三十六の二 いずれは無敵

文字数 2,816文字

逃がしてしまった。もはや私の感では追えない
チッ
だが峻計、あなたなら見つけられるだろう
戻ってきた
(張麗豪の声は天上から俺の背後に移動した。ドロシーから緊張が伝わる)

走れ!

(護布を背にはためかせながら、握ったままの彼女の手を引く)

ズッドン
わあ

くそっ

(黒い光を背中に受けて、二人そろって吹っ飛ぶ。木を背中にして起き上がる。彼女と俺を護布で包む。挟撃だけはさせない)
峻計。そいつを殺すつもりか?

気持ちは分かるが、なおのこと四玉の箱を探してくれ。

箱を開けて殺せば、青龍の光は玉に戻る。思玲を探してくれ

(麗豪がまた空に浮かぶ。挟み撃ちに変わりない。空と地面からだ)
足をつぶそうとしただけです
嘘つけ

(俺への殺意などなかったかのように、あいつが言う)

結界も張れぬ思玲など後回し。こいつの力をひとつずつ削りましょう。

まずは梁勲(リァンシン)の孫

…やっぱりお爺ちゃんは有名人だ

サッ

(おそらくドロシーのことだろう。

 ヒグラシは遠くで鳴いている。もう五時は余裕でまわったよな。日没まで時間がない。夏奈を呼びたい。こいつらを追い払いたい。いや倒したい)

ほう。ならば、この娘は生かそう
(麗豪が眼鏡の縁をあげる。両手に鞭が現れる)
後々の交渉に使えるかもな。私達を許された老師に報える。


双鞭

ビュン
ビュン
(空から青白い光が二本飛んでくる。俺へと向かったのは囮だった)
好痛(ハオトン)
(ドロシーが人の言葉を漏らす。もう一本が扇を持つ彼女の手に巻きつく。彼女の体が浮かんでいく)
腕が焼ける……
ドロシー!

(俺は彼女の体を引きずり降ろそうとして、一緒に持ち上げられる)

(もうひとつの鞭が俺を叩きまくる。形見のシャツに焼けた筋がつく)

ま、松本重い。苦しい。でも離さないで

(ドロシーの別の手にマシンガンが現れる)
こ、これを支えて
(しがみついている俺の頭に銃床を乗せる。銃口を宙へ向ける)
ぶちっ
(掃射じゃなく単発だ。術の鞭がちぎれ、俺達は5メートルぐらいから落下する)

(俺がドロシーのクッションになるが、痛みがないから平気だ。

 背中から護布を引きずりだしたところで、

ビュン
好痛!
(またドロシーが持ち上げられる。今度は首に巻かれている。俺の血が激しくうずきだす)
とお!

くっ

(なのにサテン越しに後頭部をおもいきり蹴られる)
(脳震とうを起こすが痛くはない)
その護布はな、万能ではない!
ぐえっ

(振り向いたところに正拳突きが飛んでくる。痛くはないが、奥歯が数本砕けた)

(頬をさすると、新たな歯が生えてきた。中一の秋から差し歯だったところもだ!)

おらっ

(古い歯を手に吐きだし、後頭部をさする。まわし蹴りを避け、抜けた歯をあいつの顔にぶつける)
くっ
汚いわね
 
 目に当たり、あいつは顔をそらす。指を鳴らさず蜃気楼と消える。
殺せ……
プチッ
 ドロシーが七葉扇を振るう。麗豪の鞭を煤竹色の光が裂く。
なぜにたやすく当てられる? 極端なまでに凝縮できる?
(ドロシーが落ちてくる。俺の上にだ)
(彼女を抱えて護布をかける。彼女の赤くただれた首筋と手首をさする)
左肩も痛い。頬からも血がでている

ナデナデ

(ほっぺの傷など三日で消えそうなものだが、指定された場所もさする)

ナデナデ

じゃれるな!
わあ

(あいつが姿を現した。俺たちを包むサテンを引かれて、体まで引きずられる。ドロシーが俺の腰に手をまわす)

ビュン
(……鞭が俺の首にからみついた。首をくくられてもまたもや苦しくないが、ヤバいに決まっている)
松本!

ムギュッ

(鞭と峻計とドロシーが俺を引っ張り合う)


り、麗豪を倒せ。はやくしないと窒息する。ひ、人除けの……

(俺にしがみついていたドロシーの手にMP5が現れる。峻計と布を引きあう俺の前へと顔をあげる)
へっ、弾切れだ。直接入れる

フッ

(銃口へと吹きこむ彼女の息が俺にもかかる。峻計が護布を手放す。俺と一緒にドロシーもふわりと浮かぶ)
……。
(唇を舐める彼女と間近で目が合う。汗びっしょりで紅潮して、自分の力への期待に満ちている。

 俺から手を離す)

落下しながら上空へと銃を乱射する。薄紅色の光が空へと吸い込まれていく
ぐわあああ
(麗豪の悲鳴とともに鞭が消えて、俺は地面に落ちる)
ドサッ
ドサッ
ドロシー!

(杉の枝を折りながら、張麗豪も落下する。俺は地面に転がるドロシーに護布をかける)

不要!

(彼女は振りはらい立ちあがる。七葉扇を横たわる男へと向ける)

天誅だ!
 淡いグリーンと桜色が混ざった優しくも残酷な光が飛ぶ――。
ズドン
え?
……。
(マーブルな巨大な光弾は、黒い螺旋に弾かれて空へと消える。黒羽扇を交差させた峻計が、麗豪の前で仁王立ちしていた)
あなたは狂死したかもしれません
……。
私は老祖師に何度も進言しました。こいつを見くびらぬようにと。お分かりいただけましたよね?
(その言葉、そのまま返してやる。あいつがいなければ、あいつでなければ、この場でこいつらを何度倒せた?)
……。
……。
……癒えぬ傷をふたつも受けた
(あいつの背後で麗豪が立ちあがる)
私のいにしえの呪文では昇の護布に弾かれる。だが、これはどうだろう
(胸ポケットに手を入れる……。拳銃だ!)
マークが持っていた。奴らは実弾が許されていたな
(麗豪が空に浮かび銃を構える。俺はドロシーに布をかける。銃音が林に響く。杉の表皮がはじけて落ちてくる。さらに銃声)
ひええ
(……貫通していないよな。護布は銃弾さえもはじき返すのか。俺達へと見えないシールドを張っている)

 
魔道士もこちらの世界の存在。この国は木霊が多い。刺激すると、麗豪様も飲みこまれます

(峻計は麗豪を蔑んだ目で見ていた。

 とは言っても、ドロシーは目をひろげて固唾を飲んでいた。俺だって。人には人の作りし武器も恐ろしい)

龍を呼んでいたら、お前をここで殺せたのにな。

だが、いずれお前は龍を呼ぶ。しがらみなくお前を殺せる。


……あの娘の名前を私は忘れた。急がねば、あの娘もお前を忘れる

(そんなはずはない)
“……。”
ギュッ
 でも夏奈は遠ざかっている。ドロシーが俺の手を握る。
なに?
ひいいい
(……はるか遠くから、非業を嘆く叫びが届いた。誰もが動きをとめる。ドロシーがさらに強く握る)
サキトガか……
(あいつがついに俺へと笑う)
誰もがお前を殺したがっている
だから?

あっ

(ドロシーが前にでる)
私が松本を守る。私も殺されない! 松本が守ってくれる!
戻れ!

(身をさらけだし、扇を振るおうとする。俺は彼女を引きずり戻す)

グサッ
(彼女の立っていた場所に、槍のごとき鞭が突き刺さる。彼女の足が震えだす)

もう充分に守ってくれたから、あとは俺が守る

(昨日の今ごろ、なにも知らずにこっちの世界に出没した妖怪変化を守ってくれた)

嫌だ。私も守る
(言葉と裏腹に、俺の胸にうずくまる。

 ……こうして彼女を抱いていると、俺達が無敵のように感じる。あの笑みが遠ざかるように感じる。ヒグラシが鳴くだけだ。カラスが邪魔してくれない)



次回「再々集結」

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