三十七の二 元座敷わらしと女魔道士

文字数 1,743文字

なにが無茶をさせないだ。無意味にでかくなりおって、物の怪の力は残っているだろうな

テクテク

(思玲が横にきた俺をにらむ。そんなのを期待されても困る)


すぐそこですよね。みんなも守らないとならないですから
なにが守らないとならないだ。でかくなったら偉くもなるのか
……。

(嫌味たらしく返される)

この道をまっすぐ行けばそこだ。なかなかよさげな木を見つけてある

テクテク

(まっすぐ行けば、この公園の名のとおりに緑地が整備された一帯になる。……よさげな木を見つけたということは)


道具を作るのですか?


(戦うための魔道具を)

私などに作れるはずないだろ
……。

(あきれ顔を向けられる)

だが、手ぶらで師傅にお会いできぬ。そもそも、なにかしら手にせぬと落ち着かない

テクテク、テクテク

(彼女は足の引きずりを隠しきれない。それでも前だけを向いて速足で歩く)
夕方に学校で別れたあと、鬼を倒したのですよね?


(小鬼に十二磈、さらには警備員にも追われていると、峻計が言っていた。四面楚歌の状況で、しかも扇も小刀もない状態でだ)

狼が入りこめない校舎内で、しばらく息をひそめていた
(警報を鳴らしたのは言わないらしい)
そのあとは色々あってな。まあ、十二磈など所詮は小物だ

テクテク

(言葉をにごす。小物相手に図書館で散々な目にあわされていたが)


矛を使ったのですね

 単刀直入に聞く。それ以外考えられない。
予行演習というか、そんな感じだな
……。(思玲ははぐらかす)
ピタ

どの木だったかな

テクテク

 思玲が木々のあいだの遊歩道で立ちどまり、また歩きだす。

眼鏡がなくて見えないのですか?

(また戦いのさなかに割られたのだろうか?)

夜なら一緒だ。鴉どもは目を狙うから、あの眼鏡には術をコーテイングしてあった。もはや鴉も和戸と峻計だけゆえ、落ちても拾わなかった。

……いずれ戻ってくるだろう

(思玲は感慨もなく話す)
あの木は桜井とともに探したが、青色インコはすぐに面倒くさがって……。

もうすこし離れて歩け。人の姿だと、どうも生々しい

(たしかにくっつきすぎだな)
“……。”
(座敷わらしのときに何度も抱えられたから、距離感が親密になりすぎた。俺は一歩後ろに下がる――)
“記憶があるうちにお礼をしないと駄目だよ”
……。

(座敷わらしのときに抱かれた思玲の温もりとともに、横根の言葉を思いだす)

思玲には感謝しています


(簡潔にだけど、彼女の背中へと礼を述べる)

テクテク

……私など道端のぺんぺん草だと言ったよな? 峻計の妖術を見て、師傅に会ったのなら、その意味が分かっただろ。私など、なんの力にもなれなかった

テクテク

劉師傅が来られたから決着は近い。師傅を説得できた哲人こそ、みんなに感謝されるべきだ

テクテク

(そんなことない。感謝されるのは、師傅でも俺でもなく思玲に決まっている。

言葉にだして力説したいけど、人に戻るのはまだ終わっていない)

箱を取られたのは無念だな
(思玲が話題を変える)
師傅といえども取りかえすのは難しい。あいつは高雄(カオシュン)における雨中の戦いで、師傅に黒羽扇をひとつ消された。それからは、師傅を徹底的に避けるようになった。

……また、箱を捨て駒に逃げてくれたらな

(俺と同じくあいつも箱を代償に逃げたことがあるのか……。


 思玲は四玉を取られたいきさつを聞いてこない。俺も思玲もあいつから生き延びられて万々歳なのだから、仔細を聞く必要もないのだろう)

“ふふふふふ”
(……しかし、弱きものに強く、強きものから逃げる。ある意味、あいつは最強だな)
 草鈴があろうが川田達から離れたくないので、別の小道で戻ることにする。それで見つからなければアジサイの葉ででも我慢してもらい、戦いになったら横で見ていてもらおう。
お兄ちゃんとお姉ちゃん、デートなの?
(さきほどの男の子の霊が歩道の横に浮かんでいた。知らぬうちに、また思玲にくっつき歩いていた)
害なき地縛霊だ。かまうな

テクテク

(式神や魔道士との死闘を経験した俺に、彼女はまだ指図する)
……いつか成仏させてやりたいがな

テクテク

……ですね

(俺も同意するだけだ)

バイバイ
 他人にかまっていられない俺達へと、無邪気な霊が「バイバイ」と言う。
(手を振るのは人に戻ったときにね)

 聞こえぬように心の奥で返事する。





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