はっは、こいつはまさかのフサフサだ。でかくて素早くてあくどい野良猫だったぜ
(駅前にいた男。やはり異形だった。そんな言葉で片づけられない)
俺と同じで片腕なのか。やはり根性の座った奴だったな
(鞭がしなる音がした。俺に飛びかかろうとした狼が転がる。
眼鏡の男の手に鞭が戻る)
逃げずに戦うというのか。さすがだ。
だが、お前の相手は私だ
マジ?
(立ちあがった雅は俺だけを見る。こいつになどかまっていられない。いや、すべてにかまえろ)
(……川に落とされた木札がどこにあるか。よどみに流されて、流木にでもひっかかっていればいいけど。川に飛びこむか? いまの体で泳げそうにない)
ハイエナはどいつが殺した? 服従と裏切りしか能がない奴らだから、どうでもいいがな。
麗豪さんよお。その犬を一人で倒すのは難しそうだぜ
お前はお喋りだな。街の野犬であったときの反動か?
けだもの使いの資質なき者は、一人で屈服させねばならない。式神とするには
(男は静かに言う。
淡い縦縞の半袖シャツに、カーキ色の薄手のチノパン。その静かな佇まいからは若いのか老けているのか分からないけど、こいつが張麗豪。楊偉天配下の妖術士……)
ははは、
だったら、そっちはそっちでやってくれ。
俺はこいつらをぶち殺す。腐れ縁だからな。
フサフサ、楽しいよな。存分に笑えるぞ。吠えられるぞ。ウォーン
ウォーンと吠えてみせる。空はさらに暗くなっていく。
野良犬め。なにげに呼んだだろ。お前が名前を変えるのなら
(風が谷へと吹いてくる。狼が立ちあがる。こいつは俺だけを見て……
(飛びかかってくる。俺は背をむけて逃げる――。背中を見せるなよ)
わあ
(風を切る音がして、首になにかが絡む。俺は無造作に持ちあげられる。真下で、狼が空気を噛む音が二度聞こえた)
ひええ
(男の操る術の鞭が、俺の首を締めつけ持ちあげる)
しかし、まさかの鉢合わせだ。四神に関わるものを殺していいものか
(もう俺の詳細が伝わっているじゃないか。首が焼けて苦しい)
お、俺を殺しちゃヤバい
理由はないけど、俺はあえぎつつ言う。首のうしろのかさぶたがはがれる……。
(こいつが悩んでいるうちに死ぬ。俺は涙目を開ける。野良猫女は河原で土壁と睨みあっていった)
(ひとすじの鞭を避けて、蒼い影が俺へと跳躍する。鞭が引かれ、俺は避けさせられる)
わあ
(首を絞める術の鞭が弱まる。俺は岩の上に顎から落ちる。俺を開放した鞭が狼を追いはらう。雅は森に消える)
竹林から聞いた。お前はあの人の仇敵だな。土壁に背負わせるから、しばらくそこで見ていろ
(また俺へと鞭をふるう。……青白い術が俺をがんじがめにする。片手ではどうにもならない。フサフサが沢へ入るのが見える)
(土壁も水に入り、つんのめって豪快に転ぶ。フサフサは目も向けずに、ばしゃばしゃと俺へと突進する)
(岸に転がる俺を持ちあげる。川沿いの巨岩を跳ねながら、俺を縛る術を爪で切り裂こうとする)
(フサフサが鞭の先端をくわえる。腕のなかで俺をぐるぐる回してほどく。振りかえるなり、ほどけた鞭を背後に振る)
顔面にジャストして、雅は吹っ飛ぶ。術の鞭は消えていく。
(フサフサが駆けだす。……彼女の胸もとを見る。雅に裂かれたシャツを血がとめどなく染めて消えていく。フサフサの顔を見あげる)
この人間もどきが猫だったというのか?。
理屈としてとらえれば、白虎の光を猫が浴びた。ありえるのか?
わあ!
(人間が空から追ってくる。沢の流れは強まっていく。ここだとむき出しだ)
私はそのほうがいいけどね。
ゼーゼー
哲人は、あの犬に食われるよ。あれは森だと気配を消した
(雅のことか。……狼とちがい、張麗豪は俺を殺さないかも。おそらくフサフサも殺されない。だとしても生きたままで捕らえられる)
(術の鞭に縛られて、あいつに見おろされるのを想像してしまう)
(おそらく滝だ。頭を抱えたくても、フサフサにがっしりと抱えられている。身を任せた状態で宙を感じたのは一瞬だった。フサフサは地面に着地する。水しぶきを浴びる)
わあ
(フサフサが沢に飛びこむ。岸へと投げられた俺は上流を見る)
(5メートルはあるコンクリートの堰堤の上に、土壁が立っていた。手にする槍を消して、
(こいつもあの高さを飛び降りる。水しぶきがあがる)
(鞭は連発で放たれる。青白い光に捕まりかけて、川へと逃れる)
(堰堤の下の流れは静かで広い。そこから顔だけをだす)
あの狼が逃げるはずない。延々と、こいつを狙うはずだ
(今度は下流から張麗豪の声がする。
物静かな言い分によると、俺は異形と魔道士に加え、なおも狼に狙いつづけられる)
(俺は川の中で立ちあがる。ポケットを探ろうとして、左腕がないことを思いだす。どっちにしろ護符はそこにはない)