四十二の二 新月空中戦

文字数 2,918文字

(雲を越えて急上昇する。誰も下を見ない)
ひとつの方向に向かっているみたい。この高さならば、陸の連中には見つけられないんだ
へえ棒読み


あっ雲が切れた棒読み

(下にジェット機が飛んでいる。これより上は宇宙だ。この高度から垂直に地上へと狩りをするのか?

 末恐ろしい異形だが、俺達が乗っていることを考慮してくれ)

ドロシーや龍の気配は?

ドロシーちゃんは分からないけど、龍はずっと上だね。


ここまで飛んだから気づけたんだ。あの怪獣と追いかけっこしているのかも

(風軍が首を星空に向ける。無死に違いない)
これ以上昇るなよ。すでに寒いし息苦しいし、極めて

(カラスに戻ったドーンが巨大な羽毛にもぐってぼやく。

 俺だって白猫をカイロ代わりに抱えている。本来ならば星五個とレジェンドの戦いだろうが、凍死しようが窒息死しようが夏奈のもとへ行きたい。とても無理だから地上に呼び戻したい)

もう少し降りてくれ
うん
(手負いの獣も音を上げる。大ワシが下へと滑空する)






 

(旅客機とふわりとすれ違う。なんでわざわざそういうことをする。川田達は人の目に見えるだろ)
これだとまけないな。あのおじさんの名前、なんだっけ?

(風軍が首を後ろにまわし俺を見る)
黒くてでかくて消えて、ギギギと笑う奴。下に降りたからやってきちゃったよ
(サキトガだ。……恐れる必要はない。俺達には珊瑚がある。心は読まれない)
『ギギギ、新月の夜だと読めたりして』
(マジかよ。でも、むしろ待っていた。こいつはまだドロシーの魂をひそめているかも)
『まだ持っていたっけな? すでに我が主に捧げちゃったりして』
(声はすぐ上からだ!)

『ここから時速1200キロで地面に激突するのは三十七秒後だ』

わっ
ニャッ
カッ
バウ
(見えない爪が風軍の背中を払い、全員が空に投げだされる――。飛べないのは、川田と横根)


風軍、川田を救え。ドーンは戦え

うん
カカカッ

(白猫を抱えながら命じる。

 大ワシが急降下する。ふたたび迦楼羅と化したドーンもあとを追う。……川田は大丈夫だ)

『なぜならサキトガは俺を狙うから。ご名答』
グワッ
わあ

(俺は巨大な爪を避けるが、宙に浮かぶクラゲのようにゆったり高度を下げる)

横根、シャツの中に入って

(絶対に手放すわけにはいかない)

や、やだよ。恥ずか……

ゴソゴソ

ニャッ
(静岡の真っ暗な海が見える高さにいることに気づき、自分からもぐってくる。俺は意識を外にだけ向けて、潜水の要領で地上を目指す)チラ
 サキトガの気配が近づく。
『横根瑞希。

 松本哲人はこの状況下で、中学生になったお前の体に興味を示している』

え?

(なんて奴だ)

『教えることがあったな。

 パンパカパーン、哲人君の前回のお相手は――

(こんなはるかな上空で、なんて奴だ)

サキトガ来い! 俺の魂を奪うのだろ! 俺の腹には純度100があるからな!

フワフワ

(誘う声をさまたげる。緋色のサテンを頭巾のようにかけて頭と首を守る。手で足を守りながら高度を下げる。これならば俺を切り裂けば、リュックも裂けて共倒れだ)
殺す必要ないし
わっ
ふぎゃ

布がずれた

(巨大な爪につかまれて、横根が服の中で「ふぎゃ」と悲鳴をあげる。巨大な闇の妖魔が改まる)
『やり直すぜ。


 松本哲人。

 契約を反故にしたうえに関わったロタマモを消滅させ、龍を脅したな。報いとして――、ギギャッ』

ひゃっほー
(上空から気配もなく、隻眼の狼が降ってきた。サキトガの耳に飛びつき食いちぎる。俺はなおさら締めつけられる)
……まずいな

ペッ

『こ、この俺を食ったな。ゆるせね、ギギャー!』
カカカッ
(疾風のように、迦楼羅の赤い護符がサキトガの目を突き刺した。……爪で押された背骨がきしむ。横根が俺にもたれこむ)
ウウ…
俺もカラスだから目を狙うんだよ、カカカッ

ミシッ

(ドーンはヒット&ウエイで飛んでいく)
すべる体だな
(サキトガの耳をさんざんに噛み砕いた川田がぼやく)

ミシッ

この野郎
風軍、受けとめろ

ミシッ

(空に飛び降りる)

ミシッ

苦しい~
いきなりだよ

ミシミシ

(風軍の声が下から聞こえた。戦わずとも待機してくれるようだけど、俺と横根は攻撃のとばっちりを受けまくっている。やめろとも無理するなとも叫べない。苦悶するサキトガの爪に圧迫されて苦しい)

ミシッ

『俺のが痛いんだよ!』
あっ
ドクン

(サキトガがさらに力を加える。人である横根が薄らぐ。

 ドクンと鼓動が割りこんだ)

痛い自慢するな!

 俺はサキトガの爪をこじ開けて、体を開放する。


 川田を乗せた大ワシが上空を舞っている。ドーンはつむじ風のようだ。俺は目から黒い血を流す巨大な妖魔の顔へと浮かぶ。でかいが倒してやる。

『妖魔こそが新月の具現。ロタマモは今宵見つめるだけで敵を殺せたのにな』
ズリッ

(サキトガである闇が笑う)

『俺だって、今夜はこんなこともできるんだぜ』
ブオオオオオ
横根!
(口を開けるなり、黒い炎を盛大に吐きだす。緋色のサテンで受けとめる。心のなかで横根を抱きとめながら、本体は炎の中心へと突進する)
ギギ、こいつを倒せばドロシーが戻ってくる。それしか脳裏になくね? せっかく横根瑞希の全裸がすぐそこに――

惑わされない。

お前こそカウントダウンはどうした?

(サシならばともかく、四対一ならば念波があろうがきついだろう)

(などと思ったら、黒い炎が上空にまき散らされる)

なんて奴だ

あつい!
あちち!
あつー!
(風軍、川田、ドーンが直撃を喰らう。でも機会だ)

どりゃ!

(俺はサキトガの顎に頭突きして、さらに殴りまくる)

『痛いな』
わあ

(一撃ではらい落される)

『用事だけ済ます。


 違約の報いだ。貴様の魂もいただく』

(空中で体が薄らいでいく――。横根は目を開けていた)
ま、松本君。珊瑚だよ
おお…

(人の姿である彼女はやはり中学生ぐらいのままで、海神の玉だけをまとっていた。人の姿である俺は、胸もとで赤く輝く珊瑚を握る)

おずおず……ニギッ

(なのに実体が消えていく。あの時も、横根は珊瑚ごと魂を持っていかれた……)

『私は好きな人のために祈ります』
(幼い横根がつぶやき始める)
邪悪な力をさまたげて、その魂を守るために
(俺の実体が戻ってくる)
くっ

(また爪に掴まれる)

『やっぱりお前達は殺すべきだな。

 ロタマモよお、俺も白銀弾で消滅しろってことかな』

(巨大な魔物の口から、いにしえの人々の怨嗟が漏れる。俺も横根もそれに加わる――。

 空気の渦が夜闇を裂いた)

『なんてこっちゃ』
(サキトガの巨大な体が回転しながらはじき飛ばされる。俺達も一緒に地上へと飛ばされる。……弦楽器の音?)
ギギャアアアアア
 
(旋律が刃となり、サキトガの首が切断される。俺達を握る手が消滅していく)
見事な囮だった。僕の手筈のおかげだけどね
(中空から露泥無の声がした)
でも松本と横根は地面に激突して微塵と化す。

大姐、どうかこいつらをもう一度お助けください

当然だ。梟を倒した礼をするさ。奴がいたら、今夜は私らが狩られる立場だった。


殲、包んでやれ。

露泥無は拾ってやったわけじゃない。そっちに行け

ぐえっ
(ヨタカが飛びこんできて、ついで俺達は結界に包まれる)
な、なんなの?
私は蝙蝠の残骸を追う
(姿を見せぬまま、大姐は遠ざかる。おそらく結界をまとった翼竜も)



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