二十九の一 弔いの祈り

文字数 2,843文字

3.5-tune



……。
(空色のワンピースを着た女の子が、髪をおろしたままのうす汚れた顔で俺を見ている。俺は立ちあがる)
信じていたよ
(横根の目から涙があふれる)
松本君がきっと助けてくれるって

ガバッ

わあ
ぐえっ
(飛びこんできた横根を受けとめられるはずなく、大カラスの上に一緒に転がる)
白猫か。

ウウ…

みんな生きてやがった。くそ

ウウ…

(大カラスには俺達を押しのける力も残っていない)

ご、ごめん…………!


……。
(横根が俺を起きあがらせる。浮かぶ琥珀に気づく)
あれは……ガシッ
(青ざめた顔でまた抱きつかれる。……俺は彼女に身を任せながら知る。横根は人でないと)
スーリンちゃん、たてこんできたからかけなおすね。昼間から幽霊みたいのまで現れちゃって
(大蔵司が電話を終える。俺達へと)
その鴉は一旦あきらめて、後日当社で封じましょうか? 基本料金は税抜きで四千八百万円になります。通常納期は三十日前後。

私は歩合制でもあるので、しみったれていて申し訳ございません

台湾への基本報酬は二十万ドルだったぞ。半分も中抜きしていたな。


こいつに血だけ恵んでくれ。支払いは魔道団もちだ、ってあぶないな

……。
(横根の投げた石を琥珀が避ける。横根でなく俺をにらむ)
昼間だから、そんなのでも当たると痛いんだよ。僕のことを人間くずれの瑞希ちゃんに説明しろ

(八月中旬の太陽が空き地に逃げ水を湧かしている。横根の体はかすかに透けている。俺も立ちあがり、すべきことをぼやけた頭で考える。

 まず水、そして横根への説明、横根へのお詫び……。それと水、夏奈を迎えにいく)

松本君……
そいつは思玲の式神。つまり味方


敵はこっち

…松本哲人め

(大カラスは体をなおも裏がえして、両方の爪を向けている。姑息な俺は流範の頭の後ろにまわる。顔を覗く。俺と横根への憎しみしかなかった)

ヨイショット

ぐえっ
 折れたくちばしに体重を落とす。
横根、あっちを向いていて
……。
ヨロッヨロッ
…流範
……。
ぎっ
 両手で護符をもち、流範の首へと刺す。羽根が地面を叩き、爪が中空を裂く。俺にはどちらも届かない。あえぐくちばしがもげかけて、根もとに尻を寄せる。
……。
 容赦のない日差しの下、横根が俺へと歩む。
来るな!
 あの若者の魂を、彼女に見せたくない。
……。
……。
(なのに横根は俺の隣にしゃがむ。彼女の両手が俺の手を包む。彼女に押されて護符への力が強まる)
(これは……。木札が白く輝く)
……。
私には憎むべきものがいます。

許せないものもいます。……そいつが苦しみ消えるのを見届けます。消え去るものが、なおも私達の怒りや悲しみを引きずらぬように

…ああ
(横根の赤いペンダントは濡れたように光っていた。流範が溶けはじめる)
私達の憎しみは晴れ、死にいくものは苦しみを引きずらぬために
 大カラスの残滓がみるみる消えていく。太陽が二人を照りつける。
弔いの祈りかよ。


存在は聞いていたけど……

(琥珀は神妙な顔だ……!)
……。
 
……。
(異形の消えた地面から、あの青年の魂が浮かびあがる。きょろきょろと見わたし、俺と横根に気づく)
にかっ
 

(目を細め、口を横にひろげる。

 俺達へ満面の笑みを授けたあと、空を見あげて消えていく)

さすがは魔道団ですね。

パチパチパチ

では出発しましょう。シノさんやスーリンちゃんのもとまで乗せていきます

ブロロロロ……
……。
(横根は俺の手を一度だけ強く握り、そして離れる。俺は地面に刺さった護符を抜く。穢れは消えていた)
ごめんな。俺もだからゆるせよ
 琥珀が流範が消えたもとへなにかつぶやき、自動車へと去っていく。たぶんだけど、誰もが救われた。







シャカシャカシャカ♪
ひいい

(ピンクの軽自動車の後部座席に転がりこむ。血みどろのシャツを脱ぐと、クーラーがさらに寒い。血まみれのパンツも脱ぎたい。あいみょんは嫌いじゃないけど、いまはうるさい)

♪♪♪
 大蔵司が俺の腕をアルコールで拭く。
私はO型なので、A型のあなたに輸血可能です。病気はないのでご心配なく
(彼女がクーラーボックスを開ける。ドライアイスの煙がたつ)
本来ならば抜いた血の賞味期限は三週間ですが、私の血は元気っぽいので三か月は大丈夫と思います
(賞味期限でなく使用期限だろ。忌むべき世界に関わる者が言うとうすら寒くなる)
根拠は?
だって私は毎週400CC抜いても平気ですし

どれにしようかな?

(十数個のパックから、どれが一番古いかなと吟味している彼女から後ずさる。そんなものを体に入れさせてたまるか)


お、俺も平気だから。それよりも水を

(彼女の飲みかけのペットボトルを一気飲みする。ぜんぜん足りなくて、また目がまわる。体が脱水&脱血だ。妖怪の体より、はるかに繊細)
ハアハア
(人の目に見えない異形のくせに、横根が汗だくで戻ってきた。人の目には浮かんだ釣り銭を渡される)

スポーツドリンクとトマトジュース。

こっちのがいいよ。絶対に

 ふたを開けて渡される。

(心配そうな彼女に見守られ、両方とも飲みほす。ちょっとだけひと息つけた。ようやく自分の体を確認する。パンツは裂けたままだが、体に傷は残っていなかった。

 大蔵司が手をかざしたおかげだろう。張麗豪や楊偉天がおのれへとかざし、傷を消したように。アルコールとタオルを借りて体の血痕を消す)

ガクガクブルブル
封印しなくていいのですか?
ああ
だったら、お代は半値にサービスします。魔道団様への請求にくわえればいいのですね
 獣人男を縛っていたしめ縄が消える。
逃げていいぜ。シーユー
タッタッ
(四つん這いのように駆けていく白人の男へと、琥珀は人差し指と中指をくっつけて口もとから放す)
手負いの獣がいるらしいな。

だったら印なんてかすかにあればいい

プルル…プルル…
(シノからの電話にでられない。琥珀に思玲へ連絡するよう頼む)
御意

御意

(主従の会話はすぐに終わる。向こうは変わりないようだ)
飴がある。銀丹(インタン)というらしい
(琥珀がリュックの外ポケットに手を入れる)
造血作用が気休めほどあるそうだ。シノが説得してくれたから、哲人が舐めてOKだってさ
(そう言えばビー玉ほどの飴が紙に包まれていた。それならばいただく)
“……。”
(……説得したということは、ドロシーは俺に渡すのを拒絶したのか? 彼女になにか悪いことをしたっけ? 単独で海を目ざしたからか)
うーん、うーん
幽霊もどきちゃん、無理しなくていいよ
(大蔵司が運転席から乗りだして、ドアの重さに苦戦する横根に言う)
台輔にさせるから
バタン!
(ドアがバタンと閉まる。彼女が横根へにんまり笑う)
……やっぱり私は人ではないのですか?

ウルウル、ジー

男受けしてたでしょ?

ツルリ

(大蔵司が横根の頭をなでようとして、ふわりと滑る)
なにがあったか知らないけど、まったく人ではなさげ
……。
(横根がうつむく。俺はなにも言えない。大蔵司がサングラスをかけて前を向く)
台輔、飛ばすよ!
モタモタ
(俺達を後部座席に乗せて、ピンク色の軽自動車がもたもたと動きだす)



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