二十七の三 必要なのは迅速な決断
文字数 3,900文字
俺は振り返る。パーカーを深めにかぶった小鬼が宙に浮かび、スマホを俺に向けていた。
峻計が小刀の峰を俺に向ける。軽く横にはらう。
銀色の光が飛んでくる。ビシッと顔に当たり、
めまいがして転がる。
……。
俺は立ちあがり、あいつらに背を向けて走りだす。
ビシッ
背中を打たれた。つんのめるようにころぶ。……さっきよりずっと痛い。体がしびれる。気が遠ざかるのを必死にこらえる。
峻計が横へと小刀をはらった。鬼が悲鳴をあげる。
小鬼がすっと浮きあがる。ずれたフードをかぶりなおす。
(夜が近づくと、妖怪である俺の目はなにもかもはっきりと見えてくる。薄闇に峻計が妖しく笑っているのが、見たくもないのに見える。
みなが人に戻るために箱を守りたい。思玲を助けにいきたい。せっかく人に戻った横根を鬼なんかに殺させない。そのすべてができそうにない……)
(俺は覚悟を決める。握ったままの草鈴をしまい、代わりに木箱を服からだす。人の目には宙に浮かんでいるのだろうが、人などいない)
……。
……。
でも俺の今後を楊偉天に任せるのは無理だと思うけどな。だって、あのジジイは劉師傅に殺されるのだろ?
峻計の顔色が変わる。
あいつがまた小刀の峰を俺に向ける。弱い術だ。
俺は箱を顔の前にかかげて、しびれの光を受けとめる。術で木箱が揺れる。
峻計が扇をかかげる。体をゆっくりと一周させる。
あいつは黒羽扇の羽並みを小刀の峰でさすり始める。
俺はふわふわと横へ逃げ、結界にはじき返される。蛇のような黒い光が足にからみつく。不快感とともに引きずられる。別の黒い光が手から箱を奪おうとする。
あいつは弦楽器のように黒羽扇を小刀で奏でている。もうひとつの黒い蛇が俺の首に巻きつく。
妖怪になっても息が苦しい。護符はなにもしてくれない。俺は黒い蛇と引っぱりあいながら、木箱を開ける。
木のふたを放りなげ、木箱自体も地面に落とす。三匹の蛇が追っていく……。
涙目になった俺は息を整えながら、露わになった古びた金属の箱のふたも開ける。結界のあたりまで浮かび、峻計を見おろす。
峻計が黒羽扇をより激しく奏ではじめる。あらたに二匹加えた黒い蛇達が、また俺へと向かう。
箱の中では、やはりひとつの玉が白色に輝いていた。
それを取りだす。玉が薄暮を純白に照らす。
黒い蛇にあっという間に追いつかれた。足もとから這いあがってくる。
あいつは黒羽扇が毛羽だつほどに奏でる。
黒い蛇が一匹、俺の口に入ろうとする。むき出しの箱で押して追いはらう。でも残りの蛇もよじ登ってくる。
体中でのたうつ黒い光に耐えながら、俺は箱を閉めようとする。二匹の蛇に首を絞められる。呼吸が……。箱は手からすべり落ちる――。
峻計が頭から滑りこみ、箱を受けとめる。
俺はあいつへと異国の人の言葉を放つ。転がる峻計の前へと、白く輝く玉を叩きつける。
玉はアスファルトにたやすく割れた。溶けるように消えていく。そこから白い光がふわふわと浮かびだす。横根を白猫へと貶めた光が散っていく。
峻計がカラスの絶叫を響かせる。その声がもたらす衝撃が、俺の体を震わせる。
峻計は黒羽扇を脇に置き、這いつくばって両手をひろげる。白い光をかき集めている。俺を見上げる。
俺は峻計に背を向ける。結界を張られる前に逃げないと。
川田の命こそ風前の灯火だ。でも俺は一度だけ振り返る。
思玲と川田を信じるしかない。俺の進む道は決まっている。
ふわっと浮かぶつもりが、急アクセルのように前へと進む。妖怪になってから空身なのはほぼ初めてだ。
次回「ゼロから始まるナイトライフ」