七の一 異形な烏合

文字数 2,474文字

オーイ、待タセ過ギダヨ
プ、プ、プー



ブロロロ……

(タクシーの運転手が顔を見せる。境内を見わたし、ちいさな墓地に声をかけて車に戻る。現実の世界が去っていく)
あの方々は遅いな。誰か呼びに行っただろうな
若いのが数羽向かったよ。じきに来るさ
(カラスの何羽かは屋根や門に羽根をおろしたままだ。残りは上空低く旋回している)
賑ヤカダナ
チッ、鹿ノ死骸デモアルノカ?


バタン

 本堂脇の母屋から住職が顔をだし、怪訝そうに空を見あげる。カラス達が一斉に鳴き声をあげ、人間は不快な顔で引き戸を閉める。
カカカ
カカカ

(カラス達の目線がまた俺に集中する。

 俺は足もとの石を拾う。カラスどもをにらむ。にらみ返される。……ドーンよりでかいな)

(まずははったりだ)


手負いの子犬が来るぞ。怖いおばさんも

カカカッ。だったら、はやいところ片をつけないとな
 第二波が来た。
えい!
カキン!
 五六羽が雁行の型で降りてくる。至近に来たカラスへと石を投げる。くちばしではじき返しやがる。そのくちばしを避ける。
カカカッ
痛え!
 頭をうしろから蹴られた。横から来たカラスが、ホバリングで乱れ蹴りしてくる。
くそぅ

フワフワ

 箱を守るどころではない。俺は転がるようにふわりと逃げる……。ふわりと?

 第三波の攻撃を浮かびあがって避ける。

よっしゃ、空にきたぞ
うわああ
 カラス達が一斉に襲ってきた。空中で蹴られ、つつかれまくる。こいつらのがずっと素早い。
 
ひっ
 目のまえに巨大なくちばしが見え、反射的に手で顔をおおう。
(……目を狙ってきやがる。ん?

 地面を見ると、一羽が木箱の上でカカカと笑っていた)

カカカッ
ふざけんな!
カカカッ
カーカー!
わあ
 俺は地べたに突進する。カラスがカカカと去っていく。着地したところを、別のカラスに蹴られてつんのめる。目を守りながら上空を見る。また低く旋回している。

(俺の力を試し終えたな。この妖怪なら楽勝だと思ったのだろ? まったくその通りだ)


俺には護符があるぞ

カカカッ
(大嘘にカラスどもが笑う。武器が欲しい……。あれは思玲が持っていったな。ならば草笛を吹く)
プスプス
カカカカカ
 ぷすぷすとした音にカラスが笑う。潰れている。昨日思玲がバッグに押しこんだときにだ。
来やがれ!
 俺は手水舎に飛びこみ、桶と柄杓を手にする。桶が盾で柄杓が剣だ。
カーカー
パコン
 飛んできたカラスの頭をタイミングよく叩く。こんなので追いはらえるはずがない。
ふざけやがって
カカカカカ
 空へと戻ったカラスが憤慨する。ほかのカラスはうけていやがる。
おらあああ!
 俺は桶と柄杓を上へと振りまわしながら、箱を足で押して手水舎へ運ぶ。おとなの力でも重かったのが子どもでは――、意外に押せる! 小さくなっても妖怪だから力は差し引きゼロぐらいか。

(段差まで運び、石でできた大きな水鉢を背に陣取る。……ここまではひっかき傷程度だよな。食われてはないよな。腕の傷がひりひり痛む。

 思玲はまだか。リクトはまだか)

追いつめたね
(カラス達が降りてきて手水舎を囲む)
 一羽が目のまえに置き去りの四玉の箱をつつく。
しっしっ
カカカ

(俺は柄杓で水をすくい、そいつにかける。逃げもせずカカカと笑う)

哲人!
(ドーンの声が空から聞こえた!)
リクトが山に逃げた。フサフサは麓に逃亡した。

俺は猫おばさんを説得しにいく。

……カカカッ、ブトもどきの雑魚だらけだな。もう少しふんばれよ

ふざけんな。ボソもどきめ
来いよ、おら
速すぎ、無理
(陽の光に羽根を赤茶色に光らせた小柄なカラスもどきを、ハシブトもどきが数羽追いかける。差が広がり、すぐに戻ってくる。

 こいつらは慎重いや冷静だ。クールで残酷だ。俺のが雑魚だ)

您好(ニンハオ)そんで多謝(ドーシャ)
(背後で異国の人の言葉が聞こえた。いや、カラスの物真似だ――
グサッ
ぎゃあああ!!!
 強烈な痛みに、俺はよろめき転ぶ。くちばしに刺された首を押さえ振りかえる。水鉢の縁に一羽がとまり、鳥のくせになにかを咀嚼する。
モグモグ…ゴックン
 それを飲みこむ。
あまりうまくないな

(俺の首のうしろはえぐれていた。……食われてしまった!

 首から生温かい血がとめどなく流れだす。自分の顔が青ざめていくのが分かる。手についた血は消えていく……。まずいぞ、まじでヤバい)

ドーン、戻ってきて!

思玲、助けて!

 俺は広場に飛びだし叫ぶ。

 地面に落ちた血も消えていく。人に戻れば傷はなおると言っていた。四玉を怯えさせて、人に戻らないと。

(俺は箱に飛びつく。それを包む緋色のサテンの布をほどこうとする。こんなに固く結んだのは誰だよ。焦ると手が滑る。首からあふれる血を間欠泉のように感じる)
ちょろかったね。仕上げるよ
見張りも来いや。カカカッ
 カラス達が一斉におりてくる。ようやく布がほどけた。木箱のふたをどかす。
来るな!
 青錆びたふたをかかげ、カラスの突進を阻止する。そいつは囮だった。
うわああ!
 背後から数羽にのしかかられ、俺はうつ伏せられる。
(真横に箱の中身が見えた。白色だった玉も赤色だった玉も、いまは透明で上空のちぎれ雲を映すだけだ)
フワフワ…
 ふわりとでてきた黒い光が怯えたように玉へと戻る。
ツンツン
 カラスが傷口をさらにつつく。
わああ!
俺は地面を転がり追いはらう。こいつらは賢い。急所だけを狙ってきやがる。これでは、やがて首をもがれる。カラスに怯える俺になど、玉など怯えさせられない
カカ
カカ
(また連中がかたまり襲ってくる。俺は首の傷と目をかばい、地面を転がり箱へと戻る。その下にあるサテンの護布を引っぱる。ドーンが四六時中かぶっていたのに意味があるはずだ。なのに布は引きずりだせない。おとなの思玲の体重が邪魔だ)
もうやだ……
ういっす
ひっ
 背後の気配に地面を這い逃れる。一羽が地面で待ちかまえていた。くちばしから目をかばう。
またまた囮でした
カカカカカカカカッ
ひいいいい


(むきだしになった俺の背にカラスどもが群がる。顔を土につけ、首の傷口をかばうしかできない。……悪夢だ。俺はつつかれ食い殺される。こんな世界に来るんじゃなかった)



次回「夕焼の霹靂」

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