六の二 失われた記憶の整理

文字数 3,285文字

ガタンゴトン、ガタンゴトン
(電車内での有益そうな話を整理して、頭のなかで箇条書きする)
思玲も楊偉天もドロシーも魔道士と呼ばれる存在。現代の中国や台湾などにいる道士とはルーツも役目もまったく違う。かたや人の禍福に寄り添い、かたや異形を成敗する
ドロシーにつけられた印は座敷わらしになって消えた
タイムリミットは二日。それを過ぎると腹を減らして、みんな本当の異形になる
俺はセーフらしいが、聞いていたらドーンを来させなかった
敵は楊偉天の一派と香港魔道団。西洋の悪魔にも狙われているかも
聞いていたら来なかった
楊偉天に今の状況で会ったら即座に降伏する。耄碌しているから
逃げる機会を探れって本当かよ。そんなに容易いのか?
峻計がカラスでなかったら要注意。気配を隠すから、初見は見惚れるほどの美女らしい
黒羽扇という武器を持つ。こいつからはとにかく逃げる。降伏しても殺される
楊偉天配下の式神は、さらには三羽の大カラス。

竹林は虫の手足をもぐように人を殺し、焔暁はあいさつ代わりに燃える爪を向け、流範は俺だけは必ず殺すらしい……

ムカデと猿の化け物は師傅が倒した
ドーンがうつろに覚えていた
リクトを人に戻す方法は前例がないから不明。フサフサは玉を怯えさせれば猫に戻る
???
俺達はそれで人に戻ったらしいが、ドーンも覚えていない
グーグー
(目を開けて寝ている。怖い)


思玲がおとなに戻る方法も不明。いまのままでは術を使えない

哲人の記憶が戻る手段など分かるはずない
きっぱりと言いやがった
モジモジ

この電車にトイレはあるか?

ドキ

思玲は妖怪を惹きつける。二十歳がピークだそうだ。俺も異形になってから彼女をさらにかわいく感じる。手負いの獣がいるから、低級の物の怪は彼女に寄れない

チラッ

スヤスヤ
たしかにリクトはかわいくなくなった。純粋に怖い
ドーンは式神だけど異形の声が聞こえるだけ。つまり四神くずれ
夜でも元気に飛べる
……らしい
俺の妖怪としての力。

ものを服に隠せる。試してみると確かにそうだ。

それと異形をヘルプで呼びつける。

さらに宙に浮かぶ。

そして怒るとかなりらしい。それは昔からだ

異形は多少の怪我ならばすぐに復活する。でも強烈な攻撃を受ければ、回復する前に消滅する可能性大
異形は夜に本領発揮。タイプによって満月と新月に力が増大する
俺は新月系で、他の連中は満月系。

俺が以前妖怪のときは半月が浮かんでいたそうだ

異形は本来の世界と重ならない。つまり人とも触れあえない。私は特別
“キャンキャン”
リクトは人の目にさらされた異形。もっとも忌みされる存在。不憫なもふもふの子犬にしか見えなかったが。

その理屈だと、カラスであるドーンも同様の存在か。フサフサにしても

お天狗さんの木札は火伏せの護符だった。強烈なものだから再ゲットしろ
……。
“黒猫なんて不吉だろ?”
月神の剣は破邪の剣。それを奪った青年が誰なのか見当もつかない
いつ金を返せるかだと?
スーリン達は日本円で億以上の資産を持っていたが、魔道団がガサ入れしたところ底をついていたそうだ。賄いの婆やの説明だと、船だか飛行機をチャーターしたらしい。

聞いていたら、俺は立て替えたりしなかった

これは怖いぞ、たぶん
スマホからでる強力な波動は残高不足で制限がかかっている。しびれる電波とかもだせたはずだが、本体が壊れているようだ。


こんなのばかりだ

小鬼の琥珀は魔道団に監禁されたまま。交渉して呼び戻せ
と仰せつかった。

俺は思玲の亡き師匠を説得したほど弁がたつらしい

大燕の九郎が魔道団ごときに捕まるはずないそうだ
そいつには達成不可能の使命を与えた。嫌がらせで遠ざけるために
なんだかもう……
青龍は目立つから、桜井夏奈の所在はいずれ分かる。

横根瑞希がどこにいるかは分からない。

だから身を晒し敵をおびき寄せる必要がある

聞いていたら……
ガタンゴトン、ガタンゴトン
(人の話は半分しか聞かず、伝える内容も端折る女の子から、これだけ聞きだせたのだから大収穫だ。

 そうこうするうちに電車は大峠の駅に着いた)

起きろ
……まだ昼間じゃないかい
 思玲がうたた寝するフサフサの膝をゆする。大柄な白人女性が伸びをしてシートが揺れる。

警察が現れたら逃げるんだよ

(職務質問で騒ぎを大きくしたくない)

逃げろ? ケーサツから? 騒ぎ無限大じゃね?
ジロッ

いつまでも上から目線の物言いはやめろ。

逃走して騒ぎを大きくしたくない。だが捕まると警察まで巻き添えになる。

ターミネータという映画とおなじ理屈だ。ゆえに逃げる

“人の作りしものが一番恐ろしいな”
あのアパートで、『人の作りしものが一番恐ろしいな』とテレビに食い入っていたな。俺にはドロシーやツチカベのが恐ろしいけど
ドーン、そろそろ羽根を使いな
 寝起きで不機嫌な面のフサフサが、ホームにいるうちからキャリーケースを開ける。
カカカ
(カラスが空へと飛びだす。電車が去った架線にとまる。ひやりとするが平気のようだ。

異形じゃなくても高圧線にとまれるのか、調べたくてもスマホがない)

ジロッ
 

リクトはまだだすなよ


(段ボールのガムテープもはがそうとするのを見て、急いで言う)











 

ププー
(警察は待ちかまえていなかったので、駅前でタクシーに乗る。すこし離れた衣料品チェーン店に向かう。

 フサフサに女性用の下着(なんとか収まるのがハーフトップにあった)と服(男性ものの3LのTシャツとジャージ)、サイズの合った靴を買い与える)

念には念だ
顔を隠すためなんだ

(女の子は野球帽とポシェットを買い、更には短めのレギンスと運動靴まで買い求め、再度タクシーに乗る。乗車代は見当もつかないけど、浄財も合わせて二万四千円あれば足りるだろう)

サカミチ、グイーン
青い空、緑の山、飛べる俺……快感
(ドーンは空から追いかけ、俺はフサフサと後部座席に座り行き先を指図する)
車内を暖めたくないけどね
(運転手がぶっきらぼうに言うが、クーラーに閉じこめられたくない)
ジロッ
フサフサよせ


せっかくだから、果実のにおいを吸いたいのです

(俺のアドバイス通りに思玲が答える。タクシーは子供時代から何度も通った坂道を異形を乗せて登っていく。運転手は客にも行き先にも無関心だった)






 

お嬢ちゃん、とりあえず清算してね
待っていてくださいね
(祖母が眠る寺で降りる。待っていてもらうが、ここまでの代金を精算させられた)

いい感じだったぜ。やっぱ飛べるのヤバいし

怪しい奴らもいなかった

(ドーンは余裕でついてきて、手水舎のひんやりした影で羽根を休ませる)
ここは寺だな?
(深めにかぶった赤色の野球帽のつばをあげ、思玲が疑わしげに境内を見る)
お天狗さんは杜でなかったか?
(実年齢は二十五歳のくせに人の話を聞かない奴だ)
ハカバに寄るって言っていただろ。

しかし、この辺は人間もイエも少なくて落ち着かないね

(野良猫のがしっかりしている)
同感だ。私も都会育ちだからな。リクトがいようが、こんな田舎で夜を迎えたくない。

五時はゆうに過ぎた。墓参りは早々に済ませて、麓に戻るぞ

(女の子が浮かぶ俺を見あげる。

 さらに山奥に行く予定なんだけど。もうひとつのお天狗さんに)

リクトは起こさないのかよ
まだだ。こいつには夜番をしてもらうからいまは眠らせておけ

フウ

スヤスヤ
(思玲が段ボールを抱えながら答える。子犬を魔除けのように扱っている)
夜になるとこいつは恐ろしい。また犬に虐待するから覚悟しておけ
(昨夜は見るなと言われて見なかったが、猿ぐつわをさせたらしい。

 ドーンは首を狙われてから見て見ぬふりに徹しているそうだが、俺も異形の身になってリクトを見れば当然だと感じる)

キャンキャン

だせ、だせ、だせ、だせ……疲れた。明るいし暑いし寝る
(幼く不完全だろうが手負いの獣。おもに異形を餌とするが、本来の世界の存在も捕らえて食らうらしい……)
ここは東京より台湾より暑くないか?

……ちょっと休む

(思玲達は手水舎の日陰で待つと言う。たいそうな口を叩いてもまだ子供だ。疲れだしてもおかしくない。俺は妖怪だからか疲れない)


すぐに戻るから休んでいて

フワフワ

哲人、私も行くよ

ノシノシ



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