八の二 悪の一味

文字数 2,159文字

……。
(神社は記憶よりも小さかった。シンプルな木造で記憶同様に古びていた。
 記憶にない石鳥居に『天宮社』と記されている。お天狗さんでなくお天宮(てんぐう)さんだったんだ。子どもだった俺に区別がつくはずないよな)
(クワガタの木はなくなっていた。朽ちはじめていたものな。木のあったあたりに手をあわせる)
“様子を見てきてね”
(と言って、ドロシーはすこし下の曲がり角に隠れている。俺を仲間だと決めつけている。

 オケラが静かに鳴く。ようやく夜が近づく)

(……俺はなんで喜々とする? それよりも、あの雷型の護符はどこだ?

 賽銭箱の上からから覗いても見あたらない。カラス以下の俺は武器が欲しいのに……)

ふん。お札ならあそこだろ?
フサフサ? マジ?
 不機嫌そうな地声に振り向くと、白人女性がドロシーの腕をひねりあげていた。
やめて!

バタバタ

(浮かんだ足を必死にばたつかせている)
カカッ、たしかに小さい祠があったし
(びくりとするより素早く、カラスが俺の頭に舞い降りる)
その直登階段を登ったところ。あれってご本尊じゃね(ご神体だ)?

哲人でもふわふわ飛べば余裕じゃん

(俺はドーンを乗せたまま、本堂脇から伸びる小道を見る。急傾斜の踏み跡みたいな道に、申し訳に木をはめただけの山道だ。そんなことより)
フサフサ、やめろ! おろせ!
おろさねーし。麓にタカが飛んでいたぜ
 ドーンが羽根をひろげずに、俺の肩にひょんと降りる。俺の目を覗きこんで、

ヒソリ

タカの異形だ。大カラスと戦っている
いいからドロシーをおろせ!
 俺はなおも叫ぶ。なのに、
私が持ってきてやるよ
(野良猫だった女が俺の横をすり抜ける)
ウウ…
(引きずられたドロシーと目があう。苦痛でゆがませた顔をさらにゆがませる。とっさにかける言葉が見つからない)
ビクッ
(異形の気配が近づいた。フサフサが立ちどまる。ドロシーはさらに怯える)
松本!
なんで?

(うす暗い林道を麓から駆けてくるのは、子犬ではない。その犬は尻尾を振りながら俺へと飛びこむ)

また印をつけられたな。なめればいいのだよな。うまくはないけど消えるのだよな
 凛とした片目の若い柴犬だ。
……。
(……また気配がした。吸い寄せられる気配)
ヒイ、ヒイ…
ゴク…

(暗い林道を、女の子がワンピースをまくしあげてよろよろに登ってきた。下にはいた黒いレギンスが、妖怪だから闇でも見える――)

(木霊さえも少女をめでている)

ぜ、全員無事か?

ゼエゼエ

ド、ドロシーか? ほかは誰がいる?

この女だけっぽい。フサフサが捕まえた。

このおばちゃんは圧倒的にやばいぜ。英語は喋れないけどな。カカカ

ならばリクトを捕らえろ!

夜になるぞ!

 なごりのように境内へ差しこんだ西日を受けて、フサフサの目が光る。次の瞬間には俺の真横に駆け寄り、黒い柴犬をつまみあげる。首を絞めあげる。

反抗期の面だ。仕方ないね

ニヤ

(フサフサが俺へと笑いかける。もうひとつの手でドロシーの両手をぶらさげたままで)
ハアハア…
(思玲が息を整えながら立ちあがる)
リクトは森にひそむ異形を喰ったようだ
え?
さらに人から遠ざかってしまった。すまぬ
(その顔に強い意思が戻る)
クーン……
ポイッ

(リクトの声が弱まる。四肢がだらりとさがり、フサフサが地面に落とす)

なんてことを……

ニヤ

さすがだな。よく分かっている。目覚めかけたら蹴りをいれろ

ふん
…チラッ
……。
 フサフサは鼻を鳴らして了承する。その手もとに吊るされたドロシーを、思玲が見る。少女は一度だけ息を深く吸う。深めにかぶった帽子のつばをあげる。
闇をおそれ光を灯すとはな
(思玲がドロシーを笑う。その手もとで指揮棒が、提灯みたいに光を揺らしていた)
あいかわらず扇を使いこなせぬか。教場を破壊したのだから上層部も持たせたくはないよな。

だが戦いの場で道具を落とすとは、しょせんは温室育ちのお嬢様だ

王思玲……

本当に子供だ。……それを返して

左様。

かしこい貴様ならお分かりだろうが、より術をたかめるためにな

 思玲が歩み寄り、ぶら下げられたドロシーを光で照らす。

……。
もはやケビンといえども私にはかなわぬ。香港に逃げかえり、上の者に泣きをいれるがいい。そして私達に関わるなと伝えろ
(なにを言ってやがる。その場しのぎのはったり野郎め)
フサフサ、スマホをさぐりだせ。

こいつには申しわけないが服を切り裂いてくれ

スマホ?

ヤダ

リ、リュックにある。

身にまとった魔道具は真珠だけ

中か? 外か?
外ポケット。リュックも裂く必要な――アア
(フサフサが持つ手を変えて、ドロシーがうめく)
……魔物使いめ。妖術士め。あなたがこんな人間だったなんて
ホジホジ

ふん。人間同士でほざいていな

(人の姿をした野良猫が鼻をほじりながら言う)
そうそう、ハラペコを逃した腹いせに、この子のサンポを持ってきてやったよ。

……あの番犬は私を見て怯えやがった。つまらなくなっちまったね

(フサフサは肩に鎖をかけていた)
ビュンビュン

クビワがでかくて心配だったけど、この子も大きくなったからなんとかなりそうだ

ビュンビュン

(俺に笑いかけて、首輪がついた鎖をびゅんびゅんと振りまわす)
(強奪されたであろう飼い犬を憐れんでいられない)
ビュンビュン
好痛(ホウトン)
(鎖が脇腹にあたり、ドロシーがまたうめく)



次回「さすがに無理」

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