二十八の四 絶対に離さない

文字数 2,264文字

 
ヒュー
(大蔵司が口笛を吹く)

妖魔を捕らえるとは、さすがは香港の魔道士ですね

(大蔵司が寄ってくる。身分を否定するどころじゃない)
……。
ブルブル
あと数分で結界は消えるから、てっきり逃げられると思っていました
(露泥無からの天珠があったから、彼女の心をロタマモは読めなかった。ゆえにあせり、俺に捕らえられた)
ガサガサ

グサグサ

(見えない爪が俺をひっかく。見えないくちばしが俺をつつく。弱すぎる。

 そのくちばしから推測して、羽根の感触をたどり、俺の手は奴の首にたどり着く)

 
 
 
……。
逃がすなよ、逃がしたら二度目はない
(琥珀もやってくる。全身に浴びた流範の血は消えていく)
お前はゼ・カン・ユの側近中の側近だろ。横根瑞希の魂はどこだ?
……。
無様だね
(俺には見えないなにかを避けながら、大蔵司が俺の横に片膝を落とす)
善き者には、もちろん無償です
(彼女が俺の体に手をかざす。痛みが消えていく?)
ドン!
ああ……
うう……
(獣人が俺へ襲いかかろうとして、バックした車に跳ねられる。結界にぶつかり、さらにはじき飛ばされる。流範は地面で痙攣するだけだ。血がひろがり消えていく)
『ホホ……。彼女の居場所は私しか知らないかもな。私を殺せば、彼女は永遠に闇に閉ざされるかもしれない』
(見えないロタマモは、俺の手のなかでなおも笑う)
断言しろ
ビクッ
闇に閉ざされると断言しろ
……。
(こいつの虚言にまどわされない。フクロウからの返事はない)
横根の魂はお前が持っている

ギュッ

 俺は絞める手に力を加える。
儀式は今夜だ。藤川匠はお前に託す
『ホ、なにをもって――』
もう喋るな

 人である俺が命じる。

 指へとすべての力を込める。見えないフクロウがさらに暴れる。奴の声帯がつぶれた。もはやヒューヒューと情けない音をもらすだけだ。

ヒューヒ…
(その音さえもついえる)
泣いてやがる。

ははは

梟さん、やっぱり哲人は怖かったな。もはや羽虫にもなれないぜ。ははは、完全に消滅だ

ぬおー

匠様…ゼ・カン・ユ様…

(ロタマモがあがく。断末魔が俺をはじき飛ばそうとする。主の名を叫ぼうとしている。俺はのしかかるように押さえこむ。見えないフクロウが動かなくなる)
まだ離すな。

体が残っている

あと五秒くらいです
(琥珀はもう笑っていない。大蔵司は冷静に見おろしている)
三、二、一…
 
ヨロッ
(見えないなにかが消えて、体が前かがみに地面へとくずれる。俺は指をほどきながら立ちあがる。あのフクロウが消えた場所になど手をあわせない)
(十字のしめ縄がかすんでいく。風をちょっとだけ感じた。流範であるはずない。ただのそよ風だ。生き延びた獣人はうずくまり、俺達を震えながら見ている)
ご心配のとおり穢れたよ
(琥珀が俺へと護符を手渡す)
心を消さないと、仲間だったものを倒せるはずないだろ。偽りだったとしてもな
(護符が穢れるからと、琥珀を怒鳴ったわけではない。俺は地面に転がる風の残骸を見る)
ゼーゼー
 流範は正午の太陽に照らされたままだ。黒い血が地面に流れて、蒸発するように消えていく。
もしもし、影添大社の大蔵司です。遅れて申し訳ございません
(軽自動車のハッチバックを日陰にして、日本の魔道士らしき女が電話をしている)
フラッ

流範も人間だった

だから?


ドロシーがよく言うだろ。だから?

“だからなに? 私が守る、へへ”
ヨロヨロ

(分かっている。終わりにしないと)

それがですね、皆様のお連れとお会いしまして。

場所は分かりませんが、人間と小鬼です

クソゥ、クソゥ
羽根は両方つぶしたからな。こうも太陽に照らされていたら、復活しようもない
分かってる

(琥珀がうごめく流範を見おろす。人間である俺にだって日差しは容赦ない。両膝に手をつく。せめて木に寄りかかりたい。のどが干あがっている。血の抜けた体に力は残っていない)

もうとどめを刺す必要など――
だったら、じっくり死なせるのだな
(どちらも選べない。でも横根を探さないと)
あなたはお嬢ちゃん? ふたりはね、さっき梟を消したんだ。いまはね、誰が大鴉にとどめを刺すかでもめている。


どっちも強そうだったよ。そうじゃなきゃ真っ昼間から現れないよね。なめちゃったんだよ、きっと

オイデ、オイデ
(大蔵司が荷台に腰掛けながら俺を手招きする。ふらふらとたどり着いた俺へと、端に寄ってスペースを開ける)

ヨロッ

(腰かけた途端に目がまわる。彼女に寄りかかってしまう)
電話にでるの無理っぽいね。


うん。そろそろ倒れる。でも輸血はいつも車に積んであるから、RHがマイナスでなければ心配しないでね。


ムカッ、陰陽士と呼ぼうね。日本の魔道士イコール陰陽士。分かった?


お代なんて安くしとくよ

大蔵司は俺を受けとめている

この国にも力のある奴がいたんだな。


もういいや。哲人、護符をよこせ

(琥珀は流範の上に浮かんだまま言う。

 琥珀にやらせるわけにはいかない。俺が終わらせないと)

ヨロッ

(また立ちあがる。太陽は無慈悲にすべてを照らしている。穢れた護符を握ったまま、うち捨てられた大カラスに向かう)
…来るな
 俺の腕を裂き、顔を焼き、背骨を砕いた、人であった異形を見おろす。
流範……
 声が続かない。黒いボロ布のかたまりの前で崩れ落ちる。
 流範は俺に片目を向けるだけだ。太陽に赦しを請いたい。琥珀が困惑した顔をそらす。はやく終わらせないと。
松本君……
え?

(背後からの声に振りかえる)

……。

 ロタマモが消えた場所に、横根瑞希が立っていた。





次章「3.5-tune」

次回「弔いの祈り」





再開は1月1日21時からになります。

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