十二 ボソとブトと俺?
文字数 3,368文字
俺の素振りを見てか、毒づく声がした。カラスは鋭角にターンして空へと戻る。屋上のへりに着地する。
校舎の上は朝限定の澄んだ夏空だ。じきにえげつなくなる。
お札を突きだす。頼むから逃げてくれ。
ビク
……お札かよ。びっくりさせるな。
俺の名はミカヅキ。そんなお月さんがでていた夜更けに、殻を割って餌をせがんだ親泣かせだ。
フサフサにだまされるのを覚悟で、朝飯前にわざわざ来たぜ。そっちに降りるけど、テッポーだけはやめろよな
羽根をひろげて滑空してくる。
ミカヅキと名乗ったカラスは、朝礼台にとまるなり喋りだす。
……。
(人間って俺か?
こいつは座敷わらしと人の区別もつかない。それにフサフサの名前をだした。つまり……ただの日本のカラスか?
でも物の怪である俺が見えるし……。なんにしろ邪魔だ)
俺は妖怪だ。だからお前は飛び去れ
あいよドーン。哲人はだな……
シゲシゲ、シゲシゲ
ほかの人間と同じで毛が少ないな。顔なんか丸だしだ。ほかに変わったとこはない。
若い男で、中腰に前屈みで俺達に目線をあわせている。頭の髪がちょっと茶色で、目は青色で、俺達を邪険にしないタイプだな。
とても妖怪変化には見えないぞ
そんなことがあるんだな。しかも、よりによってボソだなんてな。
ハシボソの連中もいい奴なのは知っているぜ。なんにしろ人間なんかよりカラスのがいいだろ。猛禽賊にだけ気をつければ、空を飛ぶのは最高だろ? カカカッ
カラスの突拍子もない話に、ドーンと目をあわせる。俺達を人に戻すと言うのか?
(ミツアシ……、三つの足、三本足のカラス……、ヤタガラスのことか? 神話の聖なる鳥を自称しているのか?)
仲間は他に三人いる。みんなを人に戻せるのか?
(足などふたつしかない自称ヤタガラスにだってすがってやる)
ミカヅキの背後に、思玲が忽然と現れる。手にした扇から銀色の光が放たれる。
俺とドーンはミカヅキをかばおうとして、おたがいがぶつかる。
ミカヅキはすでに上空にいた。
朝日を浴びながら去っていく。漆黒の羽根を鉄紺色に反射させる。
すぐにUターンしてくる。
駅方面から始発電車らしき音がする。あっちの世界も朝を迎えた。思玲の手もとを気にしながら、大柄のカラスが中空を軽やかに旋回する。
俺達に呪文らしい声をかけて、カラスは水色の空に消えていった。
俺とドーンは顔を見あわせる。俺の手は見えないままだし、ドーンはカラスのままだ。
濡れた髪の思玲が来る。白いシャツと薄紺のタイトなジーンズに着替えている。
昨夜の野良猫の話を思いだした。ノリトウだかの使い手の……、ミツアシがいると言っていた!
思玲が例によって鼻で笑う。
俺は彼女のもとまで浮かぶ。握ったままのお札を渡す。思玲はそれを胸へよせてひざまずく。胸もとから赤い玉のペンダントを取りだし、お札と重ねあわせる。
目を閉じて呪文めいたものをつぶやく。
思玲が手をついて立ちあがる。ひたいの滴を拳でぬぐう。俺へと木札を押しかえす。
四玉より小さくて不透明で、深い赤色の玉だった。
ドーンがやけっぱちに笑いやがる。俺の頭によじ登る。
地面には浮かぶカラスの影だけだ。俺は仕方なく思玲を追う。
朝から日差しが強い。太陽までやけくそだ。
次回「踊り場の六人」