四十七の三 ようやく奏でる二人

文字数 2,944文字

シャー
このジジイ、しつこすぎ

(龍が虫の異形をにらむ。

 無死も年寄りなのか。いつから存在しているのだろう。上空で向かいあうと、邪悪なセミの幼虫みたいだ)

俺と夏奈となら倒せる。

そしたら約束してくれる? 藤川匠でなく俺を選ぶって

シャー
うぜえ
ピュッピュッ
ジジイざけんな、潰すぞ
ガラ悪すぎ

(無死が牙を向けて飛んでくる。龍は高く飛ぶ。無死の毒液が鱗にかかり、煙が立つ。龍が吠えかえす…………)

ゴオオオ
ゴオオオ
ゴオオオ
(空から赤黒い物体が降ってくる……)
ひい~
(火山弾かよ。危険すぎる。無死に次々当たる。煙も立てずに平気で追ってくる。頭上の老人は結界にうずくまっている)
たくみ君を選ぶに決まっているし
シャー
(夏奈が空で旋回する。無死が尾に噛みつく)
ムカムカムカムカムカ

昨日から、マジでこいつ邪魔

(視界が白く消える。……氷点下のブリザードだ。妖怪でも凍死レベルだ。

 逃げ場がない。夏奈の頭にしがみつく)

俺を忘れたのかよ。そりゃ思い出なんてほとんどないけど

 手足が凍っていく。しがみついたままシャツ越しに心を伝える。


 陽炎のビル、緑地公園の野球場、駅ビルの屋上、小学校の校庭。二人だけの記憶なんて、異形になってからだけだけど……。木枯らしの吹くショッピングモール。交わしたハイタッチ。

 それでも龍は無言だったけど、

……横根。瑞希ちゃん。

ポツリ

瑞希ちゃんがまた呼んでいる

(彼女の声は夏奈に届く)
私は瑞希ちゃんみたいのが好きだった。でも、瑞希ちゃんは私を嫌っていた。だから、ヤバいことをしちゃった。気を引くために。

あの小説、ヤバめだけど面白かったし

(横根の裏アカの暴露。吹雪が弱まる)

横根は夏奈を嫌っていない。むしろ好きだ。そうに決まっている。

だから横根はこっちの世界に来た。夏奈を助けるために!

……。
(稜線上の廃村に戻ってきた。血の色の灯はふたつだけ残る。

 夏奈がつぶやく)

瑞希ちゃんは誰かが好きだった。

香蓮もその人が好きだった。だから私は困ったんだ

(そんなモテモテなのは、おそらく俺だ)
……あなたは誰だっけ?
(龍が頭上の俺に尋ねる)
またも人の心を感じるぞ!
ビュンビュン
(楊偉天の朱色の矢が、俺めがけて幾重にも飛んでくる。龍が体をねじらせ自分の身で受けとめる)
法学部の特待生で、まじめで、ちょっと格好良くて、テニスがうまくて、でも嫌味がなくて。

……お人好しなほどやさしくて、見て見ぬ振りができなくて

(夏奈は思いだしていく)
女の噂があった。だから誘われても逃げた
(噂の出どころは、どうせドーンだ。龍が鞍部へと降りていく。吹雪が強まる。俺を思いだすのはやめたようだ)
夏奈、でも夏奈は桜井夏奈だろ?

(震えながら伝える。それは覚えているよな)


フロレ・エスタスじゃないよな……!!!

(廃村が光で囲まれた。朧の術ぽいけどナイター照明ほどだ)

ブルブル

……。
ハアハア…

ブルブル

(地吹雪の広場にいるのは彼女と藤川匠、残存の獣人が二体だけ。竹林に積もる雪を結界がはじく。

 ドロシーはしゃがみこみ銃を撃っている。疲弊が上空からでも分かる。藤川匠は術の弾幕をたやすく弾く。間合いが狭まっていく)

また瑞希ちゃんが呼んでいる。あなたは瑞希ちゃんを連れて帰って

タッ

魔女見習いめ、よそ見とはな
 ふとドロシーが上空を見上げる。その一瞬に藤川匠が駆けだす。
ヤバイ
やあ!
 
 剣の一撃をドロシーは銃で受けとめて寸断される。
……お前がいずれラスボスか?

ドカッ

ひっ
 藤川は彼女の腹部に蹴りをいれる。

 仰向きに倒れた彼女の喉に剣先をつける。

 藤川匠が龍に乗る俺を見あげる。

ふっ
やめろ!
だめ!
 俺は飛び降りる。なのに龍が俺を握る。
降ろせ! あいつは手下が死んでも顔色を変えない奴だ!
ビクッ
(俺の怒声に龍がびくりとする。それでも爪を離してくれない)
……二人を戦わせないよ
……人間め、私のそばで呼吸するな

……。

こいつはこっちの世界の住人だろうと、まだ僕は人を殺せない
(嵐の空へも届く人の声。藤川の剣は寸止めされたままだ)
松本の理屈はおかしい。魔物とは討伐されて消滅する存在だろ。そいつらが僕を守って死ぬことを、どうして嘆く必要がある。

フロレ・エスタスは別だ。僕に殉じて、ともに今の世に生まれてきたからね

(思いだした。藤川匠と夏奈は生年月日が同じ。俺なんかよりはるかな絆……)

無死よ。儂を忘れるな。

もういい。すべてを殺せ。藤川を殺せ。そして松本を殺せ

……シャー

ノソノソ

(老人は闖入する。

 無死が地面に降りる。のそのそ歩くさまは、動く小ピークだ。木々を倒しながら広場へと登る)

……。
……。
よく見たらすごくかわいいね。これぞ魔性だ。

僕まで魅入られるなんて思ってないよな

へへ、日本語は知らなかったのに、だんだん通じてきた。

……殺せばいい。死ねば会える。だから怖くない

……まだ殺せないと言っただろ。でも僕は導きの断片を見た。だから

ドカッ

ドカ、ドカ、ドカ
…………。
 藤川匠がドロシーの脇腹を蹴る。頭も。彼女は顔からぬかるみに押しつけられる。
夏奈、手をどかせ
……だめ
 藤川匠が剣をかかげる。おぞましい丘陵と対峙する。
無死と言う名前か。

根は素直でおとなしい奴だな。もっと怖い龍がいるのを知っているか?

……。
 藤川が丘のごとき異形へと憂いある目を向ける。
怯えずに剣の光を見ろ。いまの僕に従え
シャー
 巨大な異形が逡巡する。首を垂らす。藤川匠が乗る。

 頭上にいた老人が杖を向ける。

き、貴様は――
タッ
ひっ
スパッ

 若者の刹那の動き。破邪の剣が杖を切断する。

 藤川が消えゆく楊偉天をつき落とす。

 
ヒ…
 数メートル落下した老人は動かない。そいつはどうでもいいけど、泥に顔をうずめたドロシーも動かない。
 
俺は怒っている
無死、浮かべ。

松本のもとへ連れていけ

 藤川匠が命じる。

 破邪の剣が煌々と光る。



 俺が命じる。

夏奈、飛ぼう。

まずは無死を倒そう

 
(五本の爪に挟まれた俺の手の中で独鈷杵が青く輝く。俺はかすかに悟る。藤川匠の手先を征伐するが俺への導き)
……。
 龍が怯えている。
……松本君、怖めだし
……。

……。

……夏奈

あれ? 思いだしちゃったかも
ははは、あなたの名前は、松本哲人だ!
 龍から人の歌が聞こえた。
もっと奏でろ! 輝かせ!
(俺ごと握った独鈷杵がさらにさらに青く輝く。コバルトブルーに目が焼かれそうだ)
 
夏奈……
 藤川匠が剣をおろす。
フロレ・エスタス……

呼びかけるな

(青龍はお前の手下でない。俺の仲間であって大事な人だ)
 龍と無死が交差する。俺は爪から離れる。空中に舞い、
(手にしたコバルトブルーで無死の体を縦に切り裂く。俺はぬかるみへと無様に落下する)
ズドン
 無死の起こした地響き。不死身のはずの巨大な異形が溶けていく。それよりも、
 
ドロシー!
 俺は横たわる彼女へと這いずる。
無死が逃げるぞ。百年は地上に顔ださない
(仰向けの老人の胸もとで鏡から話しかけてくる)
あと一撃喰らわせたら、お前は末代まで語られたのにな
(知ったことじゃない。ただただドロシー。夏奈と同じぐらい、みんなと同じに大切なドロシー)


ドロシー! ドロシー!

……哲人さ、逃げ
(彼女は目を開けたけど)
 背後からの怒気。


ズサッ

フロレ・エスタスよ、受けとれ
(背中に衝撃を受けて、俺の意識は吹っ飛ぶ)



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