二十五の一 改竄されたとしても

文字数 2,860文字

『松本君がなんで藤川を知っているの? ……彼、なにかやらかしたの?』
(小声で逆に尋ねられる。知らないと言われるのを覚悟していた。どう答えるべきだ)
も、もう一人聞いていい? 桜井夏奈って知っている?
哲人の頭は落ち着かねえ
(九郎が頭から離れる。俺のセリフだ)
『それ誰? おばの苗字は桜井だけど』
(こちらは予想通りの返事が来る)

だったら藤川匠を教えて。俺はよく知らないから

 脈絡がなかろうが押しとおす。
『ちょっと忙しいからあとでラインする』
いま聞きたい
『すぐにかけなおす』
(電話が切れる)
女の子が相手だと堅苦しそうで絶妙だな。

そうそう、ドロシーかわいかっただろ?

(浮かんで聞き耳を立てていた琥珀が話しかけてくる)

うん。かなりかわいい

僕の好みは、ドロシー、瑞希ちゃん、思玲様、桜井ちゃんの順かな。あれでウザくなければな
あの女は、かまってちゃんだからな。

俺が知っている美人の順位なら、京、ドロシー、思玲様かな

(どちらも自分の主が三番目かよ。異形の好みに興味はない)
でも九郎。子どもであられる思玲様はかわいかっただろ
(琥珀がにやりとする。俺は国道を右に曲がる。二十分も歩けばJR駅につく)






 

テクテク

(ブドウ畑に住居が点在する二車線。県外ナンバーがややめだつ。

 シノから使い魔やゼ・カン・ユのことを聞きたいが、こみいった話になりそうなので三石からの連絡を待つ。……そうだ、お礼を)

琥珀。東京ではありがとう。……助けられずにごめん

(俺はこいつを見捨てた。ドーンと横根を守ることを優先した)

我が主からの下命に従い動いただけだ。礼も詫びも思玲様に伝えろ
(小鬼は素っ気ない)
それより、哲人が寝ているあいだに貉をちょっと尋問した。大嘘だと思ったが、ほんとに沈大姐が現れたんだな。

ドロシーはキレなかったか? 香港と上海には軋轢があるから。


百年ほど昔どこかの国が大陸を支配したときに、その軍隊があまりに悪辣だから、香港の魔道士達が決起しようとした。それを上海の連中が嗅ぎつけて、大陸の魔道士を集めて魔道団を押さえこんだ。

それ以降、魔道団は不夜会を憎んでいる。これが、復讐の誓いの基だ

“魔導団を代表して言う。上海の要望を認めない”
チョコチョコ

(セキレイが飛びたちもせずに前を歩く。こいつも異形かと、すべてに疑心暗鬼になってきそうだ)


術や式神を使えば、軍隊なんか簡単に倒せるだろ。

国を開放するためだろ? それは香港の人が怒るに決まっているよ

(三石から電話が来るまでの時間つぶしだ。彼女のすぐは、すぐではない)
魔道士は人の世界に関われないんだよ。自発的にそうしている
(琥珀の弁に熱がこもる)
でも洋の東西を問わず、その力を用いて現実の世界を支配しようとした人間は存在した。

……あさましき者どもはあさましき魔物に憑りつかれるのが常だった。紅蓮の炎に消えるか、白魔にすべてを失うか……、

そういうことだ。魔道団はその覚悟で蜂起しようとした。それをとめた上海がただしいと、僕は思うね

……。

……。

(こいつはこんなに見識があったのか。さすがは楊偉天が傍においた小鬼だけはあるな――。

 問い詰めることがあった。でも、まだペンギンが浮かんでいる。ツバメと思うのは無理がありすぎる)

九郎、そろそろ露泥無を追えば?
哲人に言われるまでもねえ。お前らの小難しい話を聞いてられねえしな。癪だが貉を抱えてやるか
俺の本領を見せてやら。おおよその場所さえ知れば一刻もかかんねえ
 
 
(ペンギンが風を残す。速いというか消えた。入れ替わりにスマホが鳴る)
『ごめんね。まだ帰省中だから、お婆ちゃんもお母さんも横にいてさ』

(三石が話しだす。外からのようだ)

俺こそ急かしてごめん

『さすがに近所の話をしづらいわけ』
(ほんとかよ。いきなりゴールが見えた)

そうなんだ

『で、松本君がなんで藤川を知っているの? あれはいまどこにいるの?』
(そう簡単にはいかないか)

地元の知り合いの知り合いの知り合いらしい。

よく知らないけど、トラブルがあったらしい。それで俺も聞かれて、三石が松本出身だから知っているかなと思って。匠ってのは、どういう人なの

……。
(流ちょうな大嘘に、琥珀が呆れていやがる。温泉ランドを過ぎる)
『こっちにいるときから、トラブルだらけだよ。松本君は関わらないほうがいいと思うけど』

そうなんだ

(俺はすでに関わっている)

『藤川匠は私の同級生。遊んだ記憶なんてほとんどない。複雑な家庭だったから、親からも言われていたし』

ありがとう。俺も忙しいからまた連絡する
『マジで近寄らないほうがいいよ。よくない噂ばかりだから』
(彼女はかすれた声で最後に言い残す。三石との電話を終える。)
…………。
 信号を渡る。十分以上歩いたのに、いまだ歩行者とすれ違わない。
“……。”
(藤川匠は小学五年生のときに、三石の実家のすぐ近くに越してきた。家族は父親だけで、兄弟は母親が引き取ったらしい。父親は畑や現場の手伝いで日銭を稼ぎ、昼間から酔っぱらっていたという。

 中学生になっても匠は華奢で小柄だったが、不良グループのリーダー的存在になっていった。男の子達の噂によると、喧嘩にナイフを使ったとか。彼女とちがう高校に入ったが、すぐに中退。

本来ならば、絶対に関わりたくない人間だ――)

 そこで彼女の記憶の改ざんが、すこしだけ挟まった。
『誰だったかな……。とにかく、そのころ仲よくしていた子がいてさー。それと夏休みのころ、一週間ぐらい毎日遊んでいたわけ。高校一年生の、今ごろの季節。

 その子が藤川となかよくなっちゃってさ』

……。
 
(その子とは、おそらく桜井夏奈)
『あいつは女の子関係でも非常に良くない噂ばかりだから、私の母親とかが死ぬほど心配して』
(夏休みに遊びに来た親戚の娘が、地元の不良と懇意になったらそうだろう。周囲の目によるためか、二人の関係は橋から川を見おろして話したり、河川敷の公園でならんでアイスを食べたりと、かわいいものだったらしい)
“またね。約束だよ!”
“ああ”
 ……夏奈が千葉に帰ってまもなく、藤川匠の行動はがらりと変わったそうだ。

その子はそれからも匠と会っているのか?

(メールアドレスは知っていた。傀儡のときに連絡したようだ)

『え?』

その子は、匠のことが好きだったのか?

(同じ年の従妹なら聞いているだろ。三石はしばらく黙りこむ)

『……ごめん。ちょっと頭痛がしてきた。それに、思いだそうとすると』
“花蓮!”
(彼女が嗚咽しだす。ねじられた記憶の向こうに、夏奈の笑顔が浮かんだのだろうか。これ以上、彼女を追いつめられない)
“……。”
 藤川匠は二学期から定時制高校に入学しなおし、日中も建築現場でまじめに働きだした。でも三石が成人式で聞いた噂によると、最近はまたあやしい奴らと付き合うようになった。会社もやめて、誰にもいうことなく行方不明になった。
(それが今年の一月の話。以降の足取りを、彼女が知るはずなかった。父親は更生施設にいるらしい。手がかかりをピンポイントで当てたのに、たったこれだけしか知り得なかった)



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