九の三 悪は成敗される

文字数 3,135文字

(上空を舞う影は俺達を追跡してきた。ブドウ棚が守ってくれている)
あんなのがいたら飛べるはずねーし。小鳥の気分がよく分かった。

て言うか、あの子も魔道士だろ? 思玲と同レベルだろ? さすがにもういないと思うけどな。


峻計がいたりして。あの三羽もいたりして……。


やっぱりフサフサと合流しとかね? あのおばさんと一緒のがマジで安全だし。そんで朝になったらお天狗さんに行こ

(頭上でまくしたてないでほしい)
ドロシーには武器がなにもないだろ。そいつらがいるのなら、なおさら助けないと
別れ際のあの子の顔を見たかよ。般若のように哲人をにらんでいたぜ。哲人こそ彼女の敵だし。

て言うか、リュックを返したら箱はどうするんだよ

(うるさいカラスだ)


それは思案中


(考えようもないから到着してから考える)

 畑が途切れたので、隣接した林に入る。
お化けタカがあきらめたな。麓に戻ったぜ。

ホッ

猛禽賊の気配だけは俺にもよく分かる

(野良猫だった人はなおも犬を恐れ、人だったカラスはタカに怯える)
(この林をたどると異なる山に向かいそうだから、ブドウ棚の下に戻る。欲を言えば車道から離れたくない。でもむき出しにはなりたくない。車のライトが多ければ、それを目印に道からはずれないで済むのだけど)
(正面に栗色のライトが見えた)
(……車の光じゃないよな。まぶしくないし、木々の間を縫ってくるし――)
バシン
ガガッ

いてぇ……

(光と正面衝突する。ドーンが悲鳴をあげて飛びあがる。ブドウ葉を揺らして空に消える)
捕捉したよ。あきらめな。


(やっ)ちゃん、まずは照らして

(光が直撃した胸がじんじんと痛む。でも、もっとすさまじい光を浴びたことが……)
(記憶を掻きだしている場合ではない。昼間に笑いながら扇を向けた女性が、今夜は真顔で扇を向けているのだから)
(四方から、いや八方からマリンブルーの光に照らされる)
八千男(やちお)は土蛸だよ。逃げられない
(日本名かよ。マリンブルーの照明のなかへ、シノがやってくる)
ドロシーのリュック……。戦利品のつもりか
(返しにいくところですなんて、信じるはずないだろうな。……これには箱が入っている。奪われるわけにはいかない)
ヨイショ
(俺はリュックを背中からはずし、シャツの中に移す。おなかが少し膨らんだ程度だ)
…シュート
(シノの形相がさらに変わった)
八ちゃん、こいつらを消滅させよう
ニョキ
(腐葉土を揺らすこともなく、地面から赤いタケノコが生えてきた。あっという間に人の背丈ほどになり、そのさきの吸盤が俺に張りつこうとする――)
フワフワ

(人間だった俺を転ばしたのは、このタコの足だ。俺は宙に浮かんで避ける)

わあ

(銀色の糸が無数に飛んできた。青色に照らされる。避けきれずシューズにからみつく。地面へと引き寄せられる……)
わあわあ!

(ブドウ畑の底から、クモの目をした馬鹿でかいタコが顔をだす)

避けろよ、のろまかよ!
(マリンブルーが照らす人の背ほどの空間に、カラスが戻ってくる)
ガー
(俺にまとわりついたクモの糸をくちばしで断ち切ろうとして、からみついて地べたに落ちる)
台湾の雑魚どもが

ザクッザクッ

(畑の土を重たげに踏みながら、シノが寄ってくる)
我々は魔道団。仲間の復讐は命に代えても成し遂げる

モゴモゴ

あの娘は死んでねーよ。いまから助けに行くんだって
 くちばしが開かないドーンがもごもごと叫ぶ。
ほざくな!

バシッ!

ガー!
 シノが扇を振るう。栗色の光を喰らい、ドーンがまた悲鳴をあげる。
やめろ!
ペチッ
(糸を引きずって浮かびあがる俺へと、顔ほどもある吸盤が顔に貼りつく。……妖怪のくせに息ができない。吸盤から逃れようにも粘液に手が滑るだけだ)
んんん!

(中一の夏の出来事を思いだして、パニックになる。あがきだす。でもドーンを助けないと)

八ちゃん、この物の怪を消すの許可するね。

そしたらリュックだけが残る

んんん……

(シノの冷酷な声がする)

やめろよ! 哲人逃げろよ!


あの娘のところに連れていくから、やめてくれよ!

ウウ…

(ドーンが叫んでいる。俺の意識は遠のきはじめる)

道案内は一羽で充分だ。

羽根が折れた鴉だけでな

グアッ
(またも冷酷な声。直後にドーンが悲鳴をあげる)
(……片羽根で闇夜に舞いあがった迦楼羅。子犬を助けるために……)
 ドーンこそ助けないと!
どけ!
ビクリ
(俺は土蛸だかに命じる。化け物がびくりとしやがった。スーハー。吸盤に隙間ができて、数十秒ぶりに息継ぎできた。タコの手に手を押しあてて逃げだそうとするが)
ペチッ
(式神が主の命令に背くはずなく、さらに強く吸いついてきやがる。スーッ。直前に息を大きく吸いこむ――)
ニョロニョロ
うわっ

(別のタコ足も胴体に絡まってきた。服がぬめるけど、それどころじゃない。締めつけられても力ではかなわない)

……なんで手こずってるの?
(化け物を倒すための武器が欲しい……。せめて抜けだすために)
仲間への助けを呼んだか、か弱き精霊よ
(誰かの声がした)
ならば、さらに弱くなればいい……

         弱くなればいい……

            弱くなればいい……

(声じゃない。これは合唱だ。輪唱だ。俺の力が抜けていく……)
ヌルリ
(ぬるりと落ちる。腐ったデラウェアの横から見上げる。ブドウ棚を壊さぬように、狭苦しく巨大なタコの足がうごめいていた)
や、やった。哲人が座敷わらしだ
(ドーンの声がした。カラスは足を糸にからまれて逆さづりになっていた)
ドクン
(俺の怒りが鼓動と化す)


まだ元気ずら! 戦え!

(ドーンに命ずる。俺自身もブドウ棚に越えて、空に浮かびあがる。――おのれの姿が、おのれに見えないことに気づく)
こんな感じかな?
カカカッ
(笑い声とともに、ドーンもブドウ棚を突き破ってきた。

 カラスではない。迦楼羅だ)

八、逃がすな!
 
(シノの声とともに、土蛸も顔を宙にあらわす。ゆであがったような赤い体に、ふたつのでかい目とふたつの小さい目。四つの牙をもつ異形だ)
やってやるぜ

(カラス天狗のごときドーンが手に蔓を持ち、背中の羽根を羽ばたかせながら不敵に笑う。

 ぶどうの蔓で戦うつもりかよ)

ストン

(女魔道士も跳躍して、ブドウ棚の上にふわりと着地する。彼女の目は俺達への怒りで染まっている)

変げしやがって……
(こいつは敵ではないと、俺の怒りはしぼんでいく……)
逃がさぬ!
わあ

(彼女は扇を振るう。栗色の光を、俺はひらりと避けるつもりがぶつかる。痛い)

スマホがつながらなくなった
電波もいじれぬ。貴様は木霊を味方とできるのか
(彼女はパンツのポケットからなにかを取りだし、口にくわえる。草鈴だ。俺達には聞きとれない音を奏でさせている――)
 

(ゾワッとする。この音を聞きとれる奴がいると、か弱い妖怪の感がうずいた。人の振りをした異形の禍々しい顔を思いだす。逃げないと……。

 あいつはここにはいないとフサフサが感づいていた。ならば続行だ)

ドロシーに会いたいのならば俺を追え
なんだと?
(俺は香港の魔導士に命じ)
カッ
ドーン、いまは戦わない。お天宮さんに急ごう
 伸びてきた足を蔓で追いはらっている迦楼羅に告げる。なんならハイエナ達に俺を追わせてもいい。思玲達への気がかりが消える。

違うだろ、川田達を守るんだろ。


カッ、いまは哲人に逆らえねーし。力のあるうちに行こうぜ

喰らえ!

 
(ドーンがタコへと蔓を投げつける。

 ばさりと飛んできて、俺を両手でつかむ)

いまの俺ならばタカにも大カラスにも捕まらない
(ドーンがうそぶる)
でも場所は分からないから案内して
八ちゃん追うよ
 カラス天狗とともに天高く浮かび上がる。加速する。山が影としてのしかかってくる。眼下に集落のまばらな光が、飴カスのように散在する。



次回「座敷わらしと相棒カラス」

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