十五の四 越すべき峰のひとつ

文字数 3,028文字

ドロシーに天珠を渡せ
 
(こいつは空気を読めないのか。俺はポケットに隠そうとして、彼女ならばと思いなおす)


分かった

……。
そして俺と一緒に来い。上海もだ。お前は信用しない
 
はあ?
なんで松本を連れていくの? ならば私も行く
ヤバイヤバイ

(ドロシーがケビンをにらむ。

 続く言葉を察したのか、フサフサがまた逃げだそうとする)

こいつに、こいつらを御させる

チラチラ

(ケビンがフサフサと川田を一瞥する)
ゲゲ
俺は異形を四体連れて狩りにでる
…ナルホド
……。

……。

(この男が言う意味は、ケビンと俺と露泥無、そして川田とフサフサ。この五人で香港の後始末に行くということか)

狩りだとよ

ウズウズ

しかもあれは雌狼だよな

ウズウズ

(川田が俺の顔を見あげる。

 こいつもでっかい狼だったよな。すでにうずきだしていやがる。でも駄目だ。

 俺はケビンの顔の前まで浮かぶ)

俺達にはすべきことがある
奇遇だな。俺にもやるべきことがある
カカッ、また結界かよ

バサッ

(ドーンが俺の頭に乗る)
でも竹林は見抜くぜ
(こいつも戦いに心が向かっている。あわよくば狩りに加わろうとしている。でも駄目に決まっている)
無益な戦いになるかもしれない
無益でない戦いがあるのか?
ムカ

誰かが傷つくかも知れない!

(俺達には、もっと大事な戦いが待っている)

見逃してもらった礼だ。ケビンと行ってやれ
箱を持っていけ。和戸も行け。……ケビンと一緒がもっとも安全だ

(安全であるはずない。異形のハイエナの群れを追うのだぞ)


だったら俺だけが行く!

ケビンが使えるは姿隠しだけだよな
(俺の決意など耳に入れずに、思玲は腕を組む)
見つかれば、黒い光ならば一発で吹き飛ばす……。闇を降らされたら、跳ねかえしも意味ないがな
“ふふ”
(闇に消えた大ケヤキ――。あいつは結界を見抜いた。……どこにいても安全などない。あいつがいる限り)
……分かったよ


(青い光を持つ俺がいなければ、彼女達は巻き添えにならない。フサフサはすでに四玉に巻きこまれているから、あきらめてもらう)

でも説得から始める


(戦いで仲間が傷つくリスクは受け入れられない。話し合いで終わらなければ退散しよう)

へへ……
(ドロシーの安堵が伝わる)
箱は重いから、君にリュックを貸しておく。君が戦わないのなら、私も銃を持たない。タクトスティックだけで充分。

……着替えとか突っこんであるから、箱以外は探らないでね

 大音量でミュージックを垂れながす車が、あっという間に去っていく。
スッ

ブルン!

(ケビンの手に槍が現れる。いきなり振るう)
(運搬車が破壊され、軽油の匂いが充満する)
道沿いの壊れた農機にいるとは思うまい
(ケビンが口角をゆがませる)

ケビンは結界を裏がえしにもできる。


内側の姿隠しに人がひそみ、重ねた結界の上を草葉で擬態する。上の者との模擬戦で通用した

(……こいつらは得意げになにをやっているんだ。

 こんなことをゆるせるか)

いいかげんにしろ!
ビクッ
その車は人のものだ。拝借だけなら大目に見た。出荷のシーズンに、その人はどうすればいいんだ!

直せ! すぐに直せ!

…………。
………………。











(予想以上の沈黙がながれて、俺は逆に動揺しかける)

だ、大丈夫。この国の奴らに連絡するから大丈夫
犯人を仕立ててもらって、賠償金も倍額支払う。へへへ
……連中の本業みたいなものだからな
(思玲が不快そうな目になる)
我々も使ったことはあるが、異様に高くないか?
仕方ない。


私達の財布は重いと言ったよね。本当に金があふれているのは、術も使えぬ日本の世襲魔道士だ

世襲魔道士……






 

カラスは連れていかない
はいはい

(言い張るケビンに根負けして、ドーンが荷台へ飛ぶ。


 陽炎につつまれた屋上で、カラスであった峻計と相打ちした瀕死の迦楼羅。ドーンもあいつと禍根がある。ここに残るべきかもしれない)

ハイエナも説得から始めてね。雅が戻れば、あの子達も戻ってくるかも

(ドロシーが俺から天珠を受けとりながら言う。

 俺がうなずくと、彼女はシノとともにタイヤがはずれた荷台に乗りこむ)

これをお願いします。
ポトリ

(シノが俺の手のひらへとふたつの笛を授ける。ケビンが受けとろうとしなかったからだ。

 金属製が鷹笛。木製が犬笛)





 






 

使い魔について知っていることを、思玲とドーンに教えてほしい


(俺は彼女に頼む。シノはキリスト教徒だと聞いている。魔道士でキリシタンならば、西洋の悪魔に関しても詳しいかも)

ゼ・カン・ユだったよね。あっちの知り合いに聞いてみる。向こうはいま昼だから

ありがとう


(シノが疲れはてた笑みを向ける。

 彼女は立ちなおろうとしている。やっぱり彼女も強い)

ヨイショ、ヒョイ
 思玲も荷台に飛び乗る。

ヤレヤレ

天珠がふたつある意味も教えておく
(黒猫が観念したように言う)
これは傍受不可能の無線機だ。異形でなくても思玲の感なら使えると思う
……褒め言葉ではないな
……。
 それを聞き、ケビンが思玲を見つめる。
照れるからじろじろ見るな

ハッ

……もしかしてケビンは少女への性的嗜好――

俺のひとつ下だったのにな。その姿では挨拶しづらい
 そう言いながら槍先に術を唱え、槍がかざされる。
お前を香港に連行するのは後回しだ。俺を信じて異形どもに指図した礼にな
…ニヤ

ちょっと待って。俺には思玲にも聞いておくべきことがあります。


張って誰ですか?

“哲人”
(慌てると無意識に敬語を使ってしまった。おとなであった思玲を思いだす)
むき出しにするなよ。腹にしまっておけ
(子どもである思玲が荷台から顔を覗かせる)
これはお前が持っていけ
(だから人の話を聞け。琥珀のスマホを受けとりながら、もう一度聞きなおす)


張って誰?

手すりが油だらけではないか……。

ゴシゴシ

張麗豪、洒落て呼ぶならレイモンド。私の兄弟子。楊の二番弟子

ゴシゴシ

(女の子が手を服にこすりながら言う)
奴は大陸から戻るなり峻計と合流したな。

やさ男に見えて妖術使い。さらには舞う

ゴシゴシ

舞うとは?

ゴシゴシ

師傅は高く跳躍した。楊偉天は宙に浮かぶ。麗豪は空を自在に舞い飛ぶ

クンクン…ゴシゴシ

(もはや人間でないだろ。もうひとつだけ聞かないと)

あの護符の力は?

 

(火伏せでも土着でもないのに、竹林の声は怯えていた。使い魔なんかでなく、俺の手にした木札に)

あれは……、おそらく破邪
(邪を破る。神殺の剣に比肩するとでも?)
きりがない
 
 
がんばって説得してね、へへ
(でも思玲が消える。トラクターは結界につつまれた)
ぬお!
ヨイショ
ヨイショ

(ケビンが槍を返し、見えないなにかを重たげに持ちあげる。泥と虫だらけのブルーシートを、俺とフサフサに荷台へかけさせる。思玲に言われたとおりにリュックサックを服の中に隠す)

行くぞ

ヒョイ

ニャッ
続け
 
狩りだ狩りだ、ひゃっほー
(ケビンが黒猫をつまんでガブロに乗る。馬も人も消える。川田が喜々と駆けだす)
犬の群れを襲うらしいよ
(フサフサは動きだそうとしない)
これも白猫の娘を助けるためにかい?
“松本君”
“松本君”
(そんなはずはない。でも導きがあるのならば、そうかも知れない。急峻な峰にたどりつくには、前衛の山も越えなければならない。その先に彼女達がいると信じて)
襲わない。連れ戻しにいくんだよ

フワフワ

(俺はふわふわと路上にでる)
わあ
(すぐにフサフサに抱えられる)
(豊満な白人女性が見えない馬を追っていく。深夜の山間の道を音もなく。妖怪だろうがでくわしたくない光景だ)



次回「魔道士と愉快じゃない異形達」

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