十六の一 魔道士と愉快じゃない異形達

文字数 2,727文字

……。
……。
(異形の馬は登山道に入り、人は結界をまとうのをやめた)
強いものに変身できないのか?
僕は武闘派じゃないから、雌にしか変われないし、容姿は固定される

ヒシッ

(露泥無は人の姿に戻り、ケビンの腰にしがみついている。ガブロと呼ばれた装甲をまとう馬は、車の通れぬ山道を速歩していく)

だいぶ近づいた。

奴らも人の目に見えるのか?

(先頭の川田が振りかえる。

 川田は完全な猟犬となりケビンに従っている)

なぜ、そこまで分かる。

オニハイエナは夜半を過ぎると忌むべき異形となる

(そんなのを日本に連れてくるな。まして俺の故郷に)
さすがに疲れるよ
(フサフサは持久走を苦手のようで遅れがちだ。俺は彼女の手からふわりと離れる)

フワフワ

(ケビンが俺達を連れてきたのは、俺達を信じていないからに決まっている。ドーンと思玲を置いてきたのは、あの二人ならドロシーでも楽勝と判断したからだ。狩ることに献身的な川田を連れてきたのは、今のところは正解かもしれない)
“ははは”
“へへ”
…………。

フワフワ

(二時間は付き合おう。それから桃畑に戻れば、みんなで夜明けを迎えられる)

フワフワ

ヒーヒー

イライラ

松本。猫は帰らせようぜ
……。
(前方からいらだつ川田の声がした。馬は逆に歩みを緩める)
楊偉天の配下は俺達を狙うかも
……。
(俺はケビンへと告げる。

 竹林の言い分から、まだ思玲の復活はばれていない。だけど俺の存在は大カラス達に知られた。あいつにも伝わったと覚悟しておくべきだ)

俺は戦いから逃げてきた。奴らが一体だろうと俺はかなわない
……。
俺は臥龍窟を張れない。だが鳳雛窩は思玲に劣らない。いざとなれば隠れる。上海以外はな
(臥龍が跳ね返しで、鳳雛は姿隠しだよな。とにかく冷静な判断だ。でも執拗なあいつを相手に延々と隠れつづける羽目になるかも。そんな時間はない)
ヒーヒー

護符があるのだろ。哲人とリクトとあの人間がいれば勝てるさ。私とハラペコは木の上に登っているよ

(荒い息のフサフサが俺達に追いつく。

 楽観論を言われても……。そもそも倒しにいくわけじゃない。フサフサはハイエナ達を恐れているのに逃げようとしない。それ以上にケビンが怖いからだ。思玲もこの男を恐れていたな)

……。
(でも軍馬の上から見おろされようとも、彼からは劉師傅ほどの畏怖は漂わない)

フワフワ





 

(沢の音が聞こえるだけの完全な闇だ。人の気配があるはずなく、生きものも息をひそめている。木霊は無関心を装っている)
わあ!
ピタ
(馬上の露泥無が声をだしてのけぞり、ガブロが立ちどまる)
でかい声をだすな
 先頭の猟犬が駆けて戻ってくる。
天珠が振動した

オロロロロロ……

うわ、こっちを向いてするな

(女子である露泥無が口から赤い石を吐きだし、耳に当てる)

こちら露泥無。……つながるか試しただけ?


もう切れた。まったくあの台湾娘は

思玲からか

(露泥無がつなぎのデニムのポケットに天珠を突っこむ)

その馬は無口だね
(石に腰かけたフサフサが言う)
高尚な異形は主としか言葉を交わさない

サッ

 ケビンがガブロから降りる。
ここからは歩く。貴様も猫になって歩け
え?
(フクロウの声が遠くで聞こえる。ロタマモではない。奴よりは高尚な本物の鳥だ)
法則性がある。人の形からだと、命あるものの上で変げできない。降ろしてもらえないと猫になれない
(馬上の露泥無が騒ぐ。こいつも高尚でないらしい)
……。
……。
(ケビンは川田と並んで闇の向こうをにらむだけだ)
……。
私が降ろしてやるよ

ヨッコラショット

(フサフサが立ちあがる。彼女を抱えておろす)
一度はハラペコとじゃれたかったしね

ナデナデゴシゴシツンツンサワサワ

うわ

(フサフサが露泥無の華奢な体のあらゆるところをまさぐりだす)
ピクピク…
(女の子が悶絶する)
騒ぐな

ウウウー

悪かったね。もうしないよ

プルンプルン

(地面でぴくぴくする露泥無に尻を向け、フサフサがにやつきながら俺へと歩む)

かすめたよ
こっそりとなにかを手渡される。……天珠だ。なんて奴らだ。いそいでポケットにしまおう。
コツン





 

……。





 

 

(ふたつの笛とぶつかりあう。

 ケビンが緊張感のない俺達へと顔を向ける)

沢沿いを進む。


ガブロ。もし俺が戻らねば、何百年たとうがここで次の主を待て

…ブロロ
(男に頬をさすられた異形の馬は軽くいななき、山道沿いの巨岩と化す)
お目付け役をなんだと思ってやがる。ひどい連中だらけだ

ピョン!

(猫に化した露泥無が、浮かぶ俺の背に飛びつく)
まともなのは松本だけだ

クルッ

まともと哲人か
(川田が振り向きにやりとする)
はあ?
行くぞ

タッ

 猟犬は顔を戻し山道をはなれる。けもの道をくだる。
……。
……。
フワフワ

(藪をかき分けるケビンとフサフサに続き、黒猫にしがみつかれた俺も浮かんであとを追う。イノシシの匂いがかすかに残っていた)

フワフワ

(お盆が近いというのに、カジカガエルがまだ鳴いている。俺達が近づけば鳴きやみ、離れればまた鳴く。真っ暗な沢を、ケビンは水に足を取られることなく進む)
後ろ足だけで歩くと、前脚が支えられて悪路には便利さ
(フサフサも岩に妨げられることなく進む。速度がゆるみ余裕を取りもどしている)
狼は雌だってな。いい女か?
(岩の上でみんなを待つ黒虎毛の猟犬がケビンに尋ねる。十二鬼のようにげすい声だ。こいつは彼女のいる身で横根にも露骨だったが、さすがにここまででは……)
“あのー”
(思いだした。七実ちゃん、日向七実。あの人は川田をかすかに覚えているかも。偶然かもしれないけど、柴犬を飼おうとしていた)
雌狼?

どういう意味で聞いた?

お前よりは賢く強い。蒼く艶ある毛並みだ

(ケビンの息は荒くならない。

 川田が岩から跳ねおりる)

ほどの雌だろうな。

リーダーとして迎えなおされたぜ。俺達は囲まれている

ニャ!
(……それって嵌められたってことだよな)
ストン
 
 
バサバサ
(露泥無が俺から降りる。溶けて、ヨタカとなる。木の枝に止まる)
僕は戦わない。見て、大姐に報告するだけだ
天珠がないお前など立ち去ってもいい
(気づいていたのか。ヨタカがあわててなにかを吐きだそうとする)
……。
猫は怯えなくていい。お前のがハイエナより強い。進むぞ
(ケビンが何事もなかったように、上流をさらに目ざす)
槍をだしたほうがいいのでは

オズオズ

逃げられずに済んだ。気づかぬ振りを続ける
(そうだった。狩るのは俺達だった。いや説得するのは俺達だ)
松本は俺達のリーダーだが、今夜はこいつがボスだ
(七実ちゃんの彼氏だった猟犬が、片側の目だけで俺を笑う。こいつらに狼どもを連れ戻す気はあるのか?)
天珠を返せ!
(ヨタカが空からフサフサをつつく。フサフサは相手にせず、神妙な顔で最後尾を歩く)



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