七の一 座敷わらしと純白猫

文字数 3,493文字

(正門にはパトカーと消防車が、そりゃいるよな。回転灯がまぶしい……)
 横根はずけずけと通過する。思玲と向かった側道に入る。

暗いね。もうすこし降りてきてよ。

遠くが見えないのがけっこう怖い。一人みたいで、それも怖い

(遠くまで見るために浮いているのだけど……)

フワフワ、チャクチ

(都合よく隠れ家が見つかるとも思えないし、十分ぐらい探したら面目なさげに戻るべきだな)

静かだね
“静かだね”
……。

(学園祭のナイトウォークをまた思いだしてしまった。深夜一時をまわった中目黒あたりで、彼女と並んで歩いた時間があったよな。彼女は今の三年連中から逃げてきたよな。横根は先輩男子には結界を張っているよな。そのときも同じセリフを言ったよな。また切なくなる。今の愛らしい白猫よりも五百倍はかわいい人間の横根とだって、もう一度並んで歩きたい)

松本君、大丈夫なの?
ハッ

ぼっとしていた。……護符があるから心配しなくていいよ。思玲にビームを喰らったけど、かゆくもなかった。(クーラーや蛍光灯には歯がたたないけど)

松本君が普通すぎるから、みんな引きずられるのかも。

夏奈ちゃんに見せたお守りはダミーだよね。本物はどんなお札?

(そんなやり取りもあったな。片方の記憶が曖昧なままだ)

これだよ

 見えない胸もとに手を入れ、木札を取りだす。
思玲のビームって、学校の門を壊したレーザーだよね。こんなに小さいのがあれを?
(……正門を破壊した光は金銀の二色だった。俺が受けたのは小刀からの金色だけだった)


そろそろ戻ろうか。いい場所が見つからなかったって口裏あわせてさ(あんな術だのが飛び交う世界に、か弱い二人でいつまでもいたくない)

松本君、それでいいの? 隠れる所なんかどうでもいいけど、夏奈ちゃんを探さないの?

さっき思玲にお願いしたら鼻で笑われたんだ。だから私達で見つけてあげようよ

ドク
 妖怪のくせに心拍数があがる。たしかにその通りだ。でも、

桜井はとりあえず大丈夫みたいだよ。(大丈夫なはずがない)


流範が危険だから、探すのはまだできないと言っていた

 言われたことをそのまま伝えても言い訳に感じる。
ま、松本君にその考えがあったのなら、私も手助けできるかなと思っただけ。

夏奈ちゃん、一人で泣いているかもしれないし

(横根は俺を買いかぶりすぎだ。俺に桜井と会う勇気はない)


呼べるかもしれないけど、今はまだしない。するのは思玲がいるときだ。

じきにみんな一緒になれるよ

……松本君だけ、思玲からなにか聞いたんだね。だから落ち着いているんだ

 横根の声色が変わった。夜の猫のまん丸の瞳孔で、俺の目をじっと見つめる。

 丸かろうが冷ややかな猫の目で。

他にも聞いたのでしょ? たとえば私達の行く末とか。

思玲が言うほど簡単に終われるとは思えないよ

(猫の勘か? 話を逸らせ)


す、すぐそこにお寺があったよね。

あそこだったら狼も隠れられるかも


フワフワ

松本君、待って。

車の道は怖いよ。上から見て

 車道でひかれた猫の死骸を思いだす。俺はもうすこし浮かび、ヘッドランプがないことを重々確認する。OKと声かける。白猫が横断する。

 記憶どおりに名も知らぬお寺が見えた。たがいに言葉を発せずに進む。さきほどの質問の重みにさえ彼女は気づいているようだ。

(行く末なんて、俺の口から言えるはずない。)
禅宗なんだ。意外に大きめなお寺だね
(さすが史学科。猫のくせに山門を見あげて、まずそれを気にかけるのか)
並んで境内に入る。気配を感じる。人でも同類でもない……。人影が前方に現れる。
 
ドキドキドキ

(横根、目をあわすなよ)

フギャー!

な、なにあれ!

静かにしろよ。放っておくんだ
おや、猫だ
 生まれて初めて聞く幽霊の声……。病院着のお爺さんが、こちらをうかがっていた。
逃げよう
あ、足が震えて動けない。ゆ、幽霊がいるなんて知っていたら、絶対に来なかった
スー
 お爺さんの霊が浮かぶように歩いてくる。霊に捕まったらなにをされるか知らないが、ろくなことは起きないだろう。
急げ
 俺は白猫を玉砂利に引きずる。道路へと向かう。
その猫は私のだよ
わっ
きゃー
 横根ごと幽霊に持ちあげられた。むしり取られた横根が絶叫する。俺だけ放り投げられる。
かわいい猫だ。婆さんに見せてやりたい。……見せてやろう
タ、タスケ…
 青白い顔のお爺さんは疲れた笑みで、抱えた白猫を見つめる。横根は目を見ひらくだけだ。
『彼女を守らないと』
 俺のなかの妖怪としての力がうごめく。
……婆さんの隣に帰らないと
ガクガクブルブル
 お爺さんの霊は門へと歩きだす。
待て! (わっ冷たい体)
猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ
クソ、ポカポカ
婆さんの隣に帰らないと。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ
……。
婆さんの隣に帰らないと。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ。……婆さんの隣に帰らないと。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ
ハッ

た、助けて! 瑞希はここだよ!

フギャー、ガリガリ!

悪い猫だ。でも猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ
(そうだ!)
 俺は木札を取りだす。霊の顔に突きつける。
婆さんの隣に帰らないと。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ。婆さんの隣に帰らないと。猫をみせてやれば、婆さんもきっと喜ぶ。
(なるほど。護符は俺しか関与しない)……?
ケイダイからでたら終わりだよ。その娘はどこか連れていかれる
 山門の脇の塀に、さきほどの野良猫がいた。高い場所から俺達を面倒くさげに見ている。
私には関係ないけど、呼ばれるとどうしても来てしまうのさ。

それに、あんたらみたいなのが騒ぐと、いろいろと集まってきやがる。落ち着かない夜が続いちまう

(ひねくれた物言いだ。でも頼れるのは、今はこいつだけ)


どうすればいいんだ?

さあね……。こいつらには爪も、たぶんテッポウもきかないよ。あてにならないけどジューショクを呼ぶか、あんたが霊を説得するかしかないだろね。

フン

小童(こわっぱ)みたいな妖怪変化に、どっちもできそうにないけどね

(必死な俺を小馬鹿にしやがる。たしかに住職なんて呼べるはずがない。でも人間の子どもに見えるのなら……)


お爺ちゃん、俺だよ

ピタ


誰だ……、翔太か?

(翔太なんて知らないけど)


そ、そうだよ、翔太だよ。

猫でなく俺と……、僕と遊んでよ

 幽霊のお爺さんがうつろな目で俺を見る。横根から手を離す。
ドサ
その頃の翔太が一番かわいかったな
!!!
 お爺さんが寄ってくる。俺は急いで浮かびあがる。横根は玉砂利にぐったりしている。
翔太、追いかけっこか?

爺ちゃんは年だから、あまりはやく走るなよ

(幽霊も浮かんだ!)
 あわてて地べたに降りる。横根が浮かぶお爺さんを見て、またフギャーと総毛立つ。

逃げても、夜ごとまとわりつかれるだけだよ。

あっちの世に行くように頼んでみな

(来世のことか? 猫のくせに訳知りな奴)


わっ

捕まえた
 お爺さんがいきなり正面に現れて、俺の頬を両手で挟む。すぐに氷のような手を離す。
翔太はなにか持っているのかい?

(……護符が発動したのか?)


神社からもらった火伏せの札だよ

 俺は木札を霊へと突きだす。
これがあると僕は平気だから、お爺ちゃん、もう成仏してよ

翔太はむずかしい言葉を知っているな

 また俺に手を伸ばし、寸前でとめる。

……もう爺ちゃんは翔太に触れないかもな
ホッ
 木札が効果を示したので、ちょっとだけ安堵する。翔太はおそらく孫だろう……。死んだ人をだましているみたいで罪悪感が沸いてくる。
だったらやはり猫にするか。翔太の婆ちゃんは猫が大好きだからな
フギャー!

お婆ちゃんは猫いらないって!


(罪悪感など知ったことか)


僕もお婆ちゃんも、お爺ちゃんに成仏してもらいたいんだ!


成仏してください、成仏してください……

……翔太がそこまで願うのなら仕方ない。爺ちゃんは小さい翔太の頼みだけは聞いてやるよ。大きくなった翔太は忙しくて、見舞いにもなかなか来れなかったな

 お爺さんが俺に背を向ける。闇に向かって歩きだす。

お前のひい爺ちゃんとひい婆ちゃんの墓参りだけさせてくれ。

小さい翔太に拝んでもらえてうれしかったよ

  

 夜陰にまぎれる……。



 俺は横根までふわふわ降りる。白猫に寄りかかる。

グッタリ

幽霊って冷たいんだね

グッタリ

もう戻ろうよ。やっぱり夏奈ちゃんは思玲と探そう

なんとか間に合ったね。

あの程度に手こずるあいだに、あんなのがふたつも来たら目もあてられないからね

(あの程度?)…ゾワゾワ
猫がいるの?
坊やがいるだと?
(また霊が入ってきた……)
こいつらは死んでから長いよ。犬ころみたいに尻尾を巻いて早く逃げな




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