二十七の三 必要なのは迅速な決断

文字数 3,900文字

 俺は振り返る。パーカーを深めにかぶった小鬼が宙に浮かび、スマホを俺に向けていた。
チビ妖怪め、僕がガキだと? お前にはレベル10だ

琥珀やめな。腹にあれがあるのだよ。


それにしても素敵な逃げっぷり。日月潭(リーユエタン)の話はでまかせね。リクト、かかれ!

ワオン!
(片目の黒い狼が口もとから泡をたらしながら、思玲のあとを追う……。こいつは川田なんかじゃない)
海藍宝はこの妖怪を殴ったと言ったね。手も平気だったのか?
(峻計は思玲を追おうとしない)
ああ。俺達は頑丈だからな。かゆくもなかった。グハハハハ
(図書館でやりあった鬼が笑う。胸を貫通した傷はすでに消えている)
護符が箱も守れないと想定すれば、扇はやめるべきね
スーリンヲ、オエヨ

(ついにあいつが、俺へと目を向ける。黒羽扇の下から仕込みの小刀を取りだす)

しびれさせる程度かしら
 峻計が小刀の峰を俺に向ける。軽く横にはらう。
 銀色の光が飛んでくる。ビシッと顔に当たり、
わ!
 めまいがして転がる。




 ……。

(……横根を助けないと)
 俺は立ちあがり、あいつらに背を向けて走りだす。
ビシッ
ひっ
 背中を打たれた。つんのめるようにころぶ。……さっきよりずっと痛い。体がしびれる。気が遠ざかるのを必死にこらえる。
強すぎるのか弱すぎるのか。やさしい術は加減が難しい
(峻計の声が近づく)
哲人君、あきらめて四玉をだしな。そしたら生かしてあげる。あなたの扱いは老祖師に決めていただ――、

琥珀、なにをしている?

なにって、人の死体が転がっていると面倒が起きるから、どかそうとしただけですよ。鴉風に言うと抜け殻をね
(小鬼は空でスマホを操作していた。画面から波動の渦が発せられた。遺体が飛ばされるのを、横たわる俺は見ずに済んだ)
私達を馬鹿にするのか? こいつにスマホを向けただろ。私はやめろと言ったよね
ハハハ。ガキにガキと言われて怒ったとでもお思いですか?

写真を撮ろうとしただけですよ。老祖師へアップするためにね


カシャ

(小鬼の声が上から近づく。口もとから小さい牙がはみでている……。見おろすんじゃねえ。写すんじゃねえ)
嘘を並べるな。こいつに波動を飛ばすな。……外箱があっても慎重にだ
(こいつらの眼中に俺なんかない。それでも俺は浮かびあがり身がまえる)
シュッ
ぐあああ
 峻計が横へと小刀をはらった。鬼が悲鳴をあげる。
いつまでぼうっと立っている。はやく思玲を追いな。

琥珀も愚図と一緒に行け。お前は頭に血がのぼりすぎだ

はいはい。峻計さんのおっしゃるとおりに
 小鬼がすっと浮きあがる。ずれたフードをかぶりなおす。
海藍宝、急げよ。レベル1のラッシュを喰らわせるぞ。……じゃあな座敷わらし。残念だったな

スー

いてー

ドスドス

(俺と峻計だけになる。簡単に人を殺した峻計と)
哲人君。さあ渡して
(夜が近づくと、妖怪である俺の目はなにもかもはっきりと見えてくる。薄闇に峻計が妖しく笑っているのが、見たくもないのに見える。

みなが人に戻るために箱を守りたい。思玲を助けにいきたい。せっかく人に戻った横根を鬼なんかに殺させない。そのすべてができそうにない……)

(考えろ。まだ可能性ならあるはずだ。こいつは俺が箱をもっているから……、自分の力で箱を傷つけたくないから、小さすぎる俺に手をだせない。今は甘言を使っているが、箱を手にすれば俺を殺すに決まっている)
……箱を渡すよ
……ふっ

(俺は覚悟を決める。握ったままの草鈴をしまい、代わりに木箱を服からだす。人の目には宙に浮かんでいるのだろうが、人などいない)


……。

……。

でも俺の今後を楊偉天に任せるのは無理だと思うけどな。だって、あのジジイは劉師傅に殺されるのだろ?

 

(……俺は馬鹿か。あいつのむかつく笑いのせいで、余計なことまで言ってしまった。)

 峻計の顔色が変わる。

老祖師が劉昇ごときに敗れるはずがない。じきに奴の首を抱えてお目見えになる。

……貴様は生きたまま八つ裂きにしてやる

(黒羽扇を俺に向けて高くかかげる。

 こいつこそ劉師傅が勝つ可能性を現実として捉えているな)


サッ

……。
(俺は木箱を盾のようにかかげる。それを見て、峻計は扇を振りおろせない。思ったとおりだ)
手が震えているぞ。落とす前にしまいな
(峻計が黒羽扇をかまえたまま俺をにらむ。振りかざされたら俺は消える。でも俺には人質がある)
ピシッ
 あいつがまた小刀の峰を俺に向ける。弱い術だ。
バシッ
 俺は箱を顔の前にかかげて、しびれの光を受けとめる。術で木箱が揺れる。
愚かものめ。箱が壊れたら、お前達は人に戻れぬぞ
(峻計がさとすように言う。こんなのは悪あがきで浅はかな知恵だと、俺だって分かっている。いずれは奪いとられ殺される。
 だから箱を盾にして上空から逃げてやる。俺はふわりと浮かびあがる)


フワフワ

手をわずらわせるな
 峻計が扇をかかげる。体をゆっくりと一周させる。

ゴツッ


(頭がなにかに当たり、体ごと跳ね返される。結界?)

覚えたてだ
 あいつは黒羽扇の羽並みを小刀の峰でさすり始める。
 
 
 
(……刀の動きにあわせて黒い光が三筋、(うね)のように俺へと向かってきた)


フワフワ

 俺はふわふわと横へ逃げ、結界にはじき返される。蛇のような黒い光が足にからみつく。不快感とともに引きずられる。別の黒い光が手から箱を奪おうとする。
フッ
 
 あいつは弦楽器のように黒羽扇を小刀で奏でている。もうひとつの黒い蛇が俺の首に巻きつく。
ち、ちょっと待てよ
 妖怪になっても息が苦しい。護符はなにもしてくれない。俺は黒い蛇と引っぱりあいながら、木箱を開ける。
は、箱は巣で、玉は卵なんだよな
 木のふたを放りなげ、木箱自体も地面に落とす。三匹の蛇が追っていく……。
(おそらくその箱はいらない、と思いこもう。……そうだった。いらないものがまだあった)
 涙目になった俺は息を整えながら、露わになった古びた金属の箱のふたも開ける。結界のあたりまで浮かび、峻計を見おろす。
……。
なにをする気だ……。やめろ
 
 
 峻計が黒羽扇をより激しく奏ではじめる。あらたに二匹加えた黒い蛇達が、また俺へと向かう。
(俺の次なる目論見に気づいたな、かしこいカラスめ)


パカッ

 箱の中では、やはりひとつの玉が白色に輝いていた。
サッ
 それを取りだす。玉が薄暮を純白に照らす。
それを割るつもりなら、その瞬間に貴様を殺す

(峻計の声色が変わった。動揺してやがる)


だったら結界を開けろ


(俺はどっちにしても殺されるのだろ? 白い玉だけどこかに投げて、残りの玉と箱をもって逃げる……)

ニョロニョロ
 黒い蛇にあっという間に追いつかれた。足もとから這いあがってくる。

おしめの小僧が対等のつもりなだけで不快なんだよ。

内臓から食われな

 あいつは黒羽扇が毛羽だつほどに奏でる。
ニョロニョロ
 黒い蛇が一匹、俺の口に入ろうとする。むき出しの箱で押して追いはらう。でも残りの蛇もよじ登ってくる。
や、やめ……
 体中でのたうつ黒い光に耐えながら、俺は箱を閉めようとする。二匹の蛇に首を絞められる。呼吸が……。箱は手からすべり落ちる――。
(他の玉まで割れたら……)
貴様は阿呆か!
 峻計が頭から滑りこみ、箱を受けとめる。
 こいつは、こんなに素早かったんだ……。でも地べたに這いつくばり、ドレスがめくれあがっている。奏者がいなくなり、黒い蛇達は霧散していく。
ほ、ほら、返しただろ


(俺は息を整えながら、頑張ってあいつを笑う。

 閉ざされた空間に、あいつと二人だけ。手もとには白い玉だけが残った……。

 あきらめるなよ、考えろ)

…コイツハ、イガイニ、フテブテシイ
(結界を消すほどの強い力が必要……。それは、あいつの黒い光。つまり、あいつを怒らせて強烈な光を打たせる。それを避けて……。
 他に方法があるか? だったら、あいつが冷静さを取り戻す前に)
再見(ザイチエン)
やめろ
 俺はあいつへと異国の人の言葉を放つ。転がる峻計の前へと、白く輝く玉を叩きつける。
……。
 玉はアスファルトにたやすく割れた。溶けるように消えていく。そこから白い光がふわふわと浮かびだす。横根を白猫へと貶めた光が散っていく。
クァァァー
ウワ
 峻計がカラスの絶叫を響かせる。その声がもたらす衝撃が、俺の体を震わせる。
琥珀と十二磈。すぐに戻ってこい。すぐにだ。すぐにだ!
(異形の叫びであろうが、校内すべての生物に届きそうだ)
(俺達を覆っていた空間に亀裂が生じた。透明なドームがが黒煙となり崩れ落ちていく。

 ……あいつのおぞましい叫びが結界を割った。まさにフォーチュンだ)

 峻計は黒羽扇を脇に置き、這いつくばって両手をひろげる。白い光をかき集めている。俺を見上げる。
うまくいったと思うなよ。これぐらいなら四玉は容易に直せる。小鬼ですら直せる
(俺をにらむ峻計の顔は美麗さのかけらもなく、異形どころか魔物の本性をむき出しだ。そうか……、こいつは魔物だ)
 俺は峻計に背を向ける。結界を張られる前に逃げないと。
これからの千年、お前が生まれかわるたびに、お前を無残に殺すために私もこの世に現れる
(呪いのごとき言葉が聞こえる)
護符もないくせに白虎くずれを守れるつもりか。……ふふ。まず玄武くずれを殺してやる
 川田の命こそ風前の灯火だ。でも俺は一度だけ振り返る。
川田は、俺があの子を守るのを望む!
……フフ
 思玲と川田を信じるしかない。俺の進む道は決まっている。
ビュン!

うわ

 ふわっと浮かぶつもりが、急アクセルのように前へと進む。妖怪になってから空身なのはほぼ初めてだ。
(これなら、あの鬼に追いつけるけど……)


……。

……。

………………。



次回「ゼロから始まるナイトライフ」

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