二十五の二 岐路
文字数 2,293文字
080の――
(集中しすぎて、お天狗さんの入り口を通りすぎていた。駅へと曲がるところで、俺の電話番号をシノに伝えるように、琥珀に頼む。こいつと思玲を挟んでの会話なんて想像したくない)
……承知いたしました。
ポチッ
結界からでられたそうだ。
昨日の寺の本堂にひそんでおられる。迎えを呼んだとのこと。和戸が哲人によろしくだと。伝えておいたぜ
(すぐに見知らぬ番号が鳴る。……海外通話じゃないかよ!
俺にも支払いが来るのだろうか? 記憶がなくなるまえに、おおよその明細を思玲に渡しておこう)
『私はあなたをなにも覚えてないので、不思議な気持ちです』
(つまり話をあわせているだけか。俺は駅前のベンチに座る。誰もいない。客を待つタクシーもない。琥珀が横に座る。
近況報告などしない)
『いきなりですか? それは元気の証拠ですね?
……分かるのは、なかなか難しかった。でも、シスターは見つけました。「ゼ・カン・ユ」でなく「ゼガニュ」。いまの時間には、そう伝わっています』
中国語で大丈夫ですよ。喋るのはキツいけど、聞くのは思玲や連中に鍛えられましたから
多謝。みんなとも代わってもらえますか?
(話が一段落したところで、シノにお願いする。頭痛がしてくる)
『災難だったな。たったいま、あの馬鹿とハラペコと合流した。救出への会議をするから、また電話する』
『……あん? 異形用の電話でないので和戸は喋れぬ。ひそんでいるので鳴き声もたてられぬ』
『ちなみにドロシーは話したくないそうだ。
シャワーでも浴びてゆっくり来い。言葉とおりに受けとるなよ』
(電話が切れる。俺は水道の蛇口で水を飲み顔だけ洗う。頭が痛い)
(まだ思玲の声が残っている。……ゼガニュ。六百年近く昔の大魔導師。亡国の龍使い)
シノはなんて言っていた?
ジリジリ
ゼ・カン・ユって野郎のこと
文献はほとんど残ってない。その時代にもっとも力がある魔導師であったが、異教徒との戦いにおいて寝返った。妖魔を操って村を襲い、ついに国を滅ぼした。
……そいつの使う龍が、要塞のごとき城を破壊したらしい。諸国の祓いの者が結集して、ついにゼガニュを倒し、永遠の地獄に閉じこめたそうだ
(でも奴は復活している。配下の使い魔の話は、なにも記されていないそうだ)
それだけ?
そんな話は参考にならない。いまに伝わる人間の歴史に龍も魔法もでてこないだろ
(お前らだって物語にしか存在しないしな。俺は自分のスマホを開く。ゼ・カン・ユ、ゼガニュ、ロタマモ、サキトガ……、なにもヒットしない。
藤川匠も、それらしきは見あたらない。
龍を検索しかけてやめる。その情報はあふれるほどだ)
(電車がホームにとまり、じきに去っていく。日中の本数は少ない。
シノにもうひとつ聞いてある)
『若く清純な異性の魂を吸いとり、その力を自分のものとします。身も心も捧げることによって伴侶以上の関係となります』
『……正直に話します。
シスターは、閉ざされた世界で朽ちるまでセクシャルな奴隷になると言っていました』
(藤川匠は横根と夏奈を掌中に……。ゆるせるはずがない)
うん
(琥珀は俺が握るスマホを見ていた。楊偉天や流範を吹っ飛ばした波動のことだ)
ズリッ
しかも、あいつは生きたままだし。あのアプリの解除はドロシーしかできないんだぜ。だから、まだ使えない。
……僕の待ち受けを見たよな? 当然だな
(それどころではない。横根を救うためになにをすべきか。俺は時間を見る。九時五十分。もう九時間しかない。この一時間ちょっとで、敵の輪郭がぼんやり分かっただけだ。
俺はなにをすべきか? 予定どおり餌になるしかない)
それはセンシティブだから、あとでゆっくり話しあおう
ヨイショ
(琥珀が馬鹿にする。それくらい分かっている。券売機に浄財を入れる。二時間に一本の特急電車にはロスなく乗れそうだ。
改札にチケットを差しこむ)
青い光を求めてなら、俺の記憶が戻るなり兆があったはず。そうでなかったのは、俺が呼んで龍が動きだしたから
(か弱き妖怪の助けを聞き、龍は九州からやってきた。夏奈はそういう奴だ。そして、あれほどまでに人の心があるのならば――、それを俺が呼びおこせるのならば、人に戻れる可能性は無料ガチャより高い。
……まだ呼べなくたっていい)
(構内の階段を降りる。琥珀は気づかずついてくる)
俺は海に叫びにいく
(西伊豆の沖にいる龍を呼ぶ。それを阻止するために、真昼であろうと奴らは来る。
楊偉天達はいらない。おびき寄せたいのは使い魔達。そして横根を連れもどす)
(琥珀は立ち去らない。
奴らはやってくる。俺の呼びかけに龍はきっと応えるから。根拠はなくても、ずっと彼女を見てきた俺には分かる)
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