二十八の一 ゼロから始まるナイトライフ

文字数 3,429文字

(黄昏時も終わりを告げた。闇が急速に校内を包む……)
……。

……。

……。

(ヤバいヤバい、マジでヤバい、冷静になればなるほど、語彙が浮かばぬほどまずい。
 箱を奪われた。あの玉がないと、人に戻れる可能性がゼロかも)


うわ

邪魔だ。どけ! あいつがあんなに怒っている。遅れたら殺される
(戻ってきた鬼と出くわし、片手ではらいのけられる。
こいつは黄玉だよな。峻計が呼んだのは水色腰巻だと思うが、また仲間うちでやりあえばいい。俺はそれどころじゃない……)
………………。
(絶望的だ。やっぱり、あいつから箱を取りかえさないと。

 無理に決まっている。生きたままで八つ裂きにされるだけだ。

 まだ一日近くある。もう二十一時間しかない。

 なにか考えろ……。絶対に浮かぶはずない。それでも考えろ。さもないと、みんなの人の心がなくなる。俺は一人、異形としてさ迷うことになる。しかも心が残ったまま……。


 どうにかしないとマジで終わりだ。自分だけ人に戻れた女になど、かまっていられるか)
“松本君を責めないで!”
(俺を押しのけて、化け物からの盾になろうとした白猫……)
 どん底ぎりぎりの動揺を抱えて図書館へ向かう。
……。

……。

(しかしヤバすぎる)

(事務室はまだ明かりがついていた。夜に発する蛍光灯がまぶしい)
さっきの声は峻計かよ? イエローパンツが小便漏らしたぜ。マジで
(暗い空にカラスの影が浮かぶ)


ああ

瑞希ちゃんはまだ事務室。川田は?
(動揺は隠さないと伝染する)

操られたままだ。俺は横根を守れと言われた(箱はないけど)。ドーンは川田を守ってくれ(箱はないけど)



(俺にしろドーンにしろ、どうやって守れと言うんだ? しかも四玉は手もとにない)

顔色が悪いぞ。哲人でも青ざめることがあるんだな
(空から俺を覗きこみやがった。あいかわらず目のいい奴らだ……。恐慌を隠さないと)
だ、大丈夫。まだ大丈夫だから
動揺するなよ。……心配するな。また鼻をつついて意識を戻させる


バサッバサッ

 羽音が遠ざかる。

無理するな


(とにかく箱を取りかえさないと、俺も桜井も川田もドーンも人に戻れない。かと言って横根を見捨てない。彼女はせっかく人間に戻れたのだから。忌まわしい記憶も消えたのだから……)


!!!

失礼シマス
 当事者がでてきた。なかへと会釈をしてドアを閉める。
(彼女を見て決意できた。まずは、この人間を守らないと。その先のことは、その先に考えよう。


 でもヤバすぎる)

横根

(どうせ聞こえないと分かっているけど)

横根! 横根!

……。
 絶叫にも彼女は気づきやしない。スマホで電話しながら正門へと向かうだけだ。
ヨコネー!
 彼女の前で人の言葉を発しようとする。
テクテク
フワ


(小走りの彼女からふわりと流される。触れることすらできない)

白い玉はもとに戻ったぞ
あいつの前で割るなんて俺より頭が悪いな。

横根ってのが、白虎もどきの名前かよ。……まずまずうまそうな人間だよな。グヘヘヘ

(黄玉と呼ばれる鬼が笑いながら現れた。隆々とした肉体が闇に浮かぶ。さすが異形だ。夜がおとずれ、力が満ちていやがる)
暗くなったから、護符も戻ったぞ


(俺は横根の背後に浮かぶ。木札を鬼へと向ける。お約束のはったりだ。いずればれる)

グヒヒ、人へのものが夜のおかけでか? それはないだろ。俺でも分かる
(数秒ももたない。鬼は臆することなく向かってくる)


わあ!

 俺は片手でつかまれ、アスファルトへと叩きつけられる。地面に接する直前にふわりと逃れる。
……。
ぐへへ
 鬼は横根へと飛びかかる――。
スルッ
 小走りの横根は、鬼の手もとからするりと去っていく。
やっぱし、じかに触れねえな。喰らう気でいけば簡単なのに、面倒くさいよな


ズボッ

(鬼が校内の案内板をたやすく抜きとる。それを彼女に投げるつもりかよ)
……?
 横根が背後の気配に感づき振り返る。
?……


タッタッタ

 怯えたように走りだす。鬼が埋もれていた案内板の先端を彼女へと振りかざす。
ごらあ!
 俺は黄玉へと体当たりする。ふわふわとではなく砲弾のように……。
いてー!
 鉄筋の壁にぶつかった衝撃だ。
邪魔するとお前から殺すぞ
う~
 手もとがずれて鬼が怒鳴る。中空にくらくら浮いているのを捕まりそうになり上空へ逃げる。
おりゃ!
 黄玉が俺へと案内板を投げる。ロケットみたいに飛んでくるが、目測は大きくはずれた。避けるまでもなく校舎に飛びこむ。
(ガラスが割れる音がする)
ナニ?
グヘッ、騒ぎをでかくしたらまずいよな
待てー!
 鬼は逃げるように横根を追う。俺は鬼を追いかける……。

クラクラ

(こんなのを相手に、人の子ども程度の妖怪になにができるのだろう。

 思玲の案である、桜井を呼びつけるなんて論外だ。彼女は逃げ続けていればいい……)

“みんなどこ?”
(俺達全員が死んだとして、ただ一人で異形に変わるときを迎えろというのか。そもそも箱が……)
ハヤアルキ、ハヤアルキ
(もう考えるな。今やるべきことをやれ)


とお!

 
 鬼を上空から追い越して急降下する。顔面に蹴りを入れる。
(高いところから着地したような衝撃に足がしびれる)
しっし
(蠅の様に追いはらわれる)
(……ツノが急所だったりして)


やあ!

 
 ゲーム的発想で二本のツノを引っぱる。
ぐひぐひ
(鬼は気づいてもくれない……)
スタスタスタスタ
逃がさないぜ
 鬼が横根を追い抜き、両手をひろげる。
わっ
 彼女に覆いかぶろうとして横にしりぞく。
思玲の珊瑚じゃないかよ
!!!
穴熊が持っていたときよりも嫌な気配だ。あれが光っているならば先に教えろ。俺にはお手上げだ


プシュプシュ!

ピュ、ピュ
わあ
 鬼が片鼻を押さえ、俺へと鼻水を飛ばす。あやうく避けられたが、あんなのが当たったら黒い光よりトラウマだ。


 鬼が両手を口の前にあわせる。

ハウ、ハウ、ホオオオ……
(人の耳には聞こえぬ吠え声が響く)
スタスタスタスタ
海藍宝から、あいつにうまく伝えてもらうしかないな

ノシノシノシノシ

(鬼は横根が曲がった角へと向かう。正門までもうすこしだ。そこまでいけば、とりあえずは人だらけの世界だ)

黄玉、俺と勝負しろ


(鬼の前へ浮かぶ。逃げまわって、彼女から遠ざけてやる)

サイコロでか? 俺は強いぜ。グハハ
(鬼は横根を追うだけだ)
だが遊べないぜ。あの娘から目を離すわけにはいかない。あいつか琥珀が来るまでな。

……琥珀に人を殺す度胸はないから、来るのはあいつか

(峻計が来たら、どうあがいても俺が彼女を守れるはずがない。それぐらいは俺でも分かる。なんとかして、この鬼を横根から離れさせないと)
ホッ
(正門が見え、横根は歩みをゆるめる。校内の闇へと一度振り向いて通用口に向かう。入出簿のチェックを求められたみたいだが、名前が記されているはずない)
ペコ
……。
(横根は守衛への挨拶もそこそこに通用口を抜ける。背後の鬼にも浮かぶ妖怪にも気づくことなく)
まぶしいな! くそくそ!
(車のライトに照らされたらしく、鬼がいらだちを露わにする)
チビ。お前は平気なのかよ?
(仲間みたいに話しかけるな。それに平気なはずがない)

ヒョイ

(光を避けて、俺はさらに上空へと浮かぶ)

……。
(横根は校門前の三叉路で立ちどまる……)


ハウ、ハウホ……
(喧騒にまぎれて、鬼の吠え声がかすかに聞こえる。黄玉が校舎に向けて遠吠えを返す。横根はなにも気づかない)
あいつだけ来るとよ。鴉がうっとうしいみたいだな
……。
スタスタ
(信号が変わり横根が歩きだす。ここから先は人ごみが増す。人の明かりも……。
 あいつが来る前に突破口を見つけないと)
(おい黄玉。お前みたいに力持ちで頑丈な奴が、なんであんな小さい珊瑚を怖がるのだよ)
クルッ


グヘヘ。敵から見ても、俺はそんなにすごいかよ

(喜んでやがる)
あんな玉は怖くもないけどな。あれは俺達避けになりやがるんだ。

思玲の奴は喧嘩屋だから、くそみたいに清い玉もお飾りだったのにな。グヒヒ

教えてくれてありがとうな。お礼に俺も教えてやるよ。

ここから先は人の明かりだらけだ。はやく引きかえせ

ふ、ふざけんな!

スタスタ
(あまり役に立たない情報だった。ただ思玲やドーンには悪いけど、やはり珊瑚の玉が鍵を握っている。とはいえ彼女の胸もとにかざしたところで、浮かぶ木札にパニックを起こすだけだろうな。それに……、今は珊瑚も邪鬼除けなだけだろう)
スタスタ
(おそらく祈りって奴が必要だ。海神の玉である珊瑚を思玲に戻さないと……、資質がないと言っていたよな)
スタスタ
スタスタ
スタスタ



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