九の一 墓場の異形と野良猫
文字数 3,263文字
墓地の街灯は入口だけだった。羽虫が必死にたむろしている。これぐらいの光なら気にならないし、気にしている場合でもない。
そこから先は淡い光を放つ家屋に囲まれた暗闇だ。墓地であろうが幽霊はわらわらいないと、無用な知識を得る。
バサリ
流範は幾度となく墓石に舞いおりる。くちばしをひろげて俺達を威嚇する。
バサリ
バサバサッ
とまった墓石を蹴りたおし、別の墓石へと跳ねる。
バサリ
必要以上に大声をだしやがる。すぐに空を見上げる。
フサフサは墓地の出入り口とは反対側に駆けだす。一直線には行かないのか。賢いのかそれとも……。
ガタガタ、ガシャン
じきに離れたところから墓石が倒れる音が響く。野良猫と大カラスの追いかけっこが始まったようだ。
空へと挑発する。俺も参戦だ。
俺は脇の墓石で身を固める。
ガラガラガラ
まわりの墓石がドミノに崩れる。
線香の灰が浮きあがる向こうに流範がいた。
とっさに屈む。目の前の墓石が崩れる。さらにその先の墓石も……。
俺は墓石の隙間を縫って逃げる。
ひと際でかい墓石の脇で身をひそめる。脇には大きな観音様の石像のシーンは、さすがに罰当たりだから省略。
ドッゴーン!
墓石ごと吹っ飛ばされる。黒い特上御影石は流範のくちばしで縦に裂け、俺は下敷きになる。
身動きが取れない俺の前で、黒い巨大な羽根がたたまれる。
流範のどす黒い瞳が激怒で赤く見える。後ろへと這いずりたいのに、倒れた墓石に挟まっている。流範の顔が寄ってくる。腐臭のする息が荒い。
横根が流範の背を駆けあがる。大カラスの目に爪をたてる。
流範が振りはらう。横根は数メートルも飛ばされて、並の御影石にぶつかる。
横根はうずくまったままだ。俺は動きようもない。フサフサも思玲も現れない。流範が横根へとくちばしを向ける。俺は石の中でもがく。
大カラスが白猫をくわえる。
俺は人間だった彼女を思いだす。むすんだ黒髪に小ぶりな麦わら帽を乗せて、ひかえめな笑みを向けていた横根……。
崩れた墓石に命令する。こいつらだって、半分はこっちの世界の存在だろ。
残骸がすこしずれた気がして隙間から這いだす。妖怪としての俺の本性がまた動きだしている。
俺は突進する。流範が驚愕の顔で振り返る。その腹部に頭突きする、
つもりが片足で蹴りかえされる。
衝突した墓石が俺を受けとめる。墓石の中から声がする。
下から伸びた手に押しかえされる。流範の前に転がる……。
白猫を叩きつけられる。
流範が俺を踏む。鋭い爪が頭と脇腹に食いこむ……。
横根である白猫が流範の鱗足に噛みつき、ふるい飛ばされる。四肢できれいに着地して、俺を見つめる。
流範が羽音を抑えて飛びたつ。空の闇にまぎれる。
背後からの声にびくりとする。道の向こうにフサフサがいた。やはり木札をくわえている。小汚い野良猫だろうと感謝しまくりたい。
でもフサフサは横に飛びのく。
突風の予兆。
流範が爪を立てて降りてきた。フサフサの逃げた場所から、コンクリートの破片が飛ぶ。
衝撃で、俺はまたも吹っ飛ばされる。
通路に大きな穴が開いている。
墓石の脇から覗く白猫と目があう。流範はいない。俺は横根のもとへ向かう。横根も俺へと駆ける。
まだ残っている墓石の脇に二人でうずくまる。
衝突の音が響く。ばさりと舞いあがる翼の音も聞こえる。
フサフサはそれきり話しかけてこない。遠くで電車の音が聞こえる。
肋骨の窪みほどにへこんだ半月を、黒い影が一瞬隠す。
次回「ハーフムーン前夜祭」