十二の二 独唱は続く

文字数 2,111文字

……。
ドロシー、やめてくれ。拾われたら取り戻せぬ。こいつらが人に戻れなくなる

キッ

(思玲が空へと顔を向ける)
てめえらマジで姿を現せ! 私と勝負しろ!
俺とも戦え!
(少女の叫びと猟犬の吠え声がむなしく響く。使い魔がホホホとせせら笑う)
戻ってきただろ。それ以上、汚い声で脅さないでおくれ
(ふて腐れたフサフサが森からあらわれる。血の光に照らされる。こいつでさえ無力だ)
哲人、奴らが一番の敵……
『カウントダウンは49秒』
ヒッ
(サキトガの声がすべてをさえぎる)
『47,46…』
……。
ドロシー、異形に従うな!
 アンディがシノを抱きながら、なにかをくわえる。
『犬笛を吹こうが、蒼き狼はあさましき連中を追ってはるかな山だよ。――大鴉に目を奪われたアンディ、本来の名は李秀静(リシウジン)。湖北省に生まれる。五つの年からうとまれ怯え、魔道団に拾われた青年』
(実体を見せぬまま、ロタマモがあさましく語る)
なぜ知っている……心を読むな!

『生い立ちの弱さを隠すためにふらついた男を気どり、人に隠れ同期の河若煕(フウルオシー)と嵐の夜に結ばれ……、近ごろは娘となった梓群にもよこしまな心を持つ、そこだけはありふれた人の男よ。彼女の前で言い過ぎたかな。ホホホ』

……ドロシーに?
で、でまかせだ!
(アンディがシノの耳をふさぐように抱き寄せる。19,18と、サキトガの秒読みだけが減っていく)

ヤバイヤバイヤバイヤバイ…

『ドロシー、はやく言えよ。

 早めちゃうぜ。7,6…』

だ、誰か犠牲になるの?
(ドロシーの握る手から哀願が伝わる)


思玲、リュックを渡して――

ダ、ダメだ。

蝙蝠、いったん止めて話し合え

『1,0』
ダ、スウォリアクスカゾ、デ、スォリ、キ、サズォリ……
 おぞましきさえずりがまた聞こえた――。
バタッ
アンディ!
(アンディが音もなく座りこむ。うつ伏せに倒れる)
……。
ひっ
 
 
(……その亡骸から苦悶に満ちた人の魂が浮かびあがり、すぐに霧散する)
し、死んでないよね


ギュゥ

(ドロシーの爪が手に食いこむ。……彼女には魂が見えないのか。俺にはなにも言えない。なにもできない)
ひどい……ひどすぎる
『シノよ。母が授けし英名はハンナ。東洋の名は河若煕。お前に悲嘆している時間はないぞ』
(また忌むべき声が降ってくる)
『人の世にふさわしからぬ力のために、カトリックの教会から見放され、親に放逐され、魔道団に転がりこんだ憐れな娘。だが親の気持ちは分かるぞ。忌まわしき資質を抑えられぬ娘などな。

 サキトガよ、この娘の人生はあと何秒だ?』

……ああ
(選ばれたのシノ……。姑息な俺は五人からでなく安堵を覚えてしまう)

『……俺は数字にこだわるんだけどな。とりあえず元彼と同じお目めにしてやるか。

 梓群ちゃん、じきにカウントダウンが始まるよ』

……シノ
(ドロシーの手から力が抜ける。俺もシノを見る)
マリア様…
 虚脱した彼女の目から、血の涙がとめどなく流れていた。
(弄んでいやがる。姑息な俺でも、こいつらは絶対に許さない)
……哲人、箱を渡すぞ
当然だ
だが必ず奪いかえす。我が身に代えても
ふわああ……
……。
(ぐったりとしたカラスを抱えたフサフサは、脇を掻きながらあくびをしている。俺の横にはべらう猟犬は、身構えながら空の気配を探るだけだ)
キョキョキョ
(何にも気づけないヨタカが血の色の枝にとまり、うずくまり、また鳴きだす)
受けとりたくない。でも、みんな死んじゃって、これ以上――
ホホホ
(言葉を紡げられず、ドロシーが崩れ落ちる。フクロウじみた声があざ笑う。俺の怒りは頂点に近い。発するべき相手が姿を見せない)

もう我慢できないですけど

声が闖入した
ぼ、僕は身を差しだします。不憫だと思うのならば、あなた様も現れてください
ポトリ
(声の主はヨタカだった。羽根もひろげずに地面に落ち、溶けて別の形と化す)
 
サキトガ。僕が数えてやるよ。お前らにあわせて6.66秒からだ。6,5……
(ヨタカが落ちた土の上で、痩せた黒猫が空を見あげていた)
ハラペコじゃないかい!

仰天だ

フサフサ。東京では色々とどうも。でもカウントダウンの邪魔をしないでほしい
(黒猫は野良猫だった女性を一瞥しただけだ)
やり直しだ。6,5……

チラ

 
……。

……。

……ロ、ロタマモめ、僕にさえずってみろ!

ヒイ

(黒猫が闇空へとしり込みしながら命じる)
『お前もこちらのものだったのか……。頼まれたのならば仕方ない。異形すべての耳に届く声色を授けよう』
え?
え?
『ホホホ、哲人君も消えてしまうが、これは想定外かつ偶発的な事故によるものだ』
……。
……。
ディ、スワリアクスコゾノ……
(おぞましき呪文がダイレクトに耳へ届く。

 一瞬だ。終わりを感じる)

護符があるだろ! 心を込めろ!
(思玲の声が遠い)
川田、耐えてくれ! ドロシー、扇だ! 貸してやるから空一面にぶちかませ!
もう無理だ。みんな死んで終わりだ。……でも音色が耳に届く
根負けしたよ。式神に歯向かられるなど、十一の秋以来だ
(誰の声だろう。この人が奏でる弦楽器の音が、滅せんとする呪文をかき消していく)
沈大姐……
♪♪♪♪♪♪
(ドロシーの声が聞こえる。俺は赤子が安らぐように眠りに入る)
♪♪♪……



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