三十六の三 再々集結

文字数 3,387文字

この男は夜が訪れると同時に殺されます。生かしておいても無意味になりました
ニーハオ、ナンチッテ

(峻計が対の扇を頭上にかざす。

 あいつの上で暗黒の渦が巻きはじめる。俺はドロシーを抱えて立ちあがる)

グルングルン
(俺達には緋色の護布がある。あれに吸いこまれようとも耐えてやる。でも俺には戦う武器がない)
あのマシンガンに、俺の力を入れられるかな

(あいつらへの怒りをこめた砂粒ほどの力を)

ふっふっふ
ふふふ
(峻計は呪文を唱えている。扇がふたつだからか、あの時よりも渦の生成が早い。大きさも二倍になるだろうな。あいつの頭上で、麗豪が銃と鞭を両手に待ちかまえている)
……二人だと怖くない
 吸いこみ始めた風が、ドロシーの黒髪を揺らす。彼女の手に短機関銃が現れる。

無理だと思うけど。

……でも私経由なら

(彼女の吐息に俺の力をくわえる。そこに導きがあるのならば……)
ガーガーガー
(上空で、カラスが騒ぎだした。さっきの奴ではない。この鳴き声は、ドーンだ!)
哲人とドロシーちゃん、生きているよな。……て言うか、抱きあっているし
(小柄なハシボソガラスが降りてくる……)


馬鹿か! 戻れ!

……貴様は迦楼羅か?
…忌むべき異形? これで?
ばいばーい

(ふいにドーンは上空へと垂直に必死に飛ぶ。

 いかづちが走った)

バリバリバリ
うぐ……

(雷鳴とともに、焦げた麗豪が落ちてくる。痙攣して動かなくなる。その先に、槍をかかげたケビンが立っていた)

……。
貴様!
ゴオオオオ
機会!
(峻計がケビンへと黒い渦を向ける。ドロシーが俺の胸から飛びでる)
我々こそが香港魔道団!

誅!

ぎゃあああ

ピクピク…

(張麗豪へと凝縮された人除けの術を打ちこむ。

 そっちかよ。でも麗豪はそのたびにぴくぴく跳ねる)

き、貴様!
ジロッ
(峻計が俺達へと振りかえる。渦の中心の一つ目も俺達を見る)
カシャカシャ

バキューム、バキューム
(リロードしたドロシーが渦へと打ちこむ。術は吸いこまれていく)
リクト、ゴー!
 
ウォーン!
くっ
予期せぬリリース
(まとう結界をぬぐい落とし、猟犬が峻計へ飛びかかる。暗黒の渦があいつの手を離れ、巨大高速ロボット掃除機みたいに林の地面を巻き上げていく)
くそぅ
逃がすか!
うっ
(あいつは川田をはらいのける。蜃気楼と消えるより早く、猟犬がまた飛びかかる。川田であるリクトが、あいつの鳴らしかけた指ごと黒羽扇を噛みくだく)
ペロッ
滅べ
(ドロシーがあいつへと扇が向け――)


川田がいるだろ!

あっ
 俺は彼女を押し倒す。光は頭上へ飛んでいく。
あぶねえな。


……瑞希ちゃんは無理しないでね

わあ

(林から闇が浮かびあがった)

早すぎる。僕のなかで光らすな!
ズリッ
…ハアハア
(露泥無の悲鳴とともに、闇がずり落ちていく。そこから半透明な横根の姿があらわになる。彼女に抱えられた少女は天宮の護符をかかげていた)
…峻計
(林を聖なる光が照らす)
ろ、露泥無こそ早いよ。思玲お願い!
急げガブガブ
峻計!
(横根があいつへと走る。川田がうなり声をあげて、もうひとつの黒羽扇を噛む。ぼろぼろの思玲が峻計へと護符を伸ばす)
すごい…
舐めるな!
きゃあ
 峻計が手から猟犬をもぎ取る。横根と思玲にぶつける。
たあ!

すげえ

(思玲は川田を踏み台に、中空に跳ねる。護符を刀のように振るう)
しくじった。子どもになろうが、なんて奴
 
これは我らが心!
 
 
(大カラスの絶叫が響く。あいつが黒羽扇を振りまわし、川田も横根も思玲も飛ばされる。黒い光は発せられない)
お、おのれ……
これは我らが体!
グサッ
 ケビンが投げた槍が峻計の胸に刺さる。あいつが前かがみに崩れかける。
ここはどこだ?
なにをしていた?
あの人達は?
ひい
(気を失っていた登山者達が、地獄からのような叫び声で目を覚ました)
リクト、人々を守れ
 地に手をついたケビンが命ずる。でも川田は動かない。
くううん……
川田!

(溶けはじめている。黒羽扇にやられていたのか)

川田君……
(横根が猟犬へと這っていく。彼女に任せるしかない)
哲人、ドロシー……。とどめを

ふざけるな!

 思玲が地面から力なく言う。

 俺達は峻計のもとに向かう。あいつはなおも立っていた。胸から抜いた槍を、俺へと投げる。護布が受けとめる。

麗豪様。必ず助けに来ます

パチン

 
パリン
……。
くっ
(煤竹色が峻計の背中に直撃する。あいつが振りかえり、ドロシーを憎しみの目で見る)
お前こそ必ず殺す
 あいつの周りに、型崩れした黒羽扇が両方とも旋回しだす。ドロシーのさらなる光をはじき落とす。俺達に背を向けて林の奥へ去っていく。
……哲人さん
ああ

(ドロシーが俺を見る。俺はうなずきを返す。

 いまここで終わらせる!

 俺達はあいつへと駆けだ――)

ドロドロ

深追いは愚策だ。峻計はおびき寄せている
わあ

(露泥無の声に制止される)

噛まれたぐらいならば、あの扇はじきに回復する。一人も抜けることなく、敵の魔道士を捕えた僥倖に感謝だけすべきだ
ナルホド

(露泥無である女の子が麗豪の銃から弾を抜く。それらを林に投げ)

この四人は誰が死んでもおかしくない博打だった。……誰一人欠けていないのが信じられない
……。

(俺は峻計の消えた先から目を離し、川田を見る)

私は仲間であり人である川田君のために祈ります
く~ん

(横根に抱えられながら祈りを受けていた。溶けかけた体が元に戻っていく。あいかわらず鮮烈な祈り。

 川田は大丈夫だ。さらに透けていく横根のが心配だ。でも川田を救ってもらわないと。

 ついで思玲を見る)

フエエ…
思玲!

(うつ伏せで大の字になっていた。

 急いで彼女を抱きあげる。体中が熱いし傷だらけだ。やっぱり癒しを拒絶していたな)

や、やめろ…

ナデナデ

(いまは無抵抗だから、さすりまくる。熱が引いていくのが分かる)

ナデナデ

貴様……、私に妖術をしかけたな
うん

(女の子がにらんでくる。この強い眼差しならば、思玲も大丈夫だ。大蔵司の力の後遺症は、後々みんなで心配しよう)

なんであろうと俺にはかけるな
(座りこんだケビンが傷ついた野獣のように俺を見ている。なおも立ちあがる。おそらく、この男をさすったら殺される)
バサバサッ
(ばさばさっと音がして、ドーンが俺の頭にとまる)
上で見ていて、ドロシーちゃんが一番格好良かったよ。『滅べ!』なんて扇をかざしちゃって
ドーンも格好良かった。囮だよね
(ドロシーが俺の横に来て、異形のカラスへと目を細める。おそらくドーンがみんなを集結させた。

 ……もうひとついるよな)


琥珀は?

……奴だけが死んだ
(少女がぽつりと言う)
冗談だ。リュックを守っている。呼びだそう

ムカムカ

(思玲がポーチから天珠を取りだす)


琥珀からすべて聞いた
……。
でか

(ケビンが俺達のもとへ歩いてくる。……ドロシーが俺の手を握る。俺はケビンと人で向かいあうのは初めてだ。

 彼はドロシーへと醒めた目を向ける)

シノをだましたな
プイッ
バシン

(ドロシーがそっぽを向く。その頬を、ケビンがおもいきりはたく。ドロシーの手が離れ、地面に伏す。

 ケビンが彼女を見おろす)

これはすべてお前のせいだ
……。
俺だけが残る。それをみんなに伝えておけと、

俺はお前に言った

(誰もが動けない……。ドロシーは狼退治を託されていなかった。シノと帰るはずだった)

だから?

私がいなければ、みんなやられていた

(鼻血を流しながら、ドロシーがケビンを涙目でにらむ。

 ケビンは言いかえす素振りもなく、槍を拾う。棒立ちする俺に言う)

昨日の人間か……。ともに戦ったらしいな。

肩を貸してくれ。この人達の記憶を消す

ヒイイ

 登山者達は怯えたように俺達を見ていた。

 ケビンが荒い息で言う。

この槍は思玲が作った。

ゼエゼエ

俺は楡の幼木に術をかけただけだ。思玲が樹木に祈ると、大地に槍が刺さっていた。

やあ!

(ケビンが登山者達に槍を振りかざす。合法らしい妖術が飛びだしていく。何度か繰りかえし、ケビンがよろめく)
俺はここまでだ。犬死にはしない。雅の始末は、ほかの者が来るだろう

(屈強な男が俺の肩に頼りながら言う。

 ……あの狼が俺とシノを狙っていることを、ケビンはまだ知らない。告げるべきだろうけど)

哲人さん、治して
ケビンさん、治しますよ

(ドロシーが、ケビンに挑むような笑みを向けてやってくる。俺は彼女の腫れた頬をさする。赤みも鼻血も消えなかった)

なんで?



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