三の二 少女同居型アパート

文字数 3,668文字

デデンドドン、デデンドドン
 もう一度乗り換えて、アパートの最寄りの駅に到着する。このまま終点手前まで乗っていけばJRに接続し、俺の田舎まで一本道だ。
チラッ
zzz…
 乗り続けたい衝動をこらえて、特急の通過待ちをする電車のシートから立つ。昼下がりの郊外、各駅停車の車内に人はほとんどいない。俺に興味を持つものなどいない……。
達者でな
!?


フギャー! フギャー!

(野良猫を車内に置き去りにする。気配を察して猫が大暴れする。悪いけど、これ以上厄介を増やしたくない。俺のシャツを破ったのだしお互い様だ。

幻と化した人とまた会えるのならば、キャリーバッグは新調したものを渡そう)

(背後を気にしながら改札を抜ける。半年前に閉店した売店の影から駅の外を覗く。早歩きをはじめる。のどかさもある道を行けば、数分でアパートが見える)
(……もうリクトが感づいて吠えていやがる。なんの考えもなくペット同居型アパートを選んだのが幸いだけど、ほかの部屋の犬猫はあんなに大騒ぎしない)
(一階の自分の部屋に鍵を差しこむ。涼しい風が流れでる……。ガンガンに冷房をきかせやがって、誰が光熱費を払うんだ。

ワンルームだから、ドアを開けるなりみんなが見える。スーリンは寝転がってドーンのスマホでパズルゲームをして、ドーンはリクトをあやしていた)

ウー……

(子犬の片目に眼光が宿る。俺へとうなり声を発する)
その服どうしたんだよ
(ドーンが俺の破れた上着に気づく。面白いほどに顔が青ざめる)
(ようやくスーリンがスマホから目をはなす)


猫にやられたん――

き、貴様。なんだそれは!

スタッ

(俺の言葉をさえぎり、少女が凛と立ちあがる)
このむっつり助平め。ドロシーに印をつけられたな。大馬鹿者め

???

(小学生の女の子にけなしまくられる)
接吻のあとがくっきりと残っている。それが消えるまで、お前が歩いた道筋は残りつづける
……。
“チュッ”
(香港女の投げキスを思いだす)
だ、大丈夫と思うよ。電車で来たから
だったら、あの加減知らずも電車で追ってくるだけだ!


靴を脱いでしゃがめ。リクト! 哲人のほっぺをぺろぺろしてやれ






 

ハッハッペロペロ
 子犬が尻尾を振りながら、俺の頬をよだれまみれにしていく。
マジで人の目には見えてないよね

(口紅のあとをつけて電車に乗ったとは思いたくない)

ウンウン

異形でも消しきれぬか。無意味に強いな

ウン

(スーリンは適当にうなずくだけだ)
香港の連中ならば、いきなり光を飛ばしたりしないよな?
うろたえるな。私といる以上は覚悟しておけと言っただろ
スーリンちゃんのがうろたえているみたいだよ。消えないのなら、もういいだろ
 俺は子犬を引き離す。びりびりのシャツを脱いで衣装棚を開ける。
あいつらは、あのアパートの前に張っていた。俺は罠に飛びこんだ。スーリンちゃんからの手紙は渡せたと思うけど、チューランも追われたよ
 思いつきで俺を送りこんだ結果、散々な目にあわされたことを暗に伝える。ポロシャツをだし、リモコンの設定温度をあげる。
俺はシャワーを浴びるよ
あいつら? ……他に誰がいた?
 この子は人の話を半分も聞かない。

シノ、アンディ、あとはケビンだっけな

(はやく汗を流したい)

若手の筆頭が四人ともか? そんなに魔道団は本気なのか?

私に術が使えても、マジでケビンには歯が立たぬぞ。ほかの三人も束で来られたらヤバいかもしれぬ

(スーリンの困惑した顔が愛らしい。でも、もっと困らせないとならない)


お前達の話がすべて事実だと確信できた。

片腕の不審すぎる男が俺の名前を知っていたし、でかい猫にまとわりつかれて服を裂かれた

 こんな世界からすぐにでも離れてやる。ドーンとスーリンには部屋からでていってもらう。リクトも連れていってもらう……。
(ユニットバスのドアに手をかけてとまる。あの手紙の一文が脳裏に浮かぶ)
(思いだすな。俺は忘れたから誰も探さない)
隻腕? 誰だそいつは。

猫とは……、もしかして瑞希か? 赤い玉をくわえていたか?


   その娘をとめろ
(幼くなったあの声が尋ねてくる)
瑞希ちゃんはがさつじゃねーし。

首輪みたいにぶらさげていたよ

そんな洒落たものはつけてなかった。

ベテラン感さえ漂う野良猫だった。だいたい瑞希ちゃんは人の姿に戻ったのだろ?

(夢物語で聞かされた)

最後にまた猫になっちゃったし。何度も話したじゃん
(ドーンが俺にもあきれ顔を向けるけど、夢物語の半分以上は聞き流していた)
ならば考えられるのが一匹いるな。そいつは見かけても捨てておけ。


どちらにしろ逃げ場はない

哲人はいつまでも半裸でいるな

(スーリンが腕を組む)
仕方ない。二人がかりで箱を持ってこい。

ここに着いたときみたいに哲人の足に落とすなよ。もうジジイの術で守られてないからな

ハッハッ
 女の子が男子学生二人に命ずる。ドーンの顔色が変わる。
カカッ、いよいよ行くしかなくなった、てことだね
(こいつは待ち兼ねていた。こっちの世界で怯えて過ごすより、向こうの世界にまぎれこむことを)
哲人次第だ

スタスタ

(スーリンが俺の机にしまった扇子を取りだす)
フーポーもいない今、ここから先はこいつの力だけが頼りだからな。

なので哲人も付き合ってくれてもいいぞ。お前の責任でもあるのだからな

(俺へと扇子の先端を向ける)
ふざけるな! 俺は実家に帰る! 全員でていけ!
(と、きっぱり言いたい。でも……、だめだ。考えるな。あの手紙を思いだすな……)
“猫や狼になっても、みんな人と変わらないまま。だから、みんなを信じる”
(瑞希ちゃんはまだ俺を信じているだろうか?)


スーリンちゃん、声からしてテンパってるよ

 俺はこんなことしか言わない。
テンパル?

箱を開けたとして、そのあとはどうするか、ちゃんと考えているの?


(気が変わってもらうために言う。自分の気が変わらぬためにも)

プランはふたつ考えてある。


Aは私も立ち会う。もとの体に戻れるかもしれぬが異形になるかもしれない。


プランBは、お前達が変げするのを外で待つ。私まで四神くずれになるリスクはないが、か弱い少女のままだ

(もっと大局的なことを聞いたのだが、たしかにそれも大事だ。深入りするな)
ヨイショ

お前は邪魔だ

ポイッ

バタン!

 スーリンが子犬を抱え、ユニットバスへと放り投げる。
(閉じこめられたリクトが、ヒステリックなサイレンほどに吠えだす)
リクトは一緒にいるべきだって。川田のハートが戻るかもしらねーし
(ドーンが口をとがらしだした)
キャンキャン、キャンキャン!
人の心もないまま、また狼になったらどうするのだ? みんな食われるぞ
(俺達三人は箱を囲んで言いあう。ユニットバスに閉じこめられた子犬は吠えつづける。俺は汗も流せぬままだ)
キャンキャンキャンキャンキャンキャン!
二人とも、その世界に戻るのはなんのためだよ。逃げるためか?
ざけんなよ。みんなをこっちに連れて帰るために決まっているし
(ドーンは本気だ。俺にもつかみかかりそうだ)
私は逃げるためだが、あわよくば我が力を呼び戻すためでもある
(スーリンが扇に目を落とす)
術を取り戻したのなら、あの三人を人に戻し、五人がここに戻るのを見届け、私はすべきことをする
……。
キャンキャンキャンキャンキャンキャン!

キャンキャンキャンキャンキャンキャン!

(分かったよ。ここまで来たら黙っていても仕方ない)


あの朝の話だけど、あの男に言われた。

“君は忘れて、僕は思いだす”
鍵は俺にくれるけど、刀は自分がもらう。そして、衣服となにかは彼女に残しておくと
 かすかに覚えていることを告げる。
剣を奪われたのは聞いていたが、なぜに、みなまで言わなかったのだ
(スーリンが眉間にしわを寄せる。刀のことしか聞かれなかったからだ)
スーリン、ストップ!

それって女の子が生きてるってことじゃん。夏奈ちゃんは龍確定だろ?


もしかして珊瑚じゃね? そいつは珊瑚とか赤い玉とか言わなかった?

 ドーンが顔を寄せる。
“玉は……、欲しいけど彼女の魂と同一だから”
玉と魂が同一みたいに言ったような
瑞希ちゃんだ! 瑞希ちゃんも生きている!
(ドーンが俺とスーリンにハイタッチを求める。居間の騒ぎに子犬が余計に吠える。近所迷惑の範疇を越えた)
和戸もリクトも落ち着け


どういう状況かは知らぬが、その時点では瑞希は生きていた。ならば、白虎の玉は輝いてはおらぬか

つまり、スーリンちゃんは猫にはならない。そして
(そして大人に戻れるのか?

 もしも異なる世界に残った女の子が、猫でなく人であったらどうなるのか?

 衣服とかスマホとか、猫になっても持ち歩けるのか?


 夢物語をもうすこし真面目に聞いておくべきだった)

言いかけてやめるな。気持ちわるい


覚悟を決めるときに、まだ逡巡しているな。座敷わらしの哲人のが、いまの哲人よりはるかに頼もしかった。和戸、そうだよな

カカッ。比べられるかよ。しかも俺をカラス天狗にしてくれるしな
(なんだそりゃ? 初耳だ)
ゆえに、私は……、決めるぞ!
(女の子が扇子をにぎりしめる)
和戸とともに死地へ向かう。ともに箱を囲む!



次回「箱に集う三人」

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