(この手を離せば桜井は龍になる。意識など飛ばさない!)
俺は感覚なき左手で彼女を覆いなおし、右手で剣を支えにこらえる。疾風を感じる。
剣はなおも煌々と輝き、風が俺を迂回する。剣をおろす……。
しかし、魔道士も護符もいなくなるなり、この展開はなんだよ
ボソリ
川田君はフェンスを破って下に落ちた。……流範、許せない
でも、いま助けるのは
彼女の言うとおり、子犬はどこにもいない。
白猫はドーンのもとへと駆ける。
ハシボソガラスは溶けはじめていた。横根が、くわえた護布をドーンへかける。俺へとあきらめに似た笑みを向けて祈りを始める。
ヨロヨロ
(俺は剣を杖に歩きだす。……流範にやられた腕も背骨も顔も痛い。異形でなければ集中治療室、ぐえっ、桜井にみぞおちをえぐられた
……みんなを人に戻さないと。剣を持てるのは、人の形をした俺だけだから。横根達のもとへ向かう
カカカッ、生きかえってから何度目だ。もう老祖師には頼まねえ。
峻計。俺はじきに消えるぞ
ヨロヨロ
上空で焔暁がうそぶく。
ドテッ
俺はつまずき顔から落ちる。
ズリズリ
体を引きずり二人へと向かう
私は相打ち。手羽もモツもグッチャグチャ。……あなたと私、どちらも死ぬことないわよね
ズリズリ…
カラスどもの声はもう聞きたくない。……夏奈、さっきはごめんな。
ガブッ
返事など返ってこない。代わりにえぐられる
だったら俺だ。あのくそみたいな剣で足を消されたからな。永遠に飛び続けないとならない。
経験しているから屁でもない。達者でな
足のない大カラスが、透けて転がる大カラスへ降りていく。どうせ、おぞましいことを始めるのだろ。俺は目など向けない
よっしゃ、白猫と朱色の布に合流できた。そしたら桜井をもうすこしだけ抑えて、川田を探さないと
その声に振り返る。入口にジジイが立っていた。胸もとに大ぶりな首飾りが見える。
……今までの老人どもは、あんなものを持っていなかった。あれが鏡で、こいつが本物の楊偉天……。
流範よ。昇の死体を消し去りなさい。落ち着いて儀式ができない。
……峻計。また先走り、さらには焔暁を踏み台に生きながらえたか。ならば、あのおぞましき人の姿に変わるがいい
ご命令といえども、私は懐かしき空をあとすこし飛びたいと存じます。どうぞ儀式をお始めください。
私どもでこいつを処分します
この若者は青龍と心がつながっている。封じる鎖でなく、龍にすがられている。……ヒヒヒ。恨みを晴らしたいのなら、死なぬ程度にしなさい
神殺の鏡の導きが薄らいでいる。
――貪よ、すべてを連れてきなさい
鏡の裏に彫刻された魔物の顔が息を吸いこむ。俺の体を引き寄せる。駐車場で思玲達を引きはなしたのは、鏡の仕業だったのか
たあ!
俺は剣をコンクリートに突き刺す。両手でつかみ必死に耐える。
……四玉の箱はすでに楊偉天の足もとにある。緋色の布に包まれたドーンは抵抗もなく、楊偉天のもとへ流される
横根!
白猫が地面に爪をたてながら、後ろ向きのまま俺の横をすり抜けていく。俺は片手を伸ばし前足を握る。胸もとへと抱き寄せる
裂けたシャツを挟んで、横根の人としての魂とつながる
桜井の人としての心が横根に気づく。俺の中でもがいていた牙と爪がとまる
ごめんね。あの時も本当にごめん。私が100パー悪かったし
やめろ
俺の魂は二人の手をそれぞれ握りしめる。俺の実体は小鳥と猫をかかえ、楊偉天に背を向けて剣の柄をつかむ。儀式などさせない。なにがあろうがどの手も離さない
峻計が笑いながら俺の手をついばむ。柄から手が離れるが刃を腕で抱える。それが肌に食いこもうが俺は耐える
竹林が真上にいる。コザクラインコが小腹の足しに襲いかかる。俺は彼女の魂の手をさらに強く握りしめる。龍になどさせない
流範が俺の頭に片足を乗せ、後ろ爪でただれた目を突き刺す
横根が言う。俺はまだあきらめない。血を失った左手で横根の手を握り続ける
この風がおさまったら、ドーンを連れ戻し、川田を探す。そして全員で人に戻る……。
俺は消えてもいいや。みんな、箱を壊せなかった俺のせいだから
ふいに桜井が振り向き、俺の肩に頭を乗せる。顔をあげて、さみしく切なげな笑みを浮かべる。彼女の指が俺の手をすり抜けて、桜井が遠のく。
一瞬の逡巡のあと、彼女は空へと向かう。その手招きにこたえ、箱の中からかすかな青い光が青い小鳥を追う。
り、龍が生まれてしまうぞ。青龍ではない。荒ぶる龍が……