一の二 揺れる脳みそを編集

文字数 2,243文字

ドントウォ~リ~。ユー、リメンバー、ナッシング
(もう一人が欠伸しながら言う。

 この子はかわいくて生意気だ。俺に目も向けない)

スーリンちゃんは子どもだよ
(俺は言葉でしか抗えない。あの子を売るわけにはいかないし、俺の記憶をいじるなんて論外だ)

警察を呼ぶよ


(こんな言葉でしか抗えない)

日本人、英語で話してよ。私にも分かるように
うわあああ!


(なんだ今のは?)

日本の若者とちがって、私達は暇じゃないの

ひえええ~


(さらにねじこんでくる。中国語(広東語だな)なのに、母国語のように意味が伝わる。心に釘を打ちこまれたようで、あの声と同じじゃないか。

 ただ、この声は……、つまらなさそうにしているあの娘の声だ)

ニョロッ
ステン
 足もとをさすられたような不快感に俺は転ぶ。あやうく手をつき地面を見る。当然だけどなにもいない。でも、そんなはずはない。
……。
ニコニコ
 シノが俺を見おろしている。もう一人はなにもない地面へと微笑んでいる。
(……こいつらは危険すぎる)
いい加減にし……、やめてください
チッ
 俺はショートヘアの女に声をかける。もう一人が舌を打つ音がした。そうだ英語だ。
シー、ステイズ、ザッツルーム。(彼女はあの部屋にいます。俺は英会話をそこそこできる)
 川田という人のアパートを指さす。
彼女はいなかった。もぬけの殻
(また心に声が飛びこむ。頭がぐらつく。英語で話したのだから英語で返せよ。声の主はそっぽを向いている)
どこにいるの? 待たせないで
(連発だ。吐き気がしてくる。

立ちあがり逃げようとするが、足もとになにかがからまっている。なのになにも見えない)

ドロシー! グオドー!
……。
(シノがもう一人へと怒鳴り、俺の前にしゃがむ)
あきらめは必要です。さあ教えてください
(……ドロシー?)




 

“来ないとは思うが、ドロシーってかわいい娘には気をつけろ。あの自称天才少女は人を人扱いしない。


出会ったのならば……、あきらめろ”




 

(なにが来るのは一人か二人だ。名前をあげた連中が集結しているじゃないか)
オッケー、レッツゴー、ツギャザー(分かりました。では一緒に行きましょう)
 俺は英語で降伏する。あきらめた振りをする。
……。
だから足の下にいるだろう怪物をなくしてください。それと、もう心へと話さないでください(※英語)
……OK
!!!


(足もとがすっと軽くなる。焼けたアスファルトに手をついて立ちあがる。

……逃げる手段を考えろ。……あれを使うか? いや相手は若い女性だ。ならば)


ガサゴソ

 俺はポケットを探る。これの説明をしたとき、スーリンは性根の悪そうな笑みを浮かべたな。
“諸刃の剣だ。鬼がでるか蛇がでるか分からぬ(小学生がネットで学んだ言い回しだ)。


枯れて術は弱まっているが、ただの人間であるお前が使ったら相手は驚くに決まっているな”

その前に煙草を吸わせてください

サッ

 
 俺は返事もきかずに口もとに手を寄せる。あの朝にポケットに入っていた草笛をくわえる。
シーン
 音などならない。なのに二人の顔色がみるみる変わる。奏でろと、もっと強く息を吹きこむ。
カ、カオリン……
 シノがつぶやく。彼女のカバンからスマホが鳴る。
だから?

草鈴なんか吹いて誰を呼ぶの?

ヘヘ、しかも音漏れしてない?

ひええ~

(ドロシーのあきれた声が飛びこむ。

 彼女のリュックからも同じ音が鳴る。これは警報音だ)

アンディ!
 シノが怯えた顔で走りだす。
シノ、モーマンタイ!
 ドロシーが逃げていく相方に呼びかける。とまどいながら、背中から迷彩柄のリュックをおろす。手を突っこみ、やかましい警報音をとめる。更になにかを取りだそうとする。
ケビンには聞こえた。お前の記憶を消すべきだな
(この女の声は警報音よりもうるさい)
言葉を口から伝えろ!


(俺は日本語で怒鳴る。せめて、やさしく語りかけろ

ビクッ
……。
……!!!
…カワイイ

(彼女がびくりと動きをとめる。ちょっとだけ見つめあって目をそらされる)

……その声、どこかで聞いたかな
(心への声はやめる気ないようだ)
お前はもうしばらく私達のことを覚えていろ。だから王姐(ワンヂェ)に伝えろ。


逃げるだけだと、魔道団も本気になるだけだと

(……魔道団)
……。
チュッ
ドキリ
再見

 リュックを片方の肩にかけて、俺へと投げキスをする。

「再見」と彼女も去っていく……。

(俺は灼熱の日差しに照らされていたことに気づく。声を打ちこまれた不快感と頭痛の中で、姉御のように呼ばれた女の子の話を思いだす)
“香港魔道団。大陸で一二を争う魔道士団だ。

私は金銭的問題だけでなく、ヤンウェイテンとの関係も疑われているらしい。あのジジイは連中になにかやらかしたな。

ふざけた話だが洒落にならない。香港に連行されてまた喚問だ。

ゆえに逃げるぞ”

ひい~

 俺は反対側へと踵をかえし全力で走る。吐き気すらする頭痛のうえに、爆弾のような太陽が容赦なく照らしつける。

 深入りすべきではなかった。いつだったかスーリンが、言いだしにくそうに切りだした話まで思いだす。

“ドロシーからの話、やはり告げておくべきだな。


桜井は龍になった。香港が言うのだから間違いないのだろう。ただヤンには従っておらず、微細な厄災さえ起こしてないようだ。

しかしだな、師傅が恐れていたとおり、あちこちの魔道士がこの国に来ている。たとえ私の力が戻ろうと立ちゆかぬ次元になってしまったな。

だが、お前にその気が戻ったのならば、無論付き合う”

(すべてが論外だ。同行してもらおうが行きたくもない)



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