二十四の一 漆黒の扇

文字数 3,794文字

……。
(大カラス? どこをどう見ても人間だ。なのに異形の気配が半端ない)
……。
あなたは台湾をでるときに、ずいぶん騒ぎを起こしたようね。さっそく桃園空港に魔道団の連中が出没していたわ
……。(峻計がどこからか扇を取りだして、みずからをあおぎだす。いく枚もの黒い羽根でつくられた、おおぶりな扇だ)
あいつらの目鼻は異常よね。おかげで私は石垣島まで漁船に乗って、那覇経由でようやく到着よ
……。
 その背後では、男が能面のような顔で立ちすくんでいる。

もう行っていいわ。

謝謝(シェシェ)

……。
 
 人間の男性は荷物を置いて、来た道を去っていく。
楊偉天の妖術ではないか。


あのジジイも来ているのか?

カチン

老祖師と呼べ!

バサッ
ビュン!
 峻計が黒い扇をあおぐ――。黒い光が一直線に思玲へと向かう。
くつ
 彼女は小刀を横にかかげ、押されてよろめきながらも(はじ)く。
ふっ
ビュン!
 峻計が返す扇でさらにあおぐ。バックハンドで黒い光が放たれる。

(光は思玲へと向かわない)

グワアアア
 鬼の絶叫が響きわたる。胸もとをかきむしる。

あのお方がおらずとも、傀儡の術なら私でも使えるわ


緑松、捕囚は許されないよ……。さすがは鬼だ。簡単に消えないね。ならば仲間に会わしてやる。

パチン

私だって結界を張れるようになったのよ。姿隠しだけだけど

 峻計が扇を持たない手の指を鳴らす。
モゾモゾ…
バカーン!
 キャリーバッグがもぞもぞと動きだす。爆発したかのように開く。
ああ狭かった
それより腹が減った。山羊か豚でもいないか
(いやしい声とともに、また鬼が二匹現れる。……もう一匹いる)
峻計さん。こいつらと閉じこめるなんてひどいですよ。匂いが染みつきましたよ
(小さい奴がぼやく。たんこぶのような小さい角をはやしている。……小鬼だ)
琥珀(フーポー)。魔道団が羽田にまでいたら面倒だから、お前達の気配をだしたくなかったのよ
(峻計がくだらなそうに言う。……魔道団ってなんだ?)
……。
 琥珀と呼ばれた小鬼は宙に浮かんでいる。俺を怪訝に見つめ、だぼっとしたパンツをずりあげる。飴色の冬仕立てなパーカーのフードを深めにかぶる。
ゴソゴソ
 パーカーのポケットからなにか取りだす……。
 
異形のくせにスマホかよ

そうだ。圏外だ。

チッ

急だったから設定し忘れた。

……穴熊は傀儡を消す術を覚えたのだろ。だから老祖師は峻計さんをも送りこんだ。お前を殺すためにな

……。
(……思玲はほくそ笑んでいやがる)
 俺と目が合うと笑みをかき消し、
樹上に行け!

見てのとおり奴は空に浮かべる。宙で術をだし、桜井達に波動をかけるかもしれぬ

フワ…
サッ
 命じられるまま俺は浮かぼうとするけど、峻計の扇が向けられる。
哲人君と言うのね。……やはり人ね
……。

(妖艶に俺を笑う)

人の知恵と土着の護符を持つ妖怪なんて、ちょっと面倒臭いね。

どうやって、おなかの四玉を返してもらおうかしら

……!

(とっさに腹を抱えてしまう。……なぜに端から分かる?)


電波を引っぱったらつながった。


こいつは座敷わらしって奴ですね。星は一個だけ。でも護符があるなら、僕でも牙を向けられないな。


思玲が盾にするにはもってこいだね。はは

……。
(すべてお見通しの異形と、スマホを所有する小鬼。こいつらはなんなのだ)
峻計さんよ、俺達はなにをすればいいんだ?
うう……
他の奴らはどこだ? そこで緑松が死にかけているけど、あんたの仕業だろ?
(対照的に、黄色い腰巻と水色の腰巻の鬼達は突っ立つだけだ)

イラ

黄玉と海藍宝は思玲の相手をしな。

先に来ていた連中はみんな殺されたようだね。おそらく、その哲人っていう座敷わらしに……。

こいつは弱そうに見えるけど、食べる前に溶かされるよ

……。

(峻計は俺へと挑むような笑みを向ける)
ひい……
で、緑松はなんで峻計さんにやられたんだ?
イライラ

ただの懲罰だよ

ポカン
ポカン……グヒヒヒ
悪さがばれたのかよ。ついてない奴だ。

緑松はチーム分けのサイコロでも、下から三番目だった。グホホホ

海藍宝。俺達だけで穴熊をやっちまおうぜ。犯して食ってやる
コイツラハ…

(鬼達が思玲へと顔を向ける。思玲は動じない)

上に向かえと言っただろ!
(俺へとどなるだけだ。……でも思玲一人で戦えるのか。むしろ、さっきの川田との連係プレイのように、二人で力をあわせるべきかも。
 小鬼がぽろりと言ったな。護符がある俺が盾になる。その背後から思玲が螺旋の光を放つ。……いや、待て。あの黒い光は一撃で鬼をダウンさせた。護符より、思玲の術より強い)
…ノロマカ?
(……小鬼の目には智が灯っている。あの言葉は罠かも)

座敷わらしなど僕に任せて、峻計さんは思玲を倒すべきですよ。

ポチポチ、ドラッグ

こいつらは――

私の背後でそれをいじるな。


こいつの相手は私でないと無理だよ。お前も欲望を我慢しな

(欲望?)
聞いただろ? お前らだけで思玲を殺せよ
 小鬼が自分の十倍ぐらいある鬼達をにらむ。スマホをポケットにしまい峻計へと、
僕は上を見ますよ。青龍ほか四神くずれを確認します

スー

 煙突からあがる煙みたいに浮かぶ。
(桜井達こそ守らないと!)フワフワ

 俺も反射的に浮かびあがる。小鬼を追いかける。護符を喰らわ


 尻への衝撃。

 
   ズドン
うわ
 俺は吹っ飛び、大ケヤキの幹に激突する。ごつごつと老いた樹皮は静かに受けとめてくれたが、体の裏側が焼けるほどの激痛だ。
うわあああ
 悲鳴をあげながら、ずるずると地面に落ちる。あえぎながら振り返る。
さすがは土着だね
 カラスの羽根のような扇を握った峻計が、きれいな顔を歪ませて笑っていた。
……。

かと言って本気で打つと、先に四玉がおしゃかになりそうだしね。


どれくらい木札が弱まったか、この子に触って試してみな

ギョッ
ギョッ
 鬼達がぎょっとした顔をする……。
 
 思玲の亮相の構えが見えた。両手を交差させる。
 
ふっ
 なのに峻計が半身になって扇をあおぐ。
シュー
サッ
シュー
……。
 螺旋の光は黒い扇の上に乗り、俺へと振るわれる……。
哲人避けろ!
 思玲は叫ぶけど俺は動けない。金色と銀色がぐるぐると――。
ぎゃあああ!
 
 光の直撃を受ける。妖怪としての自分が切り裂かれる衝撃だ。木札が守ってくれない……。
松本君!
(桜井の悲鳴が聞こえる)
この小さい奴はなんだよ
(ドーンの怯えも聞こえる)
思玲、松本君、助けて
(かぼそい横根の声も……。

 俺はなにもできない。意識が遠ざかるのをこらえるだけだ……)







 

すみません。あっという間に逃げられちゃいました
……。
なにをやっている。青龍は私達を受けいれなかったのか?
完全に傀儡の術が消えちゃったようですね。それに小鳥になっていた。

ちなみに朱雀もどきは鴉で、こいつも飛べるんですよ。どっちも僕よりずっと速い

(体中が痛い。思玲はどこだ? 目を開けられない)
よりによって飛べるのか……。

もう一匹、四神くずれがいただろ? 青龍への傀儡が消えたのならば、対局の方角に位置する奴が必要になる

(えっ……。峻計の言葉に意識が覚醒する)
そうなんだ。まさに白猫がいたけど、歯向かってきたので弾いちゃいました。

……いちいちにらまないでください

(傷ついた横根を……。生意気な口ぶりの小鬼が許せない。立ちあがりたいけど体が動かない)

オズオズ

思玲が消えやがったけど、
オズオズ

どうしやしょう?

いてえよ……うがあ……

役立たずばかりだ。お前達は私の弾よけになれ


(セミも鳴かない。小鳥もさえずらない。車の音さえ聞こえない。ここにはもう、俺とこいつらしか存在しないと思えてくる)
じっとしていろ

(思玲の声がした)

危急の結界だ。あいつは気づく。機会を待つぞ

(彼女は姿を隠している。逃げずに俺を助けようとしている)


みんなは大丈夫ですか?

今はおのれの身だけを案じろ
 思玲はすぐそばにいる。体熱すら感じるほどそばに。俺は視線を動かす。
イライラ
ヒッ

 いら立つ峻計が見えた。


緑松、いつまでもわめくな。集中できない
が、ああああああ……

 あいつが横たわる鬼へと扇をふるう。

 鬼が断末魔の叫びをあげるなか、

静かに

 俺は腕を引っぱられる。思玲が目の前に現れる。


(……俺が結界へと入ったのだ。結界に包まれても木札は抵抗しない)
 
黒羽扇(フェイイーシャン)からでる光は邪悪だが、それでも護符が弱すぎる。

言いたくはないが、本旨である守護をはずれた殺生を重ねすぎたな。私の稚拙な祈りのあとにも

(彼女の言うとおりだけど、俺だって好きで鬼やカラスを殺したわけではない)
峻計に術を当てるのは至難だ。当てられる確率のが高い。……ゆっくり動くぞ。離れたら全力で逃げるからな

ヨイショ

(全身が焼けているみたいだ。おそらく俺は動けない。彼女に任せるしかない)


木札はもとに戻るのですか?

 抱えられながら尋ねる。
割れているか?
 彼女は身を引きずるように地面を進む。俺は木札を見る。
ひびすら入っていません
お前のように強い札だな。ならば祈れば戻る
(そんな簡単に済むのならば俺の体も回復してもらいたい……)チラッ
 俺は彼女の胸もとを見る。思玲も俺の視線に気づく。
珊瑚がなかったな。

チッ

どのみち私には無用の長物だったが……。近所に清い場所はないか? この木やさっきの社など比較にならぬ所だ

俺に分かるはずないです
チッ

 思玲がまた舌を打つ。峻計が鬼達に背中を守られながらケヤキに近づいてくる。





次回「差しだすものあり」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色