四十六 どんどん無敵

文字数 3,139文字

4.5ーtune



哲人さんはどこ?
(ドロシーはサキトガが消えた地にしゃがんでいた)
このオーロラはきれいだけど邪だ。……哲人さんはどこなの!
ドロシー


(俺は声をかける。なのに、もう届かない)

松本ハ楊偉天ノ横ダ!
(人間のおばさんが焦げた白猫とカラスを抱えていた)
僕ハズット見テイタ

ヒュン!

ヒュ~
最強形態である露泥無がリュックサックを片手で投げる。地面から掘り起こしたように泥まみれのそれを、ドロシーは片側の肩にかけ立ちあがる
貉、ありがとう! 私はあなた達を許す。だから、あなたも私を許して

タッタッ

(ドロシーが嵐の中を駆けだす。俺がいる舞台へと。楊偉天が待ちかまえるもとへと)
 楊偉天が杖をつき立ちあがる。

ゼーゼー


梁勲の孫か……。心の傷はいやせたか?
邪悪な声は聞こえない!

タッタッタ

台湾で梁勲が古酒に酔って寝たこと覚えているか? 儂はお前にせがまれて、難しい術を教えてやった。まさか出来るとは思わず、ましてや暴走するとも知らずにな
哲人さんを返してください
……マジで聞いてない
お前に貸してボロボロにされた扇は貴重な品だったぞ
アイヤ!
(楊偉天が杖をかかげる。ドロシーが泥へと押し倒される)
ひっ
(だっ)
…………。
(彼女は逆さまの跳ねかえしも跳ねかえす)
だから?

楊老師、心も魂も衰えていますよ。死ぬまえに、哲人さんを解放しなさい

……ドライ?

ヒヒヒ、お爺ちゃんにおねだりした玩具か? 我が命が死者の書に吸われたとでももいうのか?


貪よ、吐きだしなさい

ゲヒヒヒヒ
? こい
つは
 

(魔物の笑い声がドロシーを弾く。

 瞬時に……彼女が見えなくなる。俺は閉じこめられたまま)

土壁、いるよね
!
もはや私は誰にも従わない
(おさまりいく炎の中から、巡る黒羽扇に護られた峻計が姿を現す。楊偉天をにらむ)


……。
 空がきしむ。陽炎がきしむ。老人が不安げに見あげる。

ゼエゼエ

十全に閉ざした神殺の結界は、もはや龍も破れるはずない。なのに鏡の曇りが消えない。

……無死の餌になるものを置いておけない

(楊偉天が杖をかかげる)
蜂達よ。

白猫と松本、人間以外を刺し殺せ。それが済んだら、おのれを刺して消えろ

ブンブンブブブン、ブブブブブブブン
(待機していたオニスズメバチの群れが飛んでくる)
老祖師様。私も殺すの?

峻計! 一緒に謝ろうよ

……。
竹林、儂の式神……
(老人が恍惚の目で死者の書に問う)
五歳にして異形と化す。人であった名前は、黄品雨(ホァンピンユイ)
鏡よ、その名を刻め
……儂が二度と忘れぬように
老人が蜃気楼と消える
キョロキョロ…!
(露泥無である女性の顔が青ざめていく)

ヤバイ

私モ人間デスヨ。


私ニハ天珠ガアリマスヨ

ジャア、コッチ

ブンブンブブブン、ブブブブブブブン

(横根達へ祈り続ける露泥無の前で、蜂達はカーブする)
ウホ、俺が手始めかよ。だったらクジョだ
ブンブンブ…
(蜂の一団は、林の奥から発せられた炎と毒に瞬時に消滅する)
峻計さん、今回ばかりは俺も逃げたい。

この結界を消すには、爺さんを殺せばいいのか? 鏡を壊せばいいのか?

(ドロシーがいなければ、俺はなにもできない。気を失わぬのに精いっぱいだ。また結界がきしむ。陽炎の先でなにかが起きている)
殺すべきはゼ・カン・ユと松本哲人

パチン

(指を鳴らし峻計も消える)
あのビルで、老祖師は私を青龍の生贄にしようとした。だが、老祖師の魂はもはや死者の書に囚われている。

……鏡を壊せば全員が死ぬ

(残された手で首筋を掻きながら、土壁が荒れ果てた通りへと登場する)

ボスを殺したくないのだろ?

ニタッ

でも、あの鏡は峻計さんが持つべきだ。あんたならまだ抑えられる。爺さんを落としてくれ

(俺はなにもできない。座敷わらしではない俺を誰も助けに来ない。情けなさすぎる)
松本
 友の声がした。
こいつは固いな
わあ

(気配もなく手負いの獣が結界を噛んでいた。噛んだそばから復活する結界が横目に見える)

川田
 もう一人の友の声。
これを使え!
(ドーンであるハシボソガラスが天に浮かぶ。赤く光る天宮の護符をくわえている。

 空は駄目だろ!)

迦楼羅め。……楊偉天め!
(峻計が対の黒羽扇をかかげる)
竹林すまぬ
 
ヒュ~
峻計……

ヒョイ

かわす技術

ヒョイ

(陽炎の中を幾多の雷が飛び交う。老人と大カラスが地に落ちる。

 ドーンだけが軽やかに避ける)

避けてもシビれるし
ドーンが舞台へと飛びこむ。そのくちばしから、狼が木札を受けとる
峻計さんの頼みだから、殺しはしないぜ
 荒廃した広場で、土壁が老人を片手で持ちあげる。口で鏡の鎖をむしり取ろうとする。
うっ
……。
(その背を藤川匠が切り裂く。土壁が倒れる)
松本、よそ見しているのか?

わあ

(護符をくわえた川田の凶悪な顔が面前に近づいた)
旦那はなんて言ったっけな? たしか……、これは我らが心!
(それを言ったのは思玲だ。木札が黒く激しく光る)
まぶしいな

ポイッ

(なのに狼はそれを吐きだし、牙を向ける。

 ちがうだろ、天宮の護符を使え!)

もう鏡は曇るだけだ

ゴソゴソ

 藤川匠が楊偉天の懐を探る。
見たいのはこれだ
ふざけるな!
匠様!
(藤川匠を囲む獣人の一体が黒い螺旋に消える。藤川匠は気にもせず、死者の書を取りだす)
滅!
くわあ
 機銃音。獣人達の残存が体をかばう。
誅!
ぬお
(人除けの凝縮を、藤川匠は片手の剣で跳ねかえす)
(泥々ドロシー……)
こいつがゼ・カン・ユ?
……。
想像以上のおぞましい人間だな

ゴシゴシ

哲人さん、ここは閉ざされているのに私一人の力では無理。一緒に開放しよう!
タッ
(ドロシーは転がる楊偉天や土壁に目を向けない。俺だけを目ざして駆ける)
ヒョイッ
わあ

(黒羽扇の光ときわどく交差する。俺の面前では、)

お札をくわえろよ、どこまでも頑固だな。

ツンツン

哲人がもう溶けているかもしれないぜ。瑞希ちゃーん、はやく来て

(焦ったカラスが狼の頭をつつく。

 俺は見えていなかったのだ。そこまでじゃないけど毒でぼろぼろだ)

とお!
 ドロシーが舞台の上に飛び乗る。

 紅潮した顔で見わたす。

横根さんはずっとかわいくなった。でもまだ復活してない。ドーン達が貉を守ってあげて。

川田がこれを使ったら、哲人さんまで傷つけるかも。私が結界を裂く

声でかいけど、かわいい…
(前科からして、ドロシーにされるほうがずっと怖い)
スタスタ
(なのにドーンを乗せた川田が舞台から降りる……)
……。
輝け!
わあ! わあ!

(傷だらけ泥だらけの彼女が拾いあげた天宮の護符が紅色に輝く)

ペロ…?
え?
ニコッ
なんで?

(紅色の唇を舌で舐める。見えない俺と目があう。

 強い眼差しで護符をかかげる)

噠!

(紅色の閃光のような一振り。

 楊偉天が幾重にも張った結界が、増殖もゆるされず消滅していく)

……。
ありが
きゃあああ

いつもの姿のままで、パパの服を着た異形なんてエキゾチックすぎる!

(彼女は横たわる俺に抱きつく。そして祈り)

私は人である最愛の異形のために心を分かちます。……父母への感謝と、あの夜に傷つけた人々への償いを込めて
(俺はじわじわ復活する。体はこわばったままだ。ドロシーが俺の手を握る)
このオーロラも破壊する。力を貸して
 
(ドロシーの唇が俺に重なる)
フッ
 俺の吐息を含んだ息を、魔道具である銃に吹きこむ。
滅びまくれ!
(機銃掃射。彼女の力と砂粒ほどの力が混ざった術が、陽炎へと吸いこまれていく)
へへへ、リミッターが壊れちゃったよ。無敵すぎるね
ザー
(ドロシーが笑うと同時に豪雨が降りそそぐ。龍さえも壊せぬはずの……神殺の結界が崩れた空では、)
(二頭の巨大すぎる怪物が戦っていた)
ジロ
 龍が舞台に目を向ける。
グザレゲドオドモメエエエ
わあ

(咆哮が響きわたり、廃屋がひとつ崩壊する)






 

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