七の一 座敷わらしと純白猫
文字数 3,493文字
横根はずけずけと通過する。思玲と向かった側道に入る。
……。
(学園祭のナイトウォークをまた思いだしてしまった。深夜一時をまわった中目黒あたりで、彼女と並んで歩いた時間があったよな。彼女は今の三年連中から逃げてきたよな。横根は先輩男子には結界を張っているよな。そのときも同じセリフを言ったよな。また切なくなる。今の愛らしい白猫よりも五百倍はかわいい人間の横根とだって、もう一度並んで歩きたい)
見えない胸もとに手を入れ、木札を取りだす。
(……正門を破壊した光は金銀の二色だった。俺が受けたのは小刀からの金色だけだった)
そろそろ戻ろうか。いい場所が見つからなかったって口裏あわせてさ(あんな術だのが飛び交う世界に、か弱い二人でいつまでもいたくない)
妖怪のくせに心拍数があがる。たしかにその通りだ。でも、
言われたことをそのまま伝えても言い訳に感じる。
横根の声色が変わった。夜の猫のまん丸の瞳孔で、俺の目をじっと見つめる。
丸かろうが冷ややかな猫の目で。
車道でひかれた猫の死骸を思いだす。俺はもうすこし浮かび、ヘッドランプがないことを重々確認する。OKと声かける。白猫が横断する。
記憶どおりに名も知らぬお寺が見えた。たがいに言葉を発せずに進む。さきほどの質問の重みにさえ彼女は気づいているようだ。
並んで境内に入る。気配を感じる。人でも同類でもない……。人影が前方に現れる。
生まれて初めて聞く幽霊の声……。病院着のお爺さんが、こちらをうかがっていた。
お爺さんの霊が浮かぶように歩いてくる。霊に捕まったらなにをされるか知らないが、ろくなことは起きないだろう。
俺は白猫を玉砂利に引きずる。道路へと向かう。
横根ごと幽霊に持ちあげられた。むしり取られた横根が絶叫する。俺だけ放り投げられる。
青白い顔のお爺さんは疲れた笑みで、抱えた白猫を見つめる。横根は目を見ひらくだけだ。
俺のなかの妖怪としての力がうごめく。
お爺さんの霊は門へと歩きだす。
俺は木札を取りだす。霊の顔に突きつける。
山門の脇の塀に、さきほどの野良猫がいた。高い場所から俺達を面倒くさげに見ている。
幽霊のお爺さんがうつろな目で俺を見る。横根から手を離す。
お爺さんが寄ってくる。俺は急いで浮かびあがる。横根は玉砂利にぐったりしている。
あわてて地べたに降りる。横根が浮かぶお爺さんを見て、またフギャーと総毛立つ。
お爺さんがいきなり正面に現れて、俺の頬を両手で挟む。すぐに氷のような手を離す。
俺は木札を霊へと突きだす。
また俺に手を伸ばし、寸前でとめる。
木札が効果を示したので、ちょっとだけ安堵する。翔太はおそらく孫だろう……。死んだ人をだましているみたいで罪悪感が沸いてくる。
お爺さんが俺に背を向ける。闇に向かって歩きだす。
夜陰にまぎれる……。
俺は横根までふわふわ降りる。白猫に寄りかかる。
次回「そこまで怒らないで」