人だ)
(青龍となる資質が許されぬというのか。
そもそも桜井はなんで大層なものを持って生まれてきたのだ?
容姿はかわいく、性格は(よく言えば)天真爛漫。
ちょっと変わってはいるけど、常軌を(激しく)逸脱しない程度にだ。
それなのにインコにさせられたうえに処分されるなんて……、ゆるせるはずがない!)
俺の力ではそれが精一杯だ。彼女は俺の問いかけを闇に笑うだけだ。再び足を引きずり歩きだす。
カツン
それよりも瑞希だ。哲人は私をおびき寄せる焼き芋的存在だったゆえ、あいつらはろくに条件もつけずに瑞希を人に戻す約束をした。まさか貧弱な妖怪が剣を取りだすとは思わぬからな。
カツン
……魂を奪う契約はなかったよな
ふわふわと階段を登りながら答える。
次回「夢見るは人」