はるか南の序夜
文字数 1,790文字
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室外機の熱風を受けて、無数の鴉の羽根が乱舞する。雑居ビルの屋上までネオンの光は届かない。
ただ東京に向かえ。北国だろうが真夏に雪を見られるはずなくても。見るのは黒い血だけだろうと……って、
屋上が邪を制す光に照らされる。
あなたが端から抹殺したおかげで、ここには忌むべき力を持つ二人だけです。
臆病な老人と言葉にしたい。
師傅は剣先をおろし、まだ息が残る使いの鴉にとどめを刺す。生身の存在に戻りかけた鴉は羽根を残し消える。……もう充分だろと口にしたい。
師傅が剣で西の方角を示す。
その刃さきを飲みこむように、また異形が刺さっていた。
劉師傅が剣をはらう。竹林と呼ばれた大鴉が裂けて落ちる。手先だった鴉達の羽根の中で、骸は溶けて消える。追いやられていた魂が浮かびあがる……。
畏敬すべき男への、つつましい怒りなど吹っ飛ぶ。
師傅が中空を抱きしめる。
ただの人には見えぬものが消えるまま、師傅は両手で自分を抱える姿勢となる。寄せていた顔が落ちる。すぐに立ちあがる。
師傅が剣を緋色の布にくるみながら言う。
師傅は術の教示を意図的に晒した。おびき寄せられて、業をまとわされた奴の配下だけが消えた……。
青龍の資質ある娘の名は
サイレンが聞こえる。
魅入られた報いさえ受けろと言われるのか。
知ったことじゃない。別れの抱擁もいらない。私はマイベストを尽くすだけだ。……あいつが日本に向かわぬように願うだけだ。それこそ楊偉天も。
劉師傅は非常階段へと向かう。羽根を踏みながらそのあとを追う。二人が去った屋上では、熱風にあおられた黒羽根がいつまでも踊り続けた。
その頃、松本哲人 なんて名の変哲でもない俺は、
しつこい爺さんに延々と対応していた。コンビニはやめて法律事務所のバイトを探そうと決意しながら。
明日の午後には人でなくなるなんて思いもしないで。
次回「フォーチュンな生け贄達」
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