四十二の三 スタンドバイミー

文字数 2,521文字

……。

(俺は二階で待つ。踊り場で剣を持つ師傅の影が、血の色の明かりの中で舞う。追いつめられた獅子が、最後の気力を振り絞ろうとする)

ずっと松本君のおなかの中。
(犬にかまれたくらいで師傅が弱まるとは思えない。峻計の呪いがどんなものか知るはずないけど、本来の師傅ならはじき飛ばしそうだ。

だとすると、すべての根源は俺から受けた傷なのだろうな……)

ブルブル……
(尻ポケットがまたうごめきだす。ほんとに、またかよだ)
でなよ。いくじなし
……。

(俺の心が読める桜井に叱咤されて、スマホを取りだす)

(香港魔道伝服務有限公司

 画面にはそう記されていた。香港? 受信マークを押す)


ポチ

你好(ニーハオ)
 人間の言葉で挨拶される。若い女性かな。

 心の声を返すしかできない。

ニーハオ


悪いのですけど、話している時間は――

『日語……?


なんで日本の異形がでるの! やっぱり日本ってなんでもありなのね』

うわっ

(スマホ経由で心への声を飛ばし返される)

『君は物の怪系? けだもの系?


……失礼しました。こちらは香港マジカルロードクラウドサービス。そちらの端末から預けられたものに、重大な規約違反がありました』

ヒエエ…

(声がでかくて耳というか心が痛くなる。それよりもクラウドサービス?

 琥珀がそこから白虎の煙をだしたよな。どう考えても電話の向こうのこいつも、こっちの世界に関わりある奴だ。

黙ったままの俺におかまいなく話しつづけられる)

『ペナルティとして十日間の使用禁止になります。違約金も発生しますので、後日徴収にうかがいます。


それと、お預けのなまものがどうしても話したいと言うのですが、琥珀なわけだし、本来の回線料金で特別に代わりますね。


……私の一存だから内緒にね。ヘヘ』

『琥珀ちゃん、交替だよ♡』


……。

……。

クルッ

……日本か、へへ





 保留音に変わる(スタンドバイミーだ)。

(一方的に話されたけど、琥珀って言ったよな? あいつは峻計から逃げるために、スマホ経由で自分の身を預けたのか?)
琥珀の携帯電話か……
(劉師傅が階上に来た。俺の横を素通りする。電話を耳に当てながら彼を追う。……あの威圧する覇気はどこにいったのだろう?)
 保留音がぷつりと終わる。
『思玲様でしょうか? こたびは面目ございません』

(マジで琥珀の声だ)


俺だよ。無事だったんだな


(みなが生きている感謝を、埋もらせるほどに伝えたい)

『哲人かよ。思玲様に代わってくれ……。あんたのがいいな』
……。

(小鬼が感慨もなく話しはじめる)

ズリッ

『ドロシーから聞いただろうけど、しばらくサービスが利用禁止になった。生鮮品に生きた異形も含まれるなんて、細かい文字まで読むはずないよな。

つまり俺は十日ほど閉じこめられる。だから特別にそのスマホを貸してやる』

カツ、カツ

トコトコ

待てよ、俺らの今の状況が分かっているのか?

(こっちは生死の境だぞ)

『画面ロックは思玲様のお顔でも解除できる。かってに登録させていただいた』
(……おかまいなく話し続ける)

『立ちあがった画面の右下に、どくろマークと数字の11を組み合わせたアプリボタンがある。

それが吹っ飛ばしのレベル11だ。

俺や哲人みたいな新月系だと三倍増しのアプリだ。ショートカットだから、押して三秒後に作動する』

 
(……そのための電話だったのか。あいつを倒すためのレベル11)
『言っておくけど、プライベートなデータは別にロックしてあるからな。解除に一回でも失敗すると無残な目にあうからな。

じゃあな、思玲様によろしく』

カツ、カツ

トコトコ

ざけんなよ。切るなよ


楊偉天と話したのだろ? 不死身な理由とか分からないのか? あと、新月系ってなんだよ

『この通話代は、しゃれにならないほど高い。僕には支払い能力がないから、請求は我が主にまわる。

今後は思玲様に取り立てがいく』

(早口で言う)

『新月満月は思玲様に聞いてくれ。楊が不死身であるはずないだろ。

「たぶん鏡」って、竹ちゃん、いや竹林が言っていたけど、爺さんは俺達にも隠していた。大鴉が一度だけ蘇ることも、張本人達が知らなかった。


……そうそう。爺さんは、哲人が座敷わらしでなくなって喜んでいたぜ。

お前がチビ妖怪に戻るもありだぜ』


(座敷わらしを恐れた? あのか弱い妖怪に、妖術士を恐れさせる力などあっただろうか。

宙に浮かべて、助けを呼びつけて……、他になにがある?)

『ドロシー、終わったよ。

 哲人、かましてやれよ』

プツ


……。

 電話がぷつりと途切れる。スマホを前ポケットにしまう。
矛だね。

あのジジイに喰らわそう

うん……

(そうしてやりたいけど、そうしたところで別の楊偉天が現れるだけだ)

カツ、カツ
トコトコ

(劉師傅の背中を追いかける)

おなかの中から、

師傅さん、琥珀は生きていました
カツ、カ
 師傅が振り返る。
なにがあろうと楊に知られるな
カツ、カツ…
 また前を向く。
???
???

 俺は俺の中で、桜井と顔を見あわせる。





ヨロッ
 三階と四階の踊り場で、劉師傅がひざまずく。
……。
案ずるな。戦いの場にいけば、私は力が湧きあがる
 師傅は剣を前に向け立ちあがる。口もとをぬぐう。
琥珀が言うには、楊偉天は座敷わらしを避けていたようです。どの力を恐れたのですか?

(いたたまれなくて話題を変える)

カツ、カツ

座敷わらしは運気を操る。だが気休め程度だ。楊が恐れるとは思えぬ。それに頼るべきではない。

琥珀は主に似て短絡的なところがある

トコトコ

(たしかに、俺がみんなに幸運(悪運)を授けたかもしれない。その力は今もあるかもしれない。横根に白玉がかすかに入りこみ、そのおかげで彼女がまだ生きているように……。

 これくらいのラッキーなんて、あの老人ならねじ伏せる。そもそも幸運ばかりが続くはずがない。他に力があるはずだ――

ゴクッ

(などと考える間もなく、屋上の鉄扉にたどり着く)

空の匂いだ
(桜井が喜色を隠しきれない。不吉がよぎる)
……あのわらべの妖怪には、たしかに力があったかもな
だが私は二度も頼らぬ
(一度はこの人を助けたというのか? もはや問いかえす時間もなかった)
覚悟してくれ
 師傅がドアを開ける。
 真っ暗な西の空がひろがる。
ひひひ……

 楊偉天が待ちかまえていた。





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