十一の二 前夜祭の始まり

文字数 2,700文字

あいつらだけは何があっても食い殺すが、警戒して降りてこない
……。
……。
だから俺は隠れるぜ。さっきの神社で合流だよな
 
(リクトは言うなり林に飛びこむ。人も異形も恐れる気配が消える。こいつはひそむすべも覚えた)
ぬっ
わあ

(目のまえに土蛸が巨岩のようにぬっとでてきて、極めて驚かされる)

灰風達と大鴉の戦いを見ましたが、鴉の一羽は速く鋭く、もう一羽は結界をまとっています
ジーザス……
お二人は林にお逃げください。私はこいつと囮になりつつ社に向かいます
(なんで俺もだよ。……まずまずの案かも。タコのくせに賢い奴だ)
だから? 社はもうすぐだ
(賢いはずのドロシーが告げる)
松本、行こう

ギュッ

(俺の手を握り駆けだそうとする。人のぬくもりが伝わる。ついさきほどまで泣きじゃくっていたくせに……)
パッ(俺はその手を振りはらう。最善の策を思いついた)


八も林に逃げろ

俺だけ囮になる
 俺は空高くへと浮かびあがる。薄雲に星は見えない。人の明かりが遠く見える。
化けカラスども! 松本哲人だ!


(空へと叫ぶ。……リクトと同じだ。こいつらの存在を知り、俺もうずいている。妖怪のくせにアドレナリンを感じる)

お前らなんか何度でも倒してやる!
 そうだよ。俺は奴らを何度も倒した。だから奴らは俺を狙う。








 まず声が聞こえた。

あれっ? 小さいな。……カカカッ、でもあいつだ
(おさなげな声。姿は見えない)
流ふぁーん! タカをいじめるのは終わり。人間もどきがキジムナーだよ!
(なにを言ってやがる……。ついで風を感じる)
竹林、まだつつくな!

護符があるかもしれない

(落雷のごとき声。

 風が俺を遠巻きに巡る。俺を警戒している)

そうだ! 俺には護符がある――
(叫んでから思う。あきらめて彼女達が狙われるかも)
嘘だ! 俺はなにも持ってない!
あいかわらず姑息な野郎だな。引っかかるか
(風が下へと去っていく)
こいつはあいつに任せる。まず猛禽の野郎を消す

ビュン!

大燕は見かけた?
(空間が邪気なく尋ねてくる)
穴熊がいなくなって残念だね。カカカッ

(笑いが遠ざかる――。

 きわめて拍子抜けだが、目視できなければどうにもならない)

(――静かすぎる山。ヨタカだけが鳴いている。お婆ちゃんに教えてもらったから、この鳴き声は知っている。……俺の相棒のカラスはどうした? 別れてから長すぎる)
ドーン!

(叫んでも、こだまは帰ってこない……。

 ドーンならば大丈夫と勝手に思いこんでいた。不安がずしりと背中に乗って、首の痛みを思いだす)

(思玲の声がかすかに聞こえた! 憂いがひとつ消えた)
林に隠れて!


(叫びだけ返す。

 お天宮さんはどこだ?)

(……人に見えぬ街灯がぽつぽつと林道を照らしていく。ドロシーは林に逃げなかった)
サアッ
ドロシー!
(その明りへと大タカが降りていく。人が背に乗っている)
哲人!

!!!

(後方の薄らぐ明りのなかで、フサフサが手を振る。少女を肩車するおばさんは、笑顔で走れるほどに元気そうだ)
くっ
 その上空で大タカが風によろめく。人が落ちかける。

ドーン!

(俺はすべてを追い越して、術の明りのさきを目指す。杉林が雑木林となり、森と化す手前に赤い屋根を見つけた)

ドーン

(石鳥居の上に立つ)

哲人……
(弱々しく声がした)
(ご神体からだ。急な山道の上をふわりと進む。……小さな石祠のまえにカラスが転がっていた)
(人の目に見えぬしめ縄で、ぐるぐるに巻かれている)
つついて漁ったら怒りだした
(ご神体をゴミ袋みたいに扱うな。あきれる場合ではない。祠へと手を合わせる)
俺のだいじな友達です。どうかお許しください
(腕ぐらいあるしめ縄をほどこうとする。びくともしない。カラスごと持ちあげようとしたら、)
シャー
(縄のさきが蛇のように威嚇してきた。

 護符どころではない)

……ドーン、すごく怒っている
だろうね
もうすぐ香港の魔道士が来る。どうにかしてもらおう。思玲とフサフサも来るし


(フサフサがいざこざを起こさなければいいのだけど。俺が築いた信頼関係が瓦解する)

…………。

(思っているそばから掃射音が聞こえた)

痛くはないのだろ? もう少し待っていて
マジ?
(ドーンに言い残す)





 

ストン

(駐車場を兼ねた狭い広場に着地する。まだ誰もいない――)

バサリ
わあ

(ばさりと大タカが降りてきて、風圧に転がされる)

(その背から若い男が飛びおりる。起きあがった俺に気づく)
挟撃のつもりか!
わあ!
 振るった扇から、青い光が矢のように幾重も飛んでくる。立て続けに食らって地面に打ち伏される。シノの光よりはるかに痛くて目がくらむ……。
(おが屑のように柔らかい土が衝撃を吸収してくれた。ここにクワガタの木が立っていた)
カカカ、あんな光も避けられない
(闇から楽しげな声がした)
くそぅ
流範、キジムナーは護符をもってない
(この声は竹林。護符がないのがバレた……)
人間もどきだろ!

ひっ

(風切り音が向かってきた)
ふん!
(俺の手前で巨大なタカが風へと首を振るう――。大カラスが神社へと激突する)
ぐはっ
(……熊ほどもあるカラス。こいつが流範か?)
境内が白昼と化した
松本、伏せて! 滅!
(俺の頭上を薄墨色の光が乱れ飛ぶ)
パリン!
わあ!

(空間が割れて、眼前にカラスのくちばしが現れる。ようやく俺は屈む)

いたたた
(中型犬ほどの大カラスが上空へと逃げる。……こいつが竹林)
あさましい大鴉め
(ドロシーが弾倉をはずしながら叫ぶ)
フッ

我が目は結界を見抜き、我が術は結界を打ち破る!

カシャカシャ


……あれ?

(彼女は弾倉に息を吹きかけてセットしなおすと、神社へと銃口を向ける。大カラスはすでにいなかった)
ビュン
ぐお!
(タカが飛翔しようとして風に阻止される。流範は早すぎて視認できない……)

ダダダダ

松本!

(ドロシーが背後に威嚇射撃をしつつ俺のもとへ走る。俺の手を握り起きあがらせる)
弱い術でしょ。でもリミッターにかけないと周りの人も傷つけるから。へへへ
(切れ長の目で笑う)
探していた護符は?
……。

(首を横に振る。こんな修羅場にあるはずない)

ふん。お札ならあそこって言っただろ

わあ

(林道の闇からフサフサが現れた)
あの化け物カラスが飛んでいるじゃないかい。哲人、はやくお札でやっつけておくれ
 
 
(フサフサは片手でシノをつるし上げていた……。腕に傷を負っているシノの苦悶の顔を直視できない)
……ギュッ
(ドロシーの握る手が強まる)
猫! カラスは俺の獲物だ
わあ!

(リクトが雑木林から飛びでてきた)

うまそうな匂いのおかげで道草してしまった
(猟犬が大タコの足をくわえながら俺へと笑う。土蛸は地面の中をひきずられていた……)
……。



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