二十八の一 白昼のタコ殴り

文字数 2,918文字

見てみな、怖いだろ?
(琥珀が天珠をだす)
……。
……。
ゼ・カン・ユのもとへ逃げろ

もはやゼ・カン・ユ様と呼んではいけない。

匠様とお呼びしなければならない

(赤毛の長身の男が言う。復唱しているかのようだ)

匠様はまだお帰りではない。今夜だ。


そして匠様が二十歳となる八月二十一日を迎える

(ブロンズの長身の女が言う。

 ゆるせない。藤川匠は夏奈と生年月日が同じだ。

 琥珀がポケットにしまう。俺の横に降りてくる)

スイスイ…ズリ

怯えないや。さすがは犬のごとき忠誠心の獣人だ。式神ランクは星ひとつ。

十二磈程度の強さだ。脳みそはさらに劣る。でも奴らとちがい満月系だから、僕には御せられない

(十二磈程度ならば、いまの俺よりはるかに強いだろう)
ブオオオ……
(お婆さんが運転する軽トラックが、俺達をわき見しながらゆっくり去っていく。逃げ場はない。どうすればいい……)
“太陽が異形から見守ってくれる”
 誰かが言っていたよな。
ぬおおおお!!!

(俺は道を横切り空地へと走る)

クルッ

(フェンスと倉庫と畑に囲まれた、乾いた土の空間だ。いつかの校庭のように太陽しか存在していない。振りかえりかまえる)
……。
……。

(獣人達は歩いてついてくる。

 俺はリュックサックをおろす。指揮棒はドロシーが持っているが、MP5がある)

銃を使えるか?
ドロシーのか? あの女の吐息にしか反応しない
(完全オリジナルモデルかよ。小鬼にも武器があった。スマホだ)


波動は?

レベル1以外はロックされている。あいつらには、ほどよいマッサージだ
しびれる電波は?
この機種には内蔵されてない。


でも、その護符は人でも扱える

!!!

どりゃああああ!!!!!!!

(俺はお天宮さんの木札をかざす)

ヘコヘコ、ヘコヘコ
ズリ…
(雷型の護符は太陽にへたれたように輝き消える。琥珀が唖然と見る)
『ホホホ、哲人君が次に向かう場所は心を隠していようが分かるのだよ』
ミエナイ

(ロタマモが頭上で笑う)

『電車でのんびり来るとは思わなかったがな。


 東洋の法具。横根瑞希の手紙に記されていたかな』


(法具? まどわしだ。いや……、

 深く考えるな、まどわされるな。あいつのいにしえの呪いの言葉にだけ注意しろ。いつでも心で歌えるように)

ロタマモ様、こいつを殺してよろしいのでしょうか?
『あと八時間は特記事項が有効だ。なのでコ・ムウ、自分で考えておくれ』
つまり、こいつを食い殺してもよいかと

『ホホホ、クマダ。

 私はなにも言えないが、契約に関与していないお前達が独断で斯様なことをしたら、我らが主はお喜びになられるかもな』


ジャン
ジャン
(獣人達に牙が生えたじゃないか! ヤバすぎる。打開策を考えないと)

ロタマモ! お前は俺に関わっている! これは契約違反だ!

だから横根の魂を返して、お前達はどこかに帰れ!

(空に叫ぶ……。

 上空にはトンボも飛んでない。夏の真っ昼間にスズメも鳴いていない)

『ホホホ、都合のよいことを言わないでほしい。私はたまたまの通りすがりだ』
(こいつこそ都合いい)
『サキトガは上海の貉を見張っている。哲人君を囮に、当代最強の祓いの者を呼ばれてはたまらないからな』
クソゥ
(こいつはお見通しだ。それを聞いて、小鬼が天珠をだそうとする)

露泥無に沈大姐を呼ばせるな

(あわてて告げる。川田がお持ち帰りになってしまう)

チッ

いにしえの呪いの言葉を知っているか?

いやというほど知っている
ズリ

まだ昼間だから、聞かされても死ぬまで五分ぐらい悶絶できる。安心しろ

(とても安心できない。……あれがあった)

解除できなかったときのペナルティ、新機種にもある?

売りのひとつだ。強化された
(ならば、それは武器だ)
思玲様のお顔を登録するまでは仮パスワードだ。一文字でも間違えれば、いまの哲人なら地獄行きだ
……。

……。

文字を打ちこまないでいると?

十秒後にスリープに戻る
(獣人に文字を打ちこんでくださいとは言えない……。武器はもうひとつある)

降参だ

(ドロシーのリュックを差しだす)

……。
箱はこの中に――
『ホホホ、コ・ムウとクマダ。そこに入れた手は満月まで戻らぬぞ』

(こいつが邪魔だ。

 タンクトップに短パンの白人の男女は、俺をにらんだまま動こうとしない。逃げだすのを、背中を向けるのを待っている)

 俺はリュックを背負いなおす。
琥珀、逃げるぞ!
 背中を向けて、すぐに振りかえる。
 
 
わあわあ!

(二人とも面前にいた。護符をがむしゃらに振りかざす――)

(太陽と青空が見えて、背中から地面に落ちる。リュックに押されて、肺の空気が音をたてて抜けた)
ぐがああ!
げがああ!
わあああ

(獣人が牙を向けて飛びかかってきて、

がああ……
ぎいい……
(男は赤い炎を、女は吹雪を受けてよろめく。3D化された百裂拳を浴びてどちらも吹っ飛ぶ)

意図が分かった。こいつらに画面を向けて適当に押した。

三回間違えるとロックされるけどな

ポチ

(浮かぶ琥珀がスマホの電源をとめる。

 呼吸が復活して立ちあがる。……俺はまだ無傷だ。奴らの爪を木札がはじき返した。俺を守るべきものが持つ護符)

受けとれ!
ひゅん!
ガシッ……ヘヘ
(投げた護符を、琥珀は空中で跳ねるようにキャッチする。照れ笑いをかすかに浮かべて、護符をかざす――
し~ん
(なにも起きない)
僕に使えるはずないだろ

ヒュン

(投げかえされる)
『コ・ムウとクマダよ。あれしきをおそれるとは情けない』

ジリジリ

ジリジリ

ジリジリ

(遠巻きにうかがっていた白人達がじりじり寄ってくる。俺はじりじり逃げる。白人同士がじりじり距離を開ける。意図なら分かる。挟撃する気だ)

どりゃあああ!
 こっちから突っこんでやる。クマダとかいう獣人の爪を受けとめて、タックルする。跳ねかえされて転がる。
(生きものの硬さではない)

いてぇ!

……。
わああ

(ポニーテールのコ・ムウがそばかすの顔で、俺の足首をくわえて顔を覗いていた)

喰らえ!
ぎゃー
(琥珀がコ・ムウへとスマホをかざす。白人女性は炎と吹雪を顔面に受けて牙を離す。俺もあぶられたが文句など言えない)
ぐおおおお!!!
ひええええ

(クマダに押し倒される。両肩に爪を食いこまれて絶叫する)

歌え!
アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

 琥珀に怒鳴られる。スマホから不吉な諷経が始まる。

 心で絶唱する。

(おおーまきばはみーどーりー。よく晴れったもーのーだ。へい!)

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

アンジーザイホーヒーフーミーヨー

ひ~

(白人男性が尻尾を巻くように逃げていく)

『ホホホ。琥珀よ、おもしろい玩具だな』
……。
『ならば私も聞かせないわけにはいくまい。哲人君が巻きこまれてしまうかも知れぬが、それは事故だ』
え?
え?



次回「歌うな吠えるな誘うな飛ぶな」

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