十八の一 座敷わらしと野良猫女

文字数 2,448文字

麗豪さん、のろくてすまんな
(隻腕の作務衣の男が水音を立てながら現れた)
……。
はっは、こいつはまさかのフサフサだ。でかくて素早くてあくどい野良猫だったぜ
(駅前にいた男。やはり異形だった。そんな言葉で片づけられない)
ふん。あんたはひねくれた臭い野良犬だったよね
(俺を挟んで、白人女性がにらみつける)
いまでも臭いままだよ、ツチカベ
土壁と呼べ。……お前がリーダーだな?
(男が俺をうれしそうに眺める)
本来の姿である松本哲人よお。会いたかったぜ
(昼間の俺が本来だ)
俺と同じで片腕なのか。やはり根性の座った奴だったな
ヒュン
うぐ
(鞭がしなる音がした。俺に飛びかかろうとした狼が転がる。

 眼鏡の男の手に鞭が戻る)

逃げずに戦うというのか。さすがだ。

だが、お前の相手は私だ

……。
マジ?

(立ちあがった雅は俺だけを見る。こいつになどかまっていられない。いや、すべてにかまえろ)

ニヤニヤ

きれいな雌だけど、おっかねえな
(……川に落とされた木札がどこにあるか。よどみに流されて、流木にでもひっかかっていればいいけど。川に飛びこむか? いまの体で泳げそうにない)

ハイエナはどいつが殺した? 服従と裏切りしか能がない奴らだから、どうでもいいがな。


麗豪さんよお。その犬を一人で倒すのは難しそうだぜ

(隻腕の男は楽しそうだ)

お前はお喋りだな。街の野犬であったときの反動か?

けだもの使いの資質なき者は、一人で屈服させねばならない。式神とするには

(男は静かに言う。

 淡い縦縞の半袖シャツに、カーキ色の薄手のチノパン。その静かな佇まいからは若いのか老けているのか分からないけど、こいつが張麗豪。楊偉天配下の妖術士……)

ははは、

だったら、そっちはそっちでやってくれ。

俺はこいつらをぶち殺す。腐れ縁だからな。


フサフサ、楽しいよな。存分に笑えるぞ。吠えられるぞ。ウォーン

 ウォーンと吠えてみせる。空はさらに暗くなっていく。
野良犬め。なにげに呼んだだろ。お前が名前を変えるのなら
(フサフサが肩の傷を押さえながら、にやりと笑う)
私もフーサと呼んでおくれ
はは……ん?
……。
(風が谷へと吹いてくる。狼が立ちあがる。こいつは俺だけを見て……
タッ
(飛びかかってくる。俺は背をむけて逃げる――。背中を見せるなよ)
ビュン
カチカチッ
わあ

(風を切る音がして、首になにかが絡む。俺は無造作に持ちあげられる。真下で、狼が空気を噛む音が二度聞こえた)

奴の気を散らすな

ひええ

(男の操る術の鞭が、俺の首を締めつけ持ちあげる)
しかし、まさかの鉢合わせだ。四神に関わるものを殺していいものか
(もう俺の詳細が伝わっているじゃないか。首が焼けて苦しい)

お、俺を殺しちゃヤバい

 理由はないけど、俺はあえぎつつ言う。首のうしろのかさぶたがはがれる……。
うーん……
……。
はは
(こいつが悩んでいるうちに死ぬ。俺は涙目を開ける。野良猫女は河原で土壁と睨みあっていった)
ヒュン
さっ
(ひとすじの鞭を避けて、蒼い影が俺へと跳躍する。鞭が引かれ、俺は避けさせられる)
土壁。どちらも痛めるだけにしろ
わあ

(首を絞める術の鞭が弱まる。俺は岩の上に顎から落ちる。俺を開放した鞭が狼を追いはらう。雅は森に消える)

竹林から聞いた。お前はあの人の仇敵だな。土壁に背負わせるから、しばらくそこで見ていろ
(また俺へと鞭をふるう。……青白い術が俺をがんじがめにする。片手ではどうにもならない。フサフサが沢へ入るのが見える)
ははっ
どてっ
バシャバシャ
(土壁も水に入り、つんのめって豪快に転ぶ。フサフサは目も向けずに、ばしゃばしゃと俺へと突進する)
逃げるよ!
(岸に転がる俺を持ちあげる。川沿いの巨岩を跳ねながら、俺を縛る術を爪で切り裂こうとする)
なんだよ。折れちまったじゃないかい
(フサフサが鞭の先端をくわえる。腕のなかで俺をぐるぐる回してほどく。振りかえるなり、ほどけた鞭を背後に振る)
ベチン!
 顔面にジャストして、雅は吹っ飛ぶ。術の鞭は消えていく。
(フサフサが駆けだす。……彼女の胸もとを見る。雅に裂かれたシャツを血がとめどなく染めて消えていく。フサフサの顔を見あげる)
ニカッ
(蒼白な顔で俺へにやりと笑いかえす)
この人間もどきが猫だったというのか?。


理屈としてとらえれば、白虎の光を猫が浴びた。ありえるのか?

(麗豪の声が聞こえる。俺は上空を見る)
 
わあ!

(人間が空から追ってくる。沢の流れは強まっていく。ここだとむき出しだ)

林に逃げよう
私はそのほうがいいけどね。

ゼーゼー

哲人は、あの犬に食われるよ。あれは森だと気配を消した

(雅のことか。……狼とちがい、張麗豪は俺を殺さないかも。おそらくフサフサも殺されない。だとしても生きたままで捕らえられる)
“ひさしぶりね”
(術の鞭に縛られて、あいつに見おろされるのを想像してしまう)
 前方からイオンを感じる。
崖だ。

ガシッ

跳ねるよ。残った手で頭を抱えな

(おそらく滝だ。頭を抱えたくても、フサフサにがっしりと抱えられている。身を任せた状態で宙を感じたのは一瞬だった。フサフサは地面に着地する。水しぶきを浴びる)
ふん。低かった……
あちちちち!

わあ

(フサフサが沢に飛びこむ。岸へと投げられた俺は上流を見る)
うほほ
(5メートルはあるコンクリートの堰堤の上に、土壁が立っていた。手にする槍を消して、
ひゃっほー!
(こいつもあの高さを飛び降りる。水しぶきがあがる)
うるさいな。二兎を追うには賢いパートナーが欲しい

(空を切る音を聞き、俺は岩の上を転がる)

ビュン
ビュン
(鞭は連発で放たれる。青白い光に捕まりかけて、川へと逃れる)
(堰堤の下の流れは静かで広い。そこから顔だけをだす)
あの狼が逃げるはずない。延々と、こいつを狙うはずだ

(今度は下流から張麗豪の声がする。

 物静かな言い分によると、俺は異形と魔道士に加え、なおも狼に狙いつづけられる)

ははっ

そろそろサンポは終わりかな
(俺は川の中で立ちあがる。ポケットを探ろうとして、左腕がないことを思いだす。どっちにしろ護符はそこにはない)



次回「火焔嶽」

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