四十二の二 この身が削がれようと

文字数 1,870文字

昇よ、峻計の置き土産を喰らったな。ヒヒッ、耐えていた傷もうずきだしただろ?
(血の色に照らされながら、老人が俺達を見おろす)
異形に堕ちたものに比べれば、なおも耐えられる傷だ


哲人君、いにしえの呪文にだけは気をつけろ。あれは道理が違う

(そもそも道理が分からないから、なにが来ようと同じだ)


三人はどこだ?

 俺も楊偉天をにらむ。
年長にその口はやめなさい
 楊偉天が杖をおろす。
 血の色の光がうねりだし、俺を襲う。
発動!
 護符がたやすくはじき返す。
昇よ。夏奈は人質のつもりか?
んなはずねーし
お前がその娘に剣を向けるのならば、儂は(タン)を放つ
愚かな
(老人が笑う。……更なる式神か?)
白虎の娘に宝珠を担ったのは思玲だな?
(狭い踊り場で、なおも老人は話を続ける)
いつまでも破天荒なことをする。

白虎の破片を娘に残したのも思玲か?

こじれておるし気乗りはしないが、あの娘で再び白虎を試してみるしかない

(横根は青龍生誕の対角にある存在として生かされている。
 老人の饒舌が続く)
昇が去ったので、儂はみなを屋上へと連れていった。そこで試すことにした。まずは思玲の臥龍窟を逆さにし、彼女自身をそこに閉じこめてみた。

……明潭(ミンタン)の件、思玲の仕業と噂があるな

……。
(明潭? 台湾のダムだっけ? 修学旅行の事前学習で……)
この身が削られようが、それが事実か試してみたい。それまでは思玲は殺さない。


人でありし手負いの獣も面白い存在だと言える。だが子犬のままで大鴉相手に生き延びられるか、それも試している

(もう許せない)
ゴソゴソ
 俺は手にするもの全てをTシャツに押しこむ。……護布に包まれたドーンと心がつながらない。この緋色のサテンはすべてを妨げそうだ。
桜井。狭くても外へでるなよ

(俺は木札だけを握りかえす)

うん。ここで箱を守る……
和戸君は寝てろって!
(桜井の感情にあふれた声……。カフェテラスでの寝ぼけ眼からの満面の笑み。俺だと気づいたぎこちない笑み。


 ロタマモのせいで思いだしてしまう。俺の嫉妬心。藤川匠……。


 師傅が現れる直前の駐車場で、フクロウは峻計も俺も笑っていたな。

 あれは惑わしだ)

ううん。そんなんじゃない
……。

(桜井は正直だ)

でも気にしなくていいよ
…………。

(……今はとにかく楊偉天の説得だ)


うおおおお!

 師傅を追い越し、階段を駆けあがる。
もう

(お約束みたいに結界にはじき返される)

とお!
 師傅が月神の剣をおろす。剣もはじき返される。
急くな。儂の質問にも答えなさい
(楊偉天が杖をかまえたまま俺達を見おろす)
琥珀は本当に死んだのか?
琥珀が?
……はい
 師傅が俺を見る。小さくうなずくしかない。
……なるほどな。


琥珀は思玲を選んでいたのか

 楊偉天がさめた目で見る。
(楊偉天は式神にさえ裏切られる孤独な老人)


関係ない!

やめろ

 俺は結界をなぐろうとして、師傅に押しとめられる。

琥珀が最初に消えるとはな。楊め。おのれの呪われし所業を憎め
ヒヒヒ。昇よ、万物が怯える眼力が弱まったぞ。

もはや結界をたやすく消せぬではないか。

我が一番弟子の代わりに、儂が破片としよう

(楊偉天が杖を振りおろす。結界が粉々に砕け散る。
 楊偉天が俺を見る)
日本の若者よ、夏奈と箱を持ってきなさい。儂は屋上で待っている
(杖のさきを自分へと向ける)
くっ
(楊偉天が杖でおのれの首を突く……)
ぐおおお……
 

(苦悶の声で倒れこむ。じきに消える。

 

 空気がさらによどむ。俺の心を恐怖が包む)

…………。
みずから命を絶つなんて……、あの男はマジで不死身なのですか?
それはない。妖術による惑わしでもない。

……。

なのに骸が残らない。魂も現れない

(劉師傅の声に疲れを感じる)
(知り得たことは、複数が同じ場所に存在できぬこと。


 あり得ないとしても、考えられるのは鏡……)

(鏡? 姿を映す鏡……。

駐車場で消された楊偉天も、目の前で自死した楊偉天も、師傅が台湾で倒したと言う幾人もの楊偉天も、鏡に映しだされたものなのか?)

たくさんいるくせに、ジジイは公園に来なかった。鏡から離れたところに行けないんじゃないのかな
ナルホド

(桜井が俺に伝える。その理屈だと、もし鏡が関わるならば、それはここにあるはずだ。おそらくは本人も)

その鏡とは、どういうものなのですか?
いにしえから伝わる魔鏡だ。我が一門の長の象徴であるゆえ、他言などできぬ

ゴホッ

(師傅がむせる。ぬぐった口さきを見せずに)
私は気を高めるために剣舞をせねばならない。

じきに終わるゆえ、断じて一人で行くな

はい……

(師傅は窮地に陥った。つまり俺達も……)



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