四十七の一 スケールでかい四角関係

文字数 2,175文字






 

うう……
峻計たすけてよ……
キョキョキョ…
(オーロラが瓦解していく。地面では老人と竹林が並ぶように雨に打たれる。ヨタカが低く飛び去っていく……)
…………。
シャー
(露泥無を責められない。龍とハイイロクマムシがいれば当然だ。夏奈もでかいが無死もでかい。無数の足で龍にしがみつき食い裂こうとしている)
(落雷を一身に受けても、龍が体をねじっても離れない)
峻計は土壁を逃した。あいつにも憎しみ以外の感情があったのだね
(なおも涼しい声がする)
僕は生まれかわった理由を知った。だから僕もまだ立ち去れない。松本と同様にね
ポイッ
(藤川匠が死者の書をぬかるみに投げ捨てる。それは八十万ドルだぞ、なんて思っていられない)
たくみ君、何年ぶり?
(天上からの声)
早速だけど、一緒にこいつをやっつけよう。そいつも
(夏奈はすごく怒っている。こいつっていうのは無死で、そいつってのはおそらく俺にしがみついているドロシーだ)

スタッ、クルッ

夏奈さん、目を覚ましなさい
(ドロシーが立ちあがる)コワイモノシラズダ
それまでは私が哲人さんを守る。

川田はこれで横根さんとドーンを守って!

えい!

……。
パクッ

(彼女が護符を投げる。放物線に沿って、廃村の残骸が紅色に煌々煌々照らされる。カラスと白猫を背中に乗せた手負いの獣が、呆気にとられつつ護符をくわえる。

 迦楼羅じゃない? 当たり前だ。俺に夏奈への怒りはない)

シャー
ぶ、ぶさかわいすぎる……おっきいから触れたりして
夏奈。松本を食べられるか? そしたら夏奈はその虫を簡単に倒せる
ピク 気色悪い声

食うはずねーし。たくみ君こそ食べてよ。ひとつになってよ


(こんな奴は夏奈じゃないと思いたいけど、この発想こそ夏奈だ)
だったら楊さんの儀式をしてみよう。僕にもできると思う

チラッ

ヒッ
(藤川匠が狼の背に目を向ける)
夏奈は横根とひとつになれる。

力が戻った僕と一緒に不死身の虫も殺せる

……藤川め
そんなの川田君がゆるさねーし
……。

……。

(やった! 夏奈はみんなを思いだしている。昨夜より人に近づいている)

夏奈、人に戻ろう。俺が無死を倒すから
ジロッ
(俺は天に呼びかける。ついでドロシーに告げる)


白銀弾を使おう

え? いま? ここで? 無死(あの子)に?
 ドロシーがびっくりした目で俺を見る。
あの子です
あれはサキトガを倒すために使う。異形と言っても悪魔だし

キッパリ

奴はドロシーが内から消滅させた
そうだったの? どっちにしろ哲人さん程度(ランク)の異形ならば、あの光を浴びるだけで消滅する
(それほどの代物を、座敷わらしだった俺は腹に抱えていたのか…………彼女が目をつむる)

ヌッ

それより哲人さんの力をMP5に込めよう
わあ

(吐息で力を譲る……。それは夏奈の前では封印というかやれるはずない)

松本がリーダーだろ。逃げるのか決めろ
(リュックをくわえた川田が焦ってやがる。たしかに女子二人のテンポに振り回されている。……藤川匠も)
逃げるはずねーし。ようやく五人そろったんだぜ

夏奈ちゃーん! みんないるよ。

藤川匠(そいつ)は敵だよ。みんなで戻ろう

(狼の背でドーンが騒ぐ。

 白猫が前足を空へと振ろうとする)

うるさい!
落雷

たくみ君を悪く言うな。その女こそ敵だ


ガジガジ…ずっと龍を噛んでます
(森から焦げた匂いが漂う)コエー
私が哲人さんの彼女になったから?

え?

(ドロシーが俺を見おろす。否定すべきか? そもそも俺は誰とも正式にお付き合いしてないし。

 俺もようやく立ちあがり、舞台から飛び降りる。天を見上げる)

俺はまだフリーだ!
(と空に向かって叫ぶべきか? ドロシーまで敵になるかと、姑息な俺は逡巡してしまう)
……。
……。
……。
…………。
(立ちつくすだけの俺をみんなが注目する。無死さえも俺を見た)
ヨロヨロヨロ…

ヒヒヒ、膠着状態だな

(老人がよろめきながら立ちあがる。体をさする)
……。
藤川、書を奪ったな。貴様の本意は分かった。

無死よ、儂の声は聞こえるか?

ジジイは死ぬまで寝てろ!

ひえ……

(楊偉天が空へと杖を向ける。その杖へと雷が落ちる。離れた俺までしびれる。……楊偉天が消滅した。竹林は動かない)
(笑い声だけが残る。蜃気楼だ)
 
竹林はもう戦わなくていい。儂の臥龍窟に包まれていなさい。


無死よ、儂に従わぬのか?

バリバリバリッ
ヒヒヒ

(再びの巨大な雷が宙に浮かぶ老人を襲う。楊偉天はまた蜃気楼と化す。

 民家がはじき飛んだ。天空では、異形の虫がなおも龍へと食らいついている。龍の首から青い血が飛ぶ)

 
ヒヒヒ、従わせてみせる。儂はこの齢となり崇められるべき存在だ

ゼエゼエ

グヒ
(現れた楊偉天が鏡を空に向ける)
神殺の鏡よ。あの異形こそを従えよ
 
(鏡からオーロラが飛びだす。包まれた無死の巨大でよどんだ目が地上を見つめる

 無死が龍から離れる)

ヒヒヒ
おっと

(落雷を楊偉天の鏡がはじく。雷は藤川匠へと向かうが、それさえも剣ではじく)

ジジイ、私の雷をたくみ君に当てようとしたな!!!
 龍の咆哮が山を揺らす。
……。

(無死が無言のまま地へと降りたつ。稜線からおもいきり足がはみ出る。森がなぎ倒される)

無死よ。まずは藤川を食い殺せ
…フッ
……キョロキョロ



ピタ

(無死が広場にいる異形と人を見わたす。俺で目をとめる)
シャー

(俺へと巨大な口をひろげる……)


俺は藤川匠ではないぞ






 

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