十二の一 忌むべき祭り

文字数 2,780文字

おととい来やがれ
老祖師を連れてくるからね、ふん! 嘘だけど
(大カラス達は捨てセリフを残して去って行った)
ウウ…

こっちにおいで

(俺は無意識にリクトを呼ぶ)

ソー
フサフサ、逃げるなよ。思玲とドーンを頼む
ふん
ふん
ふん
(フサフサが闇空をにらみながら階段の下に向かう。ドーンのしめ縄を無造作にほどく。しめ縄は消えていく)
ゼーゼー…タフな体が欲しい
寄こせ
(帽子をかぶりなおした思玲が、ワンピースの裾をまくりながら階段を降りてくる。ぐったりとしたカラスをフサフサから奪いとる)
ゴッド、ブレス、アス……
冇事(モーシー)、シノ
(シノが人の言葉をつぶやき、胸に十字をえがく。アンディが彼女を強く抱く。……彼の片目はふさがれて血が流れていた)
…パパ、ママ、月かそけきな人の灯りなき夜にだよ
(ドロシーは立ちつくしている)
『ホホホ、哲人君。これは偶然だ。お前がこの世界に戻ってきたうえに護符を手にしたことは、なんら関係しない』
(ゆったりした誘う声が闇に聞こえる。なにも知らない草むらの虫とヨタカが鳴くだけだ)
ウウウ……
(血の色に照らされた猟犬が俺の横にはべる。闇へと低くうなる)
『前夜祭に鉢合わせるとは、あいかわらず不運だな。キキキ、おとなしく横で見ていろよ』
アンディ様
シノ様
(斑風が主達の前へと歩く。腰をおろし、背に乗るようにうながす。土蛸の残された足がシノ達のまわりのオベリスクとなる。……これが偶然であるはずない。護符をもつ俺と立ち会った、みんなこそが不運)
ドロシー、こっちへ来い
 アンディが呼ぶ。
タッタッタッ
ニギッ
(なのに彼女は俺のもとへ駆ける。無理やり俺の手を握りしめる)
君達は、なにと関わっていたの
(彼女の手が汗ばんでいく)
クラシカルな西洋の言語が心に伝わる……
(たしかに、そんな内容を端折って聞いた。でも東洋の式神が逃げだす存在とは)
『契約に関わる者がいるから、残念ながら姿を現せない』
(眠たげなほどの声が誘う)
『用件だけ言わせてもらおう。――成熟前の姿に戻りし王思玲よ』
(女の子が、血の色のスポットライトにさらに濃く照らされる)
『松本哲人が隠すものを奪ってくれないだろうか。これまた残念だが、祓いの者に見返りはない』
な……
(……使い魔が求めるのはドロシーのリュックのことか? あの中には)
誰が妖魔の言葉に従う
 思玲が目をかざしながら強く言う。
『ならば見せしめだ。ロタマモ先生、さえずちゃってください』
血の色の闇がひんやりとする
『あーあーあー、久しぶりだから緊張するな』
(ロタマモと呼ばれた奴が声の調子を整える)
『まずは魔獣の気を散らさせる蛸坊主からにするか』
え?
おい…もしかして
 
ディ、スワリアクスコノゾ……
ブルッ

(声として不快な言葉を連ねる)

全員、耳をふさげ!
いにしえの呪いの言葉だ! 心で歌え!
ひい
くそ、♪♪♪
 アンディとシノが手を耳に当てうずくまる。思玲がドーンの両頬(耳?)を挟んでぶらさげる。
歌って!

(俺もリクトの耳をふさぐ――)

聞いちゃダメ!

♪♪♪

(ドロシーが俺の耳をふさぎ、異国の歌を声にだして歌う)
『思玲。話をちゃんと聞けよ』
あん?
(甲高い声が呼ぶ)

『八千男を見ろ。ピンポイントだろ』

!!!
があああ
ああ……
 
(地上に姿をだした土蛸が、残された四本の足をばたつかせもだえていた。またたく間に溶けだす)
八!
…………。
……。
ハッ
スーリンじゃ無理さ

 シノの悲鳴があがる……。フサフサが思玲の手からドーンをひったくる。

ゆるせない!
(ドロシーが俺の耳から手をどかす。足もとの銃を拾うなり、)
滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅、滅、
(空へとやみくもに掃射する)
キキキ、当たらねーよ
夏梓群(シャツゥチン)。英名はドロシー。世にも稀なるサラブレッドの娘……』
ビクッ
『本当に稀少だぞ。その力は本来遺伝しないからな。前例など、あの頃の奴らさえ忘れた大昔だ』
…ナニモ、イワナイデ、クダサイ
(ドロシーが銃に術をリロードしかけてやめる。宙を怯えたように見る)
パッ

松本、耳が痛い、離せ

おいおいドロシーちゃん……


使い魔め、まどわすな!

『ホホホ、か弱き少女達に必要あるものか。ともかく梓群よ、うらむ相手が違う』
(この声はどこから聞こえてくるのだ)
『そして気高くか弱き思玲よ。今回ばかりはうなずいてもらいたい。犠牲を増やしたくない』
梟め、ふざけるな!

ジロッ

へ?

(そう言って思玲はなぜか俺をにらむ)

お前が契約したせいだ。貴様がなんとかし――。

私もともに歩むと言ったな。

だが私は耳をふさぐ。妖魔の依頼など断る!

なにも覚えなし

(少女は野球帽を投げ捨てる)

『お前はそう言うよな』
(人をさげすむ甲高き声)
……。
もうやめて……
『ロタマモ、アンコール!!!』
(笑い声に続き、また不快なさえずりが聞こえる)
きょっ
斑風!
アンディ様――
 
(アンディの悲痛の声が響く。彼が首へと抱きつくまえに、巨大なタカがもだえながら溶けていく……)
ああ……
(アンディもへたり込む)
……ギュッ

!!!

(ドロシーがまた俺の手を握る)
『キキキ、残った異形は、契約相手を除外すれば三匹だ。次はどれかな? カウントダウンしてやろうか』
サキトガ……
 思玲の声が弱まる。俺だって、こいつらをゆるせない
奴らはどこだ。探せ
ボス……
 手負いの獣に命ずる。獣は戸惑うだけだ。うす曇りの闇が林を包むだけ。
『哲人君、教えておこう。私達に関わるのは、現在進行している契約に抵触する。そもそも、その魔獣でも見つけられまい』
(ロタマモのいやらしい声)
『思玲よ。哲人君だけ逃そうなどと心に思わないでくれ。ならば、残りの全員が消える』
え?
そんなこと思ってない! ……箱を持てばいいのだな
……。

(思玲が力なく言う)

だが、わが命に代えても貴様達には渡さぬ
(思玲が俺へと歩いてくる。怒りを飲みこんだ顔も愛らしいままだ……)
 
(ドーンを抱えたフサフサはいなくなっていた。どこに逃れても無駄と、妖怪である俺は感づいている)
『ホホホ、思玲よ。強きお前にそれ以上を望めるものか』
妖魔め、姿を現せ!

(アンディが吠える。キョキョキョキョと、あっちの世界のヨタカが鳴きかえすだけだ)


くそぅ……

哲人、すまぬ。私は弱すぎる
(思玲が歯を食いしばりながら言う)

そんなことはないよ

和戸も川田も殺されたくない。

野良猫さえも

……ありがとう

(この子が耐えるのなら……。俺はシャツからだしたリュックを思玲に手渡す)

ギュッ

ボソリ

王姐、泥だらけ。すり傷だらけ……
くそぅ

(隣でドロシーが涙をこらえている)

『梓群、泣いている場合じゃないぜ。次はお前に依頼するのだからな』
(聞きたくもないサキトガの声がする)
『四玉の箱を思玲から奪った拍子に地面へ落とせ。そしたら「誰か拾って~」と泣き叫べばOKだ。キキキキキ』
…………。
キョキョ――

 ヨタカさえも鳴きやんだ。





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