四十六の二 チラシの裏から0.5-tune

文字数 3,140文字

ハッハッ
リクト邪魔しちゃ駄目だよ
しかし、とんだ食わせ者だったな。この壁紙はなんだ
(段ボール製の子犬のトイレ掃除をする俺のかたわらで、スーリンがごろ寝でスマホに毒づく)
哲人。19万8千香港ドルとはいくらだ?

(またこの手の話か。子どもの遊びに付き合ってやる)


360万円ぐらいかな

 検索して答える。
台湾元で答えろ
(入力し直すだけ)


約80万ニュー台湾ドルだってさ

そんなものか。だが持ち合わせは浄財の日本円だけ
 スーリンが天井を見つめる。
取り立ては若手のエリートどもだろうな。シノやアンディあたりか……。

ふん。ケビンが来なくても今の私は無抵抗だ。またお茶会に呼ばれてヤムチャだ。


……担保の話がでないな。だとすると剣を奪ったのは魔道団ではないのか

!!!
”剣はもらっていくよ。代わりにこれをあげる”
(スーリンの独り言を聞いて、あの青年から受けとったものを思いだす)


スーリンちゃん、鍵を返してもらえるかな?

なにか思いだしたのか? 川田の机に置いてあるぞ
 
……。

(この子と二人きりになるとさらに頭が痛くなる。俺は眉間を押さえながら、カップ麺やコンビニ弁当の食卓と化したデスクに転がる鍵を、ポケットにしまう。テーブルに汁が飛んだままだ。ここもきれいにしないと)






 

ZZZ…
ナデナデ

戸締まりして、なにかあったら携帯に電話してね

 眠っている子犬の頭を軽くなでながら言う。
じゃあね、リクト。……スーリンちゃんも、小さいうちから寝ころんでスマホばかりだと目が悪くなるよ
どうせ私は十四五歳で眼鏡の厄介になる。余計なお世話だ
(小学生の女の子に鼻で笑われる)
しかしフーポーの罠を喰らって、よくあれだけで済んだな。私など怖くてアルバムも開けられない。

……人に戻ったお前へのはなむけに、土着の護符が最後にひと仕事したとしか思えぬな

ズキズキ

(この子といると本当に頭が痛くなる。……この子の声を聞かされるとだ)
せめて座ってやりな。火遊びは絶対に駄目だよ。鍵もちゃんとかけてね
ハハ
 俺は部屋からでる。八月初旬の太陽は朝から痛烈で、苦笑いを浮かべてしまう。
哲人、護刀が欲しいよな
 振り返るとスーリンはちょこんと座っていた。
我が力が戻ったときに、七葉扇と対になる魔道具が欲しい
(淡い緑色の扇子で遊んでいる。円状にひろがる風変わりな扇だ。

……スマホ以外に遊ぶものがないのかな。友達だって、彼女の頭の中にいる小鬼だけかもしれない)

やっぱり夕方には戻ってくるよ。そしたら、リクトを連れてみんなで散歩するからね
……無理だよ
 女の子に笑いかけて、俺は一人で大学へと向かう。バイト先には、お勉強会が長引けば遅れますと連絡済だ。夏休み中だけ高校生のバイトが来るから(オーナーの姪とその友達だ。俺が寝こむ二日ほど前から急きょ店を助けることになった)、すこしは気が楽だ。
(カップ麺ばかりで、俺もネグレクトの片棒を担いでいるよな。明日には児童相談所だかに問いあわせるしかないな)








 

……。
 夕方、管理事務所には誰もいない。ビニールに包まれた臨時休業の張り紙が、さきほどの夕立のしずくを垂らす。番号を確認し、ロッカーに鍵を差しこむ。23番は待ちかねたように扉を開ける。押しこまれた大きめなバッグを引っぱりだす。
 テニス場からすこし歩いて、まだ濡れたベンチを手で拭いて腰かける。
(おそらく女の子のカバンだ。中身を確認しないわけにもいかないから、まず財布を取りだす。現金とカードがあるぐらいだ。パスケースも確認する。

見ず知らずの女の子の私物を探ることに、すこしだけ興奮を覚えてしまう)

(大宮から大学のある駅までの通学定期券。カード型の学生証も差しこんであった。同じ大学の文学部の二年生だ。名前は判読できない。

 貼りつけられた写真を見る)

 模様があるだけだった。よく見ると学生証なんかでないことに気づく。

 他愛もないただのカードだ。

(そんなはずがないだろ!)
 もう一度まじまじと見る。なんでこれが学生証に見えない。模様だって、チラ見したときは写真だと感じたはずだ……。あのカードと同じだ。あれだって読みとる機械以外は、俺も店員も
”偽造じゃないよね?”

(クレジットカードと認識できなかった。

 背筋が寒くなる。頭が痛くなる。また、あの声が聞こえる)

 バッグをさらに探る。読み聞かせボランティアのプリントの裏に、走り書きが残されている。違った。単なる幼稚園児のいたずら書きだ。でも、そんなはずはない……。
(俺は気づく。

ドーンとあの子に接したためだろうか、存在しないけど存在しているものに気づいてしまう。落書きは文字の羅列だと思うけど、字として認識できない。この走り書きさえも、この世界に存在しない)

 俺は自分のレポート用紙に一文字一文字書き写す。頭が痛い。この一週間悩まされた頭痛だ。……頭痛のもとである、あの声が聞こえる。
その娘をとめろ
(頭に埋めこまれているみたいだ。その頭痛に耐えながら、文字のような模様を写し続ける)
(やがて書き終える。気づかぬうちに街灯が灯されていた。薄暮のなか、自分の文字を読みかえす)
スーリンのあたらしい結界はすごくやさしい。まえのは暗くてきゅうくつだったけど、これは木もれ日のなかみたい。光に包まれているから、じぶんへの手紙もかける
 例の夢物語か? 俺は読み続ける。頭が痛い。
いまはカラスの和戸くんと二人だけ。和戸くんはすごくムリしている。祈っても、はやくしないと和戸くんは
 途切れるように文章が終わり、あらたに始まる。
びぼうろく わたしの字だから信じるように
まず全員いるかかくにん。松本、和戸、川田、桜井か奈ちゃん。

いない人はさがす。わすれていてもさがすこと

あのハコがあったらこわすこと! 絶対にあけてはいけない!
みんなネコやオオカミになった。でも同じままだった。みんな人とかわらないまま。だからみんなを信じる。

松本くんだけは、こわくなったけどかわいかった

スーリン。たいわん人。王思玲。心に伝わるから漢字もわかる。

絶対にさがすこと。台わんに行ってでもお礼をする。

わたし一人でもかならず。サンゴを返す

しふにもお礼。おひめさまだっこ
川田くんの目がなおっているか、かくにんする
重要! 松本くんにおしえる。大とうげの山の神。たすけになると、お札が言っていた。

おてんぐさんの木札。明王はおくにいた。こわかった。たきにいる。

しょうだい寺のどこそ?

重要!! かなちゃんに







 

和戸くんをドーンくんと呼ぶ。本人のきぼう
フサフサにお礼。大きい毛だらけのネコ。お寺にいるかも。えさをあげる?






 

やっぱり、かなちゃんにだけ伝える。くぐつのときに、あいつが言ったこと


信じないし、怒るし、きずつけるから言わないこと。覚えていても



おしえないとだめ 絶対に




 

コーヒーのただ券を2枚もらう
カラスに気をつけ3










ブーン

……。

ブーン


 最後の3は、「る」か「ろ」だろう。この人(ドーンが言う瑞希ちゃんを当てはめてしまう)は、急いで書きおえたのかもしれない。この子になにがあったのかは知らない。ドーンとスーリンが関わっているらしいし、俺もみたいだ。

 信じられるか、こんな雑記を。


パシッ


 俺は頬にとまった蚊をおもいきりひっぱたく。信じられるか、できそこないのおとぎ話を?

(信じるしかないだろう。この世に存在しない言の葉を、俺が書き写したのだから)
その娘をとめろ

 あの声がまた聞こえる。なのに頭の痛みを受けいれかけているから。


 気づけばあたりは暗闇だ。街灯に照らされて人けのない公園に一人いる。バイトなんかよりあのアパートに戻らないと。そして、

おそらく俺はあの箱を開ける



第一部完

次回 第二部『5-tuneⅡ 四神獣達のシフトアップ』


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