この男は夜が訪れると同時に殺されます。生かしておいても無意味になりました
(峻計が対の扇を頭上にかざす。
あいつの上で暗黒の渦が巻きはじめる。俺はドロシーを抱えて立ちあがる)
(俺達には緋色の護布がある。あれに吸いこまれようとも耐えてやる。でも俺には戦う武器がない)
あのマシンガンに、俺の力を入れられるかな
(あいつらへの怒りをこめた砂粒ほどの力を)
(峻計は呪文を唱えている。扇がふたつだからか、あの時よりも渦の生成が早い。大きさも二倍になるだろうな。あいつの頭上で、麗豪が銃と鞭を両手に待ちかまえている)
吸いこみ始めた風が、ドロシーの黒髪を揺らす。彼女の手に短機関銃が現れる。
(彼女の吐息に俺の力をくわえる。そこに導きがあるのならば……)
(上空で、カラスが騒ぎだした。さっきの奴ではない。この鳴き声は、ドーンだ!)
哲人とドロシーちゃん、生きているよな。……て言うか、抱きあっているし
(小柄なハシボソガラスが降りてくる……)
馬鹿か! 戻れ!
(ふいにドーンは上空へと垂直に必死に飛ぶ。
いかづちが走った)
(雷鳴とともに、焦げた麗豪が落ちてくる。痙攣して動かなくなる。その先に、槍をかかげたケビンが立っていた)
(峻計がケビンへと黒い渦を向ける。ドロシーが俺の胸から飛びでる)
(張麗豪へと凝縮された人除けの術を打ちこむ。
そっちかよ。でも麗豪はそのたびにぴくぴく跳ねる)
(峻計が俺達へと振りかえる。渦の中心の一つ目も俺達を見る)
(リロードしたドロシーが渦へと打ちこむ。術は吸いこまれていく)
(まとう結界をぬぐい落とし、猟犬が峻計へ飛びかかる。暗黒の渦があいつの手を離れ、巨大高速ロボット掃除機みたいに林の地面を巻き上げていく)
(あいつは川田をはらいのける。蜃気楼と消えるより早く、猟犬がまた飛びかかる。川田であるリクトが、あいつの鳴らしかけた指ごと黒羽扇を噛みくだく)
(ドロシーがあいつへと扇が向け――)
川田がいるだろ!
(露泥無の悲鳴とともに、闇がずり落ちていく。そこから半透明な横根の姿があらわになる。彼女に抱えられた少女は天宮の護符をかかげていた)
(横根があいつへと走る。川田がうなり声をあげて、もうひとつの黒羽扇を噛む。ぼろぼろの思玲が峻計へと護符を伸ばす)
峻計が手から猟犬をもぎ取る。横根と思玲にぶつける。
すげえ
(思玲は川田を踏み台に、中空に跳ねる。護符を刀のように振るう)
(大カラスの絶叫が響く。あいつが黒羽扇を振りまわし、川田も横根も思玲も飛ばされる。黒い光は発せられない)
ケビンが投げた槍が峻計の胸に刺さる。あいつが前かがみに崩れかける。
(気を失っていた登山者達が、地獄からのような叫び声で目を覚ました)
地に手をついたケビンが命ずる。でも川田は動かない。
川田!
(溶けはじめている。黒羽扇にやられていたのか)
(横根が猟犬へと這っていく。彼女に任せるしかない)
思玲が地面から力なく言う。
俺達は峻計のもとに向かう。あいつはなおも立っていた。胸から抜いた槍を、俺へと投げる。護布が受けとめる。
(煤竹色が峻計の背中に直撃する。あいつが振りかえり、ドロシーを憎しみの目で見る)
あいつの周りに、型崩れした黒羽扇が両方とも旋回しだす。ドロシーのさらなる光をはじき落とす。俺達に背を向けて林の奥へ去っていく。
ああ
(ドロシーが俺を見る。俺はうなずきを返す。
いまここで終わらせる!
俺達はあいつへと駆けだ――)
ドロドロ
深追いは愚策だ。峻計はおびき寄せている
噛まれたぐらいならば、あの扇はじきに回復する。一人も抜けることなく、敵の魔道士を捕えた僥倖に感謝だけすべきだ
ナルホド
(露泥無である女の子が麗豪の銃から弾を抜く。それらを林に投げ)
この四人は誰が死んでもおかしくない博打だった。……誰一人欠けていないのが信じられない
……。
(俺は峻計の消えた先から目を離し、川田を見る)
(横根に抱えられながら祈りを受けていた。溶けかけた体が元に戻っていく。あいかわらず鮮烈な祈り。
川田は大丈夫だ。さらに透けていく横根のが心配だ。でも川田を救ってもらわないと。
ついで思玲を見る)
思玲!
(うつ伏せで大の字になっていた。
急いで彼女を抱きあげる。体中が熱いし傷だらけだ。やっぱり癒しを拒絶していたな)
ナデナデ
(いまは無抵抗だから、さすりまくる。熱が引いていくのが分かる)
ナデナデ
うん
(女の子がにらんでくる。この強い眼差しならば、思玲も大丈夫だ。大蔵司の力の後遺症は、後々みんなで心配しよう)
(座りこんだケビンが傷ついた野獣のように俺を見ている。なおも立ちあがる。おそらく、この男をさすったら殺される)
上で見ていて、ドロシーちゃんが一番格好良かったよ。『滅べ!』なんて扇をかざしちゃって
(ドロシーが俺の横に来て、異形のカラスへと目を細める。おそらくドーンがみんなを集結させた。
……もうひとついるよな)
琥珀は?
でか
(ケビンが俺達のもとへ歩いてくる。……ドロシーが俺の手を握る。俺はケビンと人で向かいあうのは初めてだ。
彼はドロシーへと醒めた目を向ける)
(ドロシーがそっぽを向く。その頬を、ケビンがおもいきりはたく。ドロシーの手が離れ、地面に伏す。
ケビンが彼女を見おろす)
俺だけが残る。それをみんなに伝えておけと、
俺はお前に言った
(誰もが動けない……。ドロシーは狼退治を託されていなかった。シノと帰るはずだった)
(鼻血を流しながら、ドロシーがケビンを涙目でにらむ。
ケビンは言いかえす素振りもなく、槍を拾う。棒立ちする俺に言う)
昨日の人間か……。ともに戦ったらしいな。
肩を貸してくれ。この人達の記憶を消す
登山者達は怯えたように俺達を見ていた。
ケビンが荒い息で言う。
この槍は思玲が作った。
ゼエゼエ
俺は楡の幼木に術をかけただけだ。思玲が樹木に祈ると、大地に槍が刺さっていた。
(ケビンが登山者達に槍を振りかざす。合法らしい妖術が飛びだしていく。何度か繰りかえし、ケビンがよろめく)
俺はここまでだ。犬死にはしない。雅の始末は、ほかの者が来るだろう
(屈強な男が俺の肩に頼りながら言う。
……あの狼が俺とシノを狙っていることを、ケビンはまだ知らない。告げるべきだろうけど)
ケビンさん、治しますよ
(ドロシーが、ケビンに挑むような笑みを向けてやってくる。俺は彼女の腫れた頬をさする。赤みも鼻血も消えなかった)