九の一 触れ合っていた二人

文字数 2,037文字

(みんなはあきらめが悪い)
ふん。護符の気配は消えたよ。さっきまでは若い雄猫みたいだったのにね。

土着でもない神様などあてにしないことだ

(急な階段を降りながら、フサフサが鼻を鳴らす)
バサツ

踏ん切りついたって言っただろ

(ドーンがフサフサの肩から暗い枝に移る)
でも武器もなしで麓に行けるはずねーし。

大カラスが飛んでいたし、それよりずっとでかいタカが二羽もだぜ。

しかも、あの化け物だ。畑の中でうねっていたぜ

(ドーン以外は静かだ。夏の虫すら鳴いていない。こいつらのせいで)
フサフサ、万が一のときには戦ってくれ。猫に戻るために。瑞希を探すためにだ
ふん
チラッ

さらに万が一になったら、こいつを放つ

 思玲が林道わきに目を落とす。
クーン、クーン
(鎖でがんじがらめに転がる柴犬が不憫だ)
リクト
(声をかけても返してくれない)
哲人、我慢するじゃん。て言うかさー、思玲はあの子と面識があったのかよ。……かわいかったな
あった

スタッ、パッパッ

(林道にしゃがんでいた思玲が立ちあがり、ワンピースをはらう)
ポーチを落としてしまった。扇とスマホが入っている。探しながら戻る
(そんな大事なものを……)
ふん。あんたが歩いたあとを追えばいいのだろ?

ヒョイ

(フサフサがリクトを拾いあげる)
こいつと二匹で探してくるよ。マチまで先に行きな。


ぼうず、スーリンの匂いを追うよ、ボカッ

キャイーン…
(フサフサがリクトの頭をこづいて去っていく。俺達も歩きだす)

フワフワ

スタッ

で、なんで知り合いだったんだよ? 香港と台湾って近かったっけ?
テクテク

海を隔てている。それすらも知らぬのか? さすがはエスカレーターだな

ピクッ
(うわっ、俺は教えていない。頭上のカラスがピクリとする)
まあよい。夜道の連れに教えてやる。

テクテク

以前の哲人に告げたかもしれぬが、私は本来の世界の決まりごとに関わってしまった。

?? オボエテナイ
師傅の了承を得て、自力で解決することにした。しかし色々うるさい今の世に、魔道士がさらに関わってしまった

テクテク

(思玲は闇を恐れない。月もない真っ暗な林道を、異形を連れに歩いていく。人がでくわしたら、少女も異界のものと思うだろう)
二千年続いたルールがほころぶかもしれぬ。大陸の連中が私を詰問しにやってきた
まっさきに来たのは、海をまたいで福建だ。

名だたる魔道士達は私の弁明に大笑いし、師傅とひと晩飲みあかし、私にセクハラまがいの言葉を残して帰っていった

……続いて上海不夜会が来た。マジでビビったが、教師みたいな奴が事務的に質問しただけだった
さらに広州も来たが、携帯電話がないことを笑いやがった。茶に鼻くそをいれてやった
うわ

(話がさっぱり分からない。でも女の子は指揮棒を振りながら、懐かしそうに語り続ける)

次に来た瀋陽は、北だけあって生真面目だった。正論をぶちまけて、私をかばう師傅と言い争いになり魔道具をだす始末だ。

捨て台詞を残して去った

……大陸の動向を見定めて、最後に香港がやってきた。私を連行して喚問すると言いやがった。

テクテク

『胸を張っていけ』と、まさか師傅が従った。おかげで香港の魔導士どもと知り合う羽目になった

……。

フワフワ

……ドロシーは十五歳だったから、いまは十八。それで遠征が許されるとは末恐ろしい――早いな。さすがは百戦錬磨の野良猫だ
ヌッ
わあ

(闇から白人女性が現れる。異形の目より早く、思玲は気配に感づく)

ふん。崖の下に落ちていたよ。ドーンでも見つけられたさ
(そこだと、たぶん見つけられない)
ヒュン!
ウッ、ヨロ…
(フサフサがポーチを下手で投げる。思玲はうしろによろめきながら、胸の前でキャッチする。


 女の子のひとり語りも興味あるが、俺からも伝えることがある)

ドロシーがここに現れたのは俺のせいらしい。おそらく人間だった俺と会っているから、異形である俺の気配も追える
そんなはずないだろ
(漆黒の中で女の子が鼻白む)
ドロシーといえども、よほどお互いの相性がよくなければあり得ぬ。

人の目に見えぬ異形であろうと、強い感情なく触れあえるほどでないとな

テクテク

……。
“へへ”
(……彼女に抱えられたし、普通に手もつないでいたが。そもそも)
それを言うなら、思玲ちゃんとも触れあえるだろ
ちゃん付けで呼ぶな。私は別格だ

テクテク…フウ

俺、考えたんだけどさー
(ドーンが頭上で言う)
護布をかぶって、いったん人に戻ろ。態勢を取りなおしたほうがよくね? ……フサフサは今のままね

だれが卵を怯えさせられる? 誰が魔道士のカバンに手を入れられる?

テクテク

護符を手にし、破邪の剣を取りかえさねばならない

フウ…テクテク

(タイムリミット二日の意味がリアルに色づけられた)
はやくマチに行くだけさ
よせ、やめろ
(フサフサが思玲を持ちあげる。女の子は抵抗したが、異形におんぶしてもらう)
タカがいるから飛びたくない
(ドーンは俺の頭に居座りつづける)
ズンズン
フワフワ

(山をくだるペースがあがる。集落を静かに抜けて、ブドウ畑にまぎれこむ)



次回「ブドウ棚の下で」

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