三十四の一 座敷わらしとやさぐれ猫

文字数 1,827文字

ヒソヤカ
(フサフサは表通りに向かわない。民家の裏庭を歩き、商店と商店の隙間を抜け、塀を越えて駐車場の車の下を進む。フェンスをくぐり、犬小屋の真横を小走りで駆け抜ける。
 俺は野良猫を追いかけ)

さっきのは哲人のイエかい?

(歩きながら、振り向かずに聞いてくる)


狼……、子犬が人間だったときの部屋だよ。俺も結構いるけど
ふん。あの柴犬の縄張りかい。そういや白猫はどうしているのだい?
人に戻ったよ。さっきいた女の子
ふん。おめでたいねと言っておくよ。化けカラスはどうなったのだい?

(フサフサは色々と聞いてくる。塀から路地へ飛び降りる)


……消えたよ

天罰だね。ざまを見な。

あの人間のメガネ女は本当に嫌な奴だね。昨夜の別れ際の顔を見たかい?

(ひっきりなしに質問してくる。本気で探しているのか?)
ミカヅキなんて知らないよね?




ズケズケ

 質問がだらだらと続く。ふいに気配をまるだしにして、ずけずけと歩きだす。
カラスだろ? 昼にも早朝にもあったよ。おまじないをかけられた


(俺は返事をしながらあたりを見る。路地の奥の奥だ。こんなところに師傅がいるのか?)

へえ。あいつにも見えることがあるのかい。……なんのノリトウだい?

人に戻れるらしい


(もしかしてノリトウでなく祝詞(のりと)か? その手の話は、人のときから興味ないから分かりはしない)

フサフサ、邪魔させてもらっているよ
 ふいに声がした。路地の塀に雌猫が座っている。……くたびれた風貌から察するに、こいつも野良猫だろう。
ミミツブレじゃないかい。妙なところで会うね。ネズミでも探しているのかい?
(フサフサが嫌味たらしく見上げる。しかし、ろくでもない呼び名だ)
ここでかい? 面白い冗談だね。……あんた、憑りつかれていないかい?
後ろにいる奴のことかい? ペットみたいなものだから、かまわないでおくれ。

ところで、ハラペコを見かけたかい? あいつも、ちょくちょく私の縄張りに入りこんでいるらしいからね。いくら痛めつけても懲りずに

遠回しに脅さないでおくれよ。ここいらでネズミを獲るわけじゃないから、目をつりあげないでおくれ

ストン

(ミミツブレって猫が塀の向こうに飛び降りる。フサフサの縄張りで出くわしたからか、緊張を隠すのに必死だった)
ふん。毎晩のように間抜けがやってくる。縄張りが広いのも考えものだね
…………。(フサフサが来た道を戻りだす)


ハラペコってのも野良猫かよ

いつまでもチビのまんまの黒猫さ。名前とおりのしょうもない奴だけど、私ぐらい感が強そうだね。余計にびくびくしてやがる
“ニャッ”
(夕方に図書館前にいた奴かな。……俺に呼ばれたのかな)
ところでカラスの話など、あまり信じないことだね。

哲人が人間だったときは、どういう人間だったのだい?

(また始まった。それでも野良猫の気分を損ねないように)

ありふれた学生。おたがい見かけていたかもね


(律儀に答える……。思いだした!)

ミカヅキには、俺が本来の人間に見えていた。なぜだか分かる?
はあ?

ジロジロ

 質問を受けて、野良猫が不調法に俺をながめる。
知るはずないけどね。プイあの生意気な鳥は導きのカラスだから、縁起のよい話なら行きつく先がたまに見えるらしいね。

よかったじゃないかい。あんたはお墨付きだ

トコトコ

(内々定みたいに言われても、実感がまったくわかない。一緒にいたドーンはハシボソガラスにしか見えなかったし……)

やけにたいそうな人間を探していたのだね

 フサフサは立ちどまっていた。駆けだして、また立ちどまる。ひげがかすかに上下する。
見つけたよ

……マジ?(さすがに緊張が走る)

エキマエの向こう側だね。ここからは哲人が先にいきな
……わかった
 フサフサにうながされて、細い路地から駅前通りにでる。電線に沿って進む。







このでかい道を進みな。そっちじゃない。反対側だ

(背後のどこかからフサフサが指図され、駅方面へと向かう。……師傅は駅ビルからほとんど移動してないのか?)


その人は怪我しているか?

分かるはずないだろ
ビクッ

(フサフサの声が真下からして、ビクッとする。野良猫は歩道に姿を現していた)

それよか、早々に嫌な感じまで寄ってきたよ。

土着のお札をだして、そばに来ておくれ

(聞きたくないセリフだ)

ツチカベと一緒にいた女か?

それっぽいね

(……あいつは黒い光をだせない。俺を消す手段はない、はずだ。おそらくだけど。

 奪還の機会だと受けとめよう)

 俺は道へと降りる。野良猫と並んで進む。



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