二十八の二 座敷わらしと隻眼の狼
文字数 3,518文字
(横根がコンビニに入る。黄玉は躊躇して入口で彼女を待つ。やはり珊瑚の玉をいやがる程度の悪鬼だ。
俺だって鬼を馬鹿になどできない。ただでさえ力がないのに、店舗の明かりに照らされた路上になど降りられない)
人の明かりを背に受けながら、鬼がしゃがみこむ。駆けてきた男性にぶつかりよろめく。開いた自動ドアからの冷気に身震いする……。
それでも俺は懐から草鈴を取りだす。やっぱり俺は人でなしだ。
(どさくさにまぎれて下の名で呼ぶ。笛の音が聞こえたならば、彼女はなにがあろうと来る。一年ちょっと、ずっと夏奈を見てきた俺には分かる。
問題は彼女が今どこにいるかだ。一番近いJRの駅でも、俺の笛の音はとても届きそうにない)
川田のアパートがあるT字路を車道の向かいに見る。人ごみのなか、俺も横根も鬼も無言で進む。
パチンコ屋のドアが開き、あふれだした騒音に怯える。
卑怯だとか言っていられない。急降下して黄玉の背中を蹴っとばす。鬼はよろめきながらパチンコ屋に転がりこむ。
自動ドアが閉まり、鬼の絶叫が途絶える。
横根はなにも気づかず歩き続ける。俺は彼女の背後に高く浮かびながら、ちょくちょくと後ろを振り返る。峻計は現れない。
また草鈴を吹く。思玲と行ったディスカウントストアも通り過ぎる。
もう一度草鈴を吹く。
(駅までもうすこし。あそこに入れば一安心かな。構内も電車も人の明かりだらけだから、ここから先は彼女と珊瑚に頑張ってもらうしかない。俺にだって人に戻るためにやるべきことがある……。
現実逃避が終わってしまう)
駅前の広場にたどり着く。
パチン
振り向くと、薄らいだ黄玉が這いつくばり人に踏まれ、恨めしそうに俺を見ていた。
鬼が俺の背後を見つめる。俺も顔を前に向ける。
あいつの衣装は変わっていた。黒いスキニーにマリンブルーな光沢のブラウス。踵の高い赤いヒールが不釣り合いだ。
俺は草鈴をもう一度吹き懐にしまう。
あいつは横根の前に立ちふさがる。
手を握られた横根が歩みをとめる。青ざめた俺を見て、人の明かりに照らされた桜の枝葉が笑う。
周囲から悲鳴があがる。
鬼が体を引きずり、あいつのもとへと向かう。
俺は狼の顔に飛びつく。残された目をふさぐ。鼻を膝蹴りする。
ビシッ
あいつが駅ビルへと歩きだす。能面のような横根がそのあとをついていく。まわりの人間連中が二人に道を開ける。鬼がよろよろと起きあがる。
俺は服をひろげる動作をする。はらわれるが空中で体勢を取りなおす。
狼の顔を服で覆う。
外へと意識を向ける。
狼は悲鳴をあげる人ごみをかき分ける。
(人の目には、顔半分がない巨大な黒い犬。目も鼻も覆われているのに、前が見えているかのようだ)
屋内はやめろ! 屋上に間違いない。外から行け
(川田が注目を浴びるのはうまくないし、俺が人の光に照らされるのはもってのほかだ)
狼がUターンする。あらたな悲鳴が道を開ける。
カンカンカン……
(川田がまた駆けだす。人除けの術に突入して、俺の人としての残滓が不快を感じる。……よほどの信念がないと、人間はあの術に入ってこられないな。それに、あいつはあそこから階段にでたということだ。まだ追いつける)
カンカン、カンカン
カンカン、カンカン
階段を数段おきに飛びながら、川田が言う。
その先に横根のカバンが落ちている。狼は勢いを削がずに突っこんでいき、
結界にはじき飛ばされる。
鼻さきにいた俺も、狼の体から吹っ飛ばされる。
次回「乙女の祈り、乙女の逆鱗」