三十一の一 血の値段、命の値段

文字数 1,811文字

消毒しなくてよかったの?
(横根の声に目を開ける。かすんで見える)
余計なことはしないほうがいいって

(大蔵司が自分の腕に刺さった破片を取っている。……俺は後部座席に寝かされていた。まぶたが重い。

 裂かれた心臓が治癒している。切断された肋骨も、折られた指も――。彼女への感謝と畏怖を心に刻む。

 痛みさえ消えていた。でも寒いし、喉が渇くし、心臓が弱弱しい)

車が汚れちゃったね。ごめんなさい
(横根が俺を挟んで大蔵司に頭をさげる。おそらく俺の血で。吐いた記憶も。また目がふさがる)
シートごと変えちゃう。

さすがにこれは哲人君に請求するけどね。Tシャツ代も一緒に

(やめてくれ。声がだせない)
当然のようにやってるけど、あり得ないぜ。そこまでの傷は楊でも無理だ。ましてや他人の傷など――。

天珠に着信だ。静かにな

(琥珀の声がボンネットからする。車は止まったまま)
病院に行かないのなら輸血してください。一番新しいのと二番目を
(横根が俺に確認せず決断する)
OK。だったら人に戻ったら会おうね。

私の部屋で料理しよう。瑞希はお酒飲める?

俺も誘え。つまみはいらねえ。蒸留酒だけあればいい
(頑張って目を開ける。かすんだ横根と目があう。不安そうな顔だけだ)

静かにと言っただろ。のろすぎると、思玲様がだいぶお怒りだ。

輸血は動きながらにしよう。九郎、安全かつ迅速な運転を頼む

(琥珀が天珠をポケットにしまう。ちらっと見えたが穢れていた。あの言葉の仕業……)
チチチ、だったら琥珀がアクセルとブレーキをしてくれ。右肩を叩いたらアクセルだからな
……。
(フロントガラスは外郭からじわじわと回復している。俺は横根の膝を枕にしていた。足が延ばせず胎児のようにうずくまっていた)
グサッ

(腕に注射針を刺される。後遺症が起きるかもしれないけど、今のままのがおそらくヤバい。大社の医務室で処理はされているというし。

 水が飲みたい、トイレに行きたい、もうちょっと寝たい)

京、はやくクーラーボックスを閉めろ。開いたままだと運転しないからな
そうだよ。滅魔の輪が入っているのだから。折坂って人からの返事はまだ?
人じゃないって。あれ? 執務室長からだ
(人じゃない?)
お疲れさまでーす。今日もゴルフですか? 熱中症に気をつけてくださいよ
ブロロロロ……
(彼女は一分ほどで電話を終える。琥珀へとにやりと笑う)
折坂さんは私の直属の上司だけど、さらに偉い麻卦さんに相談したみたい。

で、本物だったら七十万で引きとるって

本物だよ! 思玲様に五十万……。スマホの代金も梁大人の借金も楽勝で支払える!

ペンペン

(琥珀が九郎の頭をぺんぺん叩く)
哲人は二十万だ。文句ないよな?
(どうやら俺の胸に刺さった法董の輪を影添大社だかに売るようだ。それくらいの価値だったのか。おそらくこの車の内装代に足りない。

 九郎がくちばしを挟む)

琥珀はたまに短絡だからな。書面にしとけよ。

京、USドルだろうな?

当ったり前じゃない! 私にもでっかい給料日だ!

歩合制最高! やっぱりやめるのやめようかな

ペンペ、ツル

(大蔵司もペンギンの頭を叩こうとして滑る。

 二十万ドルっていくらだろう? 一ドルが百円としても……。

 どうでもいいや。やっぱりもう少し寝たい)

哲人君は異形に触れられるよね。私ぐらい霊感強くても見えるまでなのに
(大蔵司は寝かさせてくれない)
もしかして、その青い目が異形だから?
 彼女は見抜いている。
相性がよくても触れあえる(頑張って答える)
ふうん。じゃあ私は九ちゃんとも琥珀ちゃんとも相性悪めってことだ。瑞希とも
ブオオオオオ

(大蔵司が助手席から乗りだしてくる。弱弱しく寝ころぶ俺へ挑むみたいに。

 車のエンジン音が高まっていく)

そんなことないって。僕も九郎も――
台輔、落ち着こ!
ピタッ
(琥珀の声を彼女がさえぎる。異形の車がアイドリングをストップさせる)
でも、いまは触れたりして
ビク
(大蔵司が横根の頬をさする。横根の膝がびくりとする)
ほらね。相性なんか関係ないよ。どちらかにアグレッシヴな感情が芽生えると、人と異形は触れあえる。


襲いたいとか、倒したいとか、食べたいとか

(異形だった俺もテニスコートで横根を持ちあげた。あのときの感情は、おそらく守りたいだった。ドーンと横根をアグレッシヴに守っていた)
……。
……。
(横根は顔をそらしたのに、大蔵司はまだ彼女に微笑みかけている。かわいいけど肉食獣の笑みだ)



次回「後部座席の二人」

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