十二 ボソとブトと俺?

文字数 3,368文字

勘弁しろよ!
 俺の素振りを見てか、毒づく声がした。カラスは鋭角にターンして空へと戻る。屋上のへりに着地する。
おい、ボソ。ここも俺の縄張りだぞ
……。

ボソって誰?

たぶん俺。昨日の連中もそう呼んでいた。

ハシボソガラスだかの略じゃね

 校舎の上は朝限定の澄んだ夏空だ。じきにえげつなくなる。
その人間はなにをだそうとした?

(このカラスの声はよく届く。俺が見えるし……。こいつは異形か? 流範の残党か?)


大カラスのくちばしを折ってやったぞ。消されるまえに立ち去れ

 お札を突きだす。頼むから逃げてくれ。
ビク


……お札かよ。びっくりさせるな。

俺の名はミカヅキ。そんなお月さんがでていた夜更けに、殻を割って餌をせがんだ親泣かせだ。

フサフサにだまされるのを覚悟で、朝飯前にわざわざ来たぜ。そっちに降りるけど、テッポーだけはやめろよな

 羽根をひろげて滑空してくる。
(フサフサの名前をだしやがった。あの野良猫の知り合いかよ)
いい朝だな。どうせ暑くなるけど、今日あたりはどかんと夕立がきて、涼しくすやすや眠れるかもな。ボソにとっても、人にとっても
……。
 ミカヅキと名乗ったカラスは、朝礼台にとまるなり喋りだす。
朝の挨拶など抜きにしろよ
(今のがカラスの挨拶か)
俺はハシボソガラスじゃねーし。人間だ
カカカッ、ボソも面白いな。でも、あいにく俺はそっちの本物の人間と話しにきた

……。

(人間って俺か?

 こいつは座敷わらしと人の区別もつかない。それにフサフサの名前をだした。つまり……ただの日本のカラスか?

 でも物の怪である俺が見えるし……。なんにしろ邪魔だ)


俺は妖怪だ。だからお前は飛び去れ

ナニ?

…………だから浮いているのか! クワッ

(はやく気付け)
初めて見たぞ。でも、あっちの……、人間の言葉でダイガクだっけ? あそこにたむろする人間と同じにしか見えないぞ
え?(それって)


この学校じゃなくて? 小さい人間じゃなくて?

アア
(鳴き声で返事するな。……こいつには俺がおさなごに見えない)
ミカヅキ。哲人がどう見えるんだ?
こいつは哲人と言うのか。お前も名乗れ。野良の礼儀だ
お、俺は和戸駿……、哲人みたく仲がいい奴はドーンと呼ぶ
(ドーンが即答した。このカラスは命令慣れしているな)

あいよドーン。哲人はだな……


シゲシゲ、シゲシゲ


ほかの人間と同じで毛が少ないな。顔なんか丸だしだ。ほかに変わったとこはない。

若い男で、中腰に前屈みで俺達に目線をあわせている。頭の髪がちょっと茶色で、目は青色で、俺達を邪険にしないタイプだな。

とても妖怪変化には見えないぞ

(まんま人間である俺だ)
(目が青色って以外は……)
(俺も青龍の光を受けたと確信できた)
俺は人間には見えないのかよ
ドーンが人間に? どこをどう見れば?
(種族の違いもあるにしろ、ミカヅキのがひとまわり以上大きいな)
俺だって人間だったんだぜ……
そんなことがあるんだな。しかも、よりによってボソだなんてな。

ハシボソの連中もいい奴なのは知っているぜ。なんにしろ人間なんかよりカラスのがいいだろ。猛禽賊にだけ気をつければ、空を飛ぶのは最高だろ? カカカッ

……。
……。
飛んでいないのか?
飛びかたが分からないんだよ。コツを教えてくれよ
そんなの教わってやるものじゃないぜ。どれくらい飛べる?

ツバメのようにはやく飛べないなんて言うなよ

まったく飛べない。昨日から歩くだけ
ジロ

羽根は痛めてないな。

ドーンはすばしこそうなハシボソだ。飛べないはずがない。飛ばないと食われるのを待つだけだ

脅すのなら飛びかたを教えろって。お願いだから
しつこいな。巣の中のひなどもだったら、くちばしでこづいているぞ。

飛ぶのは自分の力ですることだ。空を飛びたいって本気で思え。

それが嫌なら、さっさと人間に戻れ

ムッ(機関銃みたいな言い合いに紛れて、ひどい言い分だ)


俺も哲人も人間に戻りたい。でも戻れないんだよ
ないないだらけだな。カカカッ
笑うな、くそカラス。カカッ、そういや飛べたところで、もうじきお前らみたいな本当のくそカラスになるだけだったな。カカカカカ
(ドーンがキレかけている)
くそカラスになる? カラス野郎でいいじゃないか
人間の記憶が消えるんだよ。彼女の記憶も消えるってことだよ! それで終了だ
くそカラス。あきらめるな!
ビク
(俺は最後まであきらめないつもりなのに。今から始まりだと思っているのに……)

彼女って、つがいのことだな。

おたがいを忘れると思うのか? 俺のかみさんはもういないけど、あいつが人間なんかになろうが俺は抜け殻になるまで覚えている

カッ

もういい。なにも言うな。

それほどまでにカラスが嫌で人間に戻りたいのだな。それなら俺がおまじないをかけてやる。特別にだ

 
 
 カラスの突拍子もない話に、ドーンと目をあわせる。俺達を人に戻すと言うのか?
お前は異形になった人をもとに戻せるのか?

お前じゃない。名乗っただろ。

俺は正真正銘のミツアシだぞ。たしかに俺だって人間などになったら、一刻もはやくカラスに戻りたいしな

(ミツアシ……、三つの足、三本足のカラス……、ヤタガラスのことか? 神話の聖なる鳥を自称しているのか?)


仲間は他に三人いる。みんなを人に戻せるのか?


(足などふたつしかない自称ヤタガラスにだってすがってやる)

そりゃ無理だ。でも目の前にいる哲人達だけなら……?
 
 
 ミカヅキの背後に、思玲が忽然と現れる。手にした扇から銀色の光が放たれる。
あぶない! イテ
よせ! グア
 俺とドーンはミカヅキをかばおうとして、おたがいがぶつかる。

 ミカヅキはすでに上空にいた。

なにも見えなかったけどテッポーか?


カッ、俺は行くぞ。朝になる前に起きたのに、今から朝飯だからな。縁があったらまた会おうな

エッ?
 朝日を浴びながら去っていく。漆黒の羽根を鉄紺色に反射させる。


 すぐにUターンしてくる。

忘れるところだった。

かしこめよ

 駅方面から始発電車らしき音がする。あっちの世界も朝を迎えた。思玲の手もとを気にしながら、大柄のカラスが中空を軽やかに旋回する。
カモタケツノミノミコト!


なんにでもきくカラスのおまじないだ。じゃあな

 俺達に呪文らしい声をかけて、カラスは水色の空に消えていった。
……。
……。
 俺とドーンは顔を見あわせる。俺の手は見えないままだし、ドーンはカラスのままだ。
あの鴉は流範の手下か? なにかしなかったか?
 濡れた髪の思玲が来る。白いシャツと薄紺のタイトなジーンズに着替えている。
呪術を感じたぞ。いや詔刀(のりとう)

……すまぬ戯言だ。鴉ごときが使えるはずない

のりとう?
 昨夜の野良猫の話を思いだした。ノリトウだかの使い手の……、ミツアシがいると言っていた!
(今のカラスのことかよ)
大口は叩いていたけどね

フサフサの知り合いらしいです。

ノリトウの使い手の

ふっ。野良の連中か
 思玲が例によって鼻で笑う。
(テンパっている彼女は、俺の話など半分も聞かない)
かまっていられるか。哲人、護符をだせ
(……浄化するとか言ったな)

 俺は彼女のもとまで浮かぶ。握ったままのお札を渡す。思玲はそれを胸へよせてひざまずく。胸もとから赤い玉のペンダントを取りだし、お札と重ねあわせる。

 目を閉じて呪文めいたものをつぶやく。

フウ

終わった、と思う。

まあ、やらないよりはましだろう

 思玲が手をついて立ちあがる。ひたいの滴を拳でぬぐう。俺へと木札を押しかえす。
その玉はなんですか?
 四玉より小さくて不透明で、深い赤色の玉だった。
受け継がれた祖国の珊瑚だ。これを用いて、瑞希に憑りついた若い娘の霊にも消えてもらった。

私は死霊相手に護刀でなくこいつを使う。宝の持ちぐされにならぬようにな

……。

(女子高生の霊のことか。俺達が嘆くあいだも、思玲は働いていたってことか)

行くぞ。全員で集まる。

スタスタ

なにをするのですか?

(答えにたどり着かない話し合いなら、もうしたくない)

スタスタ

流範を捕える。

  スタスタ

(……なにを言いだしやがる。嘆きあうほうがまだましだ)
イテ
カカッ、それなら行こうぜ
 ドーンがやけっぱちに笑いやがる。俺の頭によじ登る。
夏だし、こっちの世界で花火をあげてやる。自分の力でな
……。
 地面には浮かぶカラスの影だけだ。俺は仕方なく思玲を追う。

 朝から日差しが強い。太陽までやけくそだ。





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