七の三 リュックサックとタクトスティック

文字数 2,902文字

君は座敷わらしだね。私は妖怪にも詳しいの。

へへへ、今風の服だ。かわいい

(はにかんだあとに真顔となり、ドロシーも立ちあがる)
王姐(ワンジェ)は強い。私一人では歯が立たないのは知っている。だけど、そろそろ仲間が到着する。式神を連れてね
(王姐とは思玲で、仲間とはシノとアンディだろう。救ってもらった身で言うのもなんだが、この女は絶対に勘違いしている。あの女の子が強いはずない。

 つまりドロシーは、思玲が術も使えぬ少女になったことを知らない)

思玲は悪い人間じゃない
 俺の言葉に、ドロシーは横に首を振る。
鴉もどき達にひどいことをやらせたのは誰? 君は餌になるところだったよ
(切れ長の目で、やさしく俺を覗きこむ…しかし声がでかい
あの女は人間さえも配下にした。

数時間前に若い男と接触した。追いつめたら、とんでもないことをしでかした。典型的な愚かな人間だったよ

(思いきり俺のことだ。あの愚かな人間と気づかれてなさそうだが、この話題から離れたほうが無難だ。俺は日なたへとでる。八月中旬の太陽が傾きだしている)
さっきのカラス達は大カラスの子分らしい。そいつらが三羽、いや二羽来るかも
 俺は地面に腰をおろし、箱を護布で包む。

(焔曉は抜け殻になったと言っていた。魂が抜け落ちたことを意味するのなら、一羽はもういないのだろう。とにかくあの五人で集まらないと。そのためには、この女をまかないと。

 四玉の箱を持ち上げる……。無理だ。妖怪であろうがさすがに重い)

だから?
(ドロシーは俺の言葉を気にも留めない)
その箱はなに?
大事な箱。楊偉天が狙っている
 つっけんどんに答えると、彼女が息を飲んだ。
あんなのに狙われているの? 君はそれを奪ったから襲われたの? でも私となら大丈夫かも
ドロシーもしゃがみ、サテンの上から箱を持ち上げようとする。ぴくりともしない
なんでこんなに重いの?

仕方ないな。私が運んであげる。代わりに王姐のもとに連れていって。こっそりとだよ

(陽のかげりとともに、草むらの虫の声が騒がしくなりだした。野鳥がおやすみと早めのあいさつを交わす。彼女はリュックを地面におろし立ちあがる。昼間も背負っていた迷彩柄だ。細い棒を取りだす)
私は扇でなくてタクトスティックなの
(また、はにかむように笑う。彼女の端麗な顔立ちが柔和に変わる)
PKの術を使える者はそうはいない。制御が難しいけど、魔道具自体が弱いから問題ないよ。

……ほかにも魔道具はあるから心配しないでね

♪♪♪

 ドロシーが小ぶりな棒を振るい宙に術を描く。指揮されたように、四玉の箱がすーっと浮かびあがる。
(サイコキネシスだ――)
 箱はまたたく間に山門を超え、天高く浮かび上がる。小さな点になり見えなくなる……。
…………。
だ、大丈夫、まだ大丈夫

♪♪♪♪♪

 あんぐりとする俺の横で、ドロシーが指揮棒を空へと威勢よく振るう。小さな赤色の点になった箱が、みるみる落下してくる。
……。
 彼女はリュックの口をひろげて待ちかまえる。
わあ
ズボッ
 隕石のような勢い落ちてきたそれを、俺の脳天すれすれでキャッチする。腰が抜けかけた。
よいしょっと
(なにもなかったように、ドロシーがリュックを軽々と背負う)
チュッ
(くちびるを突きだし俺へと投げキスをしやがった)
ヘヘ……、あの二人への目印

GPSは作動しているけど念のため。じゃあ行こうか

 彼女が俺の手を握る。
(またかよ。なんで俺につけるのだよ。これだと空に逃げても追跡される)

ニコニコ

(……ドロシーは悪意ない顔で微笑んでいる。それを信じるべき)
“ドントウォ~リ~”
(東京での、人を人と思わぬ態度を思いだす)
思玲をどうするつもりだ(あの子も人間だった)
カ、カワイイ…
(俺の声に、彼女の目がさらに細くなる。小学生の男の子がいきがっているぐらいにしか思わないのだろう。でも)
痛めつけてでも香港に連れていく
(笑みを飲みこみやがった)
台湾の内紛の巻き添えで先輩達が死んだ。

平常時業務に小鬼ちゃんが契約していた流れで、私が王姐に連絡した。彼女と小鬼の話が一致して、手助けすべきだと思った。

でも十四時茶会に報告したら、『思玲の目を見て判断すべき』と決議した

(小鬼とは噂の琥珀のことかも。十四時茶会は…、夢物語でも聞いていないよな

 ドロシーは話を続ける)

それを王姐に伝えた。

『貴様達の手助けなど無用。我々に関わるな』と返事が戻った。

それで『香港に連行して尋問』と十四時茶会が決めた。

ケビンとサポートにシノが選ばれた。私も志願した。妖怪変化がいまだたむろする国に行くためにね。

アンディも手をあげた。でも、ここまで来てケビンだけ召還された……。

ヘヘ、三人いれば充分だから心配しないでね

(こいつは喋ることで怯えをごまかしている。黄昏の異国の山寺に座敷わらしとだけなら当然だ。とにかく、とても思玲のもとになど連れていけない。ドーンも巻き添えになってしまう)
(カラスは消えたし怖い魔道士も去った。ここは子供のころから何度も来た場所。お化けなんか見たことないし。多少でかいカラスが来ても、フサフサのが強そうだ。あのおばさんがいれば、あいつらは安全かも)
??
(だったら俺はやるべきことをしよう。あの林を抜けると集落にでる。そこを抜けて林道を登れば、お天狗さんが、おそらくまだある)
…ずっと何を考えているの?
フワフワ…イテテ
 ふわりと前へ進む。それだけで首と背中の傷がずきずきする。
浮いてるのかわいい
俺は自分の用事のためだけに山の神社へ行く。あなたは帰るべきだと思う
へへ。そこに王姐がいるんだね。暗に教えてくれた
(なんで都合よく解釈するのだよ)
 着信音がして、ドロシーがうんざりとした顔になる。リュックからスマホを取りだす。
ワッツアップって人間用のアプリ。


ケビンは戻った。台湾の式神を捕獲。王姐は近くにいる。先行して偵察する

(俺にも伝えるためか、異形への声を口にしながら打ちこむ。

 それを外ポケットにしまい俺の手を握る。にっこりと目をほそめ)

シノ達は、なにかあれば警報を鳴らすから大丈夫だよ。私だって鳴らすし
(こいつらは魔術プラス21世紀の技術だ。俺達は連絡相手もないスマホだけなのに。

 そもそもシノは、俺の手をポケットに入れさせたマジシャンじゃないか!)

あいつらは俺を操ろうとする


(夢物語で聞いた傀儡の術を思いだす。逃げないと)

大丈夫。君を式神にさせないから
(ドロシーはなにか勘違いしている)


人や異形を操る術だ

ヘヘ。妖術なんか使えないよ。

筋肉への電気信号を操作するなんてせこいのはあるけど、異形はかからない。人間もよほど怯えてないと無理

…フッ
(彼女はなにか思いだしたように嘲笑を浮かべる。たしかに俺は怯えていたよ)
もう6時過ぎだ。急いだほうがいいね
(彼女が俺を握る手にはめた腕時計を覗く)
へへ。日本の山なら新月の前夜祭があるかもね

ニギッ

(彼女はやや汗ばんだ手で俺の手を引っぱる。この女は強がっていると感づく。

 術のマーキングを受けた右頬が無用に火照る。これがある限り、ドロシーと大峠のお天狗さんへと向かうしかない)

プイッ(握る手だけは振りほどく)



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