二十二の二 わたつみの玉

文字数 2,003文字

チリチリ

フワフワ

 草鈴が聞こえて、そちらに向かう。
……。
 大学の手前で早々に思玲と合流する。
車を使わせてもらったが、右ハンドルは不慣れゆえここまでにした。傷をおった身で結界をまとうのは厳しすぎる

ハラリ

……。

(車を奪った経緯など聞きやしない。すぐに四人合流できたことを喜ぶだけだ)

カカッ、やっぱお前達は目立つな。で、呼ばれた理由は?
スイスイ
哲人を呼んだだけだ。お前達までいたら目立ちすぎだ

ウケトレ!

ヒュン
キャッチ!
 思玲が草鈴を投げる。インコがくちばしでキャッチする。
はやく戻れ。
さすがにひどくね
 二羽は連なり去っていく……。
(たしかにインコとカラスと狼がいたら目を引くな。そのうちの九割は狼だけど、結界に頼りきりなのがよく分かった……)


思玲、それは

非常事態ゆえ拝借するだけだ
 思玲が荷台にあったロープで、狼に仰々しいひもをつける。

フワフワ

ごめんなさい

 俺は浄財の一万円札を何枚かワイパーに挟む。二枚だけ服の中に残しておく。

ハア…
……。
 横根に触れたが猫の感触のままだ。もしかしてこのまま白猫になってしまうのかと、また不安になってくる。
こんなのこそ悪目立ちだ
 自分の首に直接結ばれた黄色と黒の太いロープを見ながら、川田がぼやく。
まとう結界って奴を俺にだけかけろ。引きずってやるから
……。
(片目になった狼はすごみを増している。思玲も小馬鹿にしない)
人に当たれば弾き飛ぶ程度を試してみるか
早くかけろ
グ…
重いだろ。私がまとっていたのはそれの数倍だ
へでもない
(強がる声が聞こえる。やけに音漏れする結界だけど、動けるみたいだ)
人にだけはぶつかるな。身が露わになるぞ
外が見えるから心配するな

コソコソ

(なにもないところから狼が現れたら、誰だって卒倒する)

フワフワ

……。

 思玲に破壊された正門は封鎖されていて、通用口だけが通れる。夏休みの土曜であろうと理工学部の院生は休みなしみたいだが、警備員との押し問答を見ると入場制限されているみたいだ。


 俺達は信号脇から頃合いを見さだめる。人の目に見えているのは、目つき悪く周囲に気をくばる思玲だけ。俺だけなら校内にいけるが、彼女が来るまでは横根をおもてにだしたくない。彼女も川田を見守っているわけだし、一緒に残ることにする。

チッ、

いつまで待っても人が減らぬ。



瑞希はどうだ?

息がまだ荒いです。あまり変わっていないです

 フサフサの言うゴンゲン様をでても、横根の人としての気配が伝わってこない。木札もまだピリピリしている。血に穢れた異形とずっと同じ場所にいるからだろうか……。

 血は消えていた。思玲が押しつけていた赤い玉のおかげか?

あの珊瑚はなにですか?
海神の玉(ハイシェンイー)と呼ばれる。代々の女道士に受け継げられし宝珠だ
……。
……。
……。(説明終わりか?)
……。

……。

祈りと癒しの玉だ。私のごとき生半可者でも、慣習ゆえに持つことを許された

その玉が効かなくなって、瑞希ちゃんが苦しみだしたのか?
わあ!

(川田の声だ。結界は存在を忘れさせる)

効くもなにも、あれがなければ瑞希は消えてなくなる
どういうことだ?
珊瑚は瑞希の体の中にある。瑞希の心臓の代わりになっている

(そう言えば、彼女の体に包帯を巻くときに見かけなかった……。ちょっと待て)


そ、それって、どういう意味ですか?

今さらなにも隠さぬ。瑞希は一度死んだ。桜井の情念があふれかけたので、いにしえの海の力が詰まったあの玉を、傷口から奥へと差しこんだ。

今後は私のことを妖術士とでもなんとでも呼ぶがいい

(理解しづらい事象を、思玲は目を合わせぬまま一気に言う)


横根は生きているのですよね?

抱えているお前が一番分かるだろ。――川田、好機かもしれぬ
 正門へと目を向けると、近辺から人間がいなくなっていた。
あの木に行けば、瑞希ちゃんは元気になるのか?
魂は身体に残っている

(この女はみなまで説明しない。……カラス風に言えば、抜け殻になっていないってことか。ならば)


川田、行こうぜ

分かった


コソコソ


ガムを踏んだ

ぼやくな……。

(また学生達が通用口に向かってきた。若い守衛がおもてにでたぞ)

事件ガアッタノデ、学生証ヲ見セテクダサイ
夏休ミニ持チ歩カネーヨ。アプリニシロヨ。コノ学校オクレテルンダヨ
ソレダト入校デキマセン
傲慢スギル。オ願イシマス

ちっ、しつこい連中だ。

川田、触れるなよ
 思玲が人の耳には聞こえない声をかける。扇を握りしめながら通用口を見つめる。川田はすでに門のあたりか。
無理するな。右に寄れ。休むな、もうすこしだ。……よし、そのまま裏へ向かえ

パサッ

哲人も来い
 扇で頭上に円をえがき、おのれの姿をかき消す。
(周囲に気をくばってから消えろ)


横根、学校だよ

……。
……。

フワフワ

 おなかへ声かけても返事などない。詰所の時計を覗くと四時近くだった。
(あれから丸一日たったのか……。あと一日しか、もとい、まだ二十四時間もある)

フワフワ



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